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学び舎の緑風  作者: 瓶覗
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52,女王のお茶会

 長期休暇が始まる前、家には帰らないと言っていたリオンに「じゃあ、うちに来る?」と気軽に言い出せなかった理由の一つ。

 人には言いふらしたり出来ない、姉さまに連れていかれる用事の一つ。


 それがこの、イピリア女王とのお茶会である。

 イピリアの女王、カーネリア様とアオイ姉さまは、カーネリア様が王位を継ぐ前からの友人であるらしい。


 王位を継ぐ前、供の一人も連れずに城下町を散策する癖のあったカーネリア様が、イピリア内で一人になったところをなぜかタイミングよく魔物に襲われていた姉さまを助けたのが関係の始まり、なんだとか。


 初めて聞いた時は作り話だろうかと思ったのだけれど、どうにも本当の事らしく。

 カーネリア様が女王になり一人でふらりと王城から出られなくなり、暇を持て余した彼女の希望で庭園でのお茶会に付き合っているらしい。


 カーネリア様は普段から忙しそうなのだけれど、それと心の暇とは別なのだ、と本人が言っていた。

 ……私も、女王と一対一で話した経験がそれなりにある程度には庭園のお茶会について行っているし、実は子供に甘いカーネリア様の許しを貰って王宮の書庫に入れてもらったことがある。


 ……というよりも、王宮に行くたびに書庫に行っていた。

 毎度違う本を庭園に持って行って、姉さまたちのおしゃべりの横で読書に耽ったりもしていた。

 我ながら図太いというか、それを出来ることが異常だと分かっていなかったとしても不敬過ぎない?と思ってみたりもするけれど。


「セルちゃん?」

「……ん、なあに、アオイ姉さま」

「ボーっとしてるけど、やっぱり魔力がないのは落ち着かない?」

「まあ、半年ぶりくらいだからね……でも、だいぶ慣れたよ。大丈夫」


 このイピリアという国は、この世界で唯一魔力のない土地であり、ついでに何かしらの強大な結界が働いているのか魔法が一切扱えない。

 なので、この国には虚魔族……少しばかり関わりのある先輩とかが住んでいたりする。


 この国では魔道具は誤作動、無反応で当たり前。魔法が使えなくて当たり前。だから虚魔族でも目立つことも無く過ごせる国なのだ。

 なんて、考えている間にリコリスが減速して道の端に止まった。


 姉さまと私はここで降りて王宮に向かう。

 王宮への入場は、姉さまが顔パスで入れてしまうので私は付いていくだけだ。

 ……それでいいのか、と思わなくもないけれど、イピリアの王族は物理が非常に強いので別に問題ないのだろう。


 カーネリア様なんて騎士団の稽古に混ざって当然のように最後まで参加していたりするし、なんなら騎士団の面々に試合で勝ってしまうらしいし、聞いた話では刺客を返り討ちにしたことも一回や二回ではないらしい。


 そんなとっても強い女王が待つ王宮へ、のんびりと歩いて向かう。

 姉さまはそのまま歩いていると非常に目立つ人なので外套のフードを目深に被っていて、その状態で人とぶつからないようにと進むのでいつもより進みが遅いのだ。


 美しいというのも、度を超すと中々大変であるらしい。

 ちなみに私も外套は羽織っているが、フードは被らずに周りを眺めながら姉さまについて行っている。うっかり姉さまが何かしらにぶつかりそうになった時の保険だ。


 まあ、大通りを進んで王宮に向かうだけなのでさほど時間はかからない。

 姉さまもこの道は歩きなれているし、私が何かすることなんてほとんどない。今回も何事もなく王宮の門にたどり着き、外套のフードを上げて微笑んだ姉さまに門番が一瞬固まった後身を引いて招き入れた。


 これもいつものことなので平然と進む姉さまの後ろを付いていくと、カーネリア様の側近であるメイドが近付いてきた。規則正しい足音に、全くぶれない上半身。そして、見惚れるほど綺麗な礼。


「お待ちしておりました。上着をお預かりいたします」

「はい。ありがとうございます」


 姉さまが外套を預けた後で、私の外套も渡す。

 このメイドさんは使用人の中では唯一カーネリア様の庭園に立ち入ることの許されている女王の懐刀だ。


 この人も侵入者を一人で撃退するらしいので、カーネリア様の武勇伝に一緒に出てきたりする。

 基本的に表情の動かない人なので最初は苦手だったが、今ではそんな意識は消えて時々個人的なおしゃべりをしたりもするくらいの関係になっている。


 そんなメイドさんについて行った先は、お茶会会場である例の庭園。

 魔法を使わずにどうやって作ったのだろうかと不思議に思ってしまうくらい完璧な温室内に置かれたティーテーブルには、既にここの主である女王が座していた。


「よく来たな」

「お久しぶりですカーネリア様」

「お久しぶりです」

「うむ。セルリアが来るのは本当に久しぶりだ。さ、おいで」


 柔らかに微笑んだ女王は、手招きして私たちを呼んだ。

 置かれている椅子は四つ。残り一つを埋める人は、今日は来ないのだろうか。

 そんなことを考えて周りを見渡すと、庭園の奥から誰かが歩いてくるのが見えた。


「あ、もういらしてたんですね」

「お久しぶりですサフィニア様」

「お久しぶりですアオイさん。……セルちゃんが来るのは聞いていなかったな」

「言っていないからな」

「母様……」


 ……なんだか、ここ最近はされていなかったはずの呼び名が聞こえた気がした。

 幼いころは確かに彼からもそう呼ばれていたが、立場とかそういう色々が呼び捨てに移行したはずなのだが。


 なぜだ……?と考えていたらうっかり挨拶を忘れていた。

 気付けば目の前に来ていてにっこりと笑っているその人に、とりあえず急ごしらえの笑みを向けておく。


「お久しぶりです」

「うん。久しぶり」


 微笑んだ姿はカーネリア様によく似ている。

 特に似ているのは髪の色だ。全く同じ、と言っていいだろう綺麗な銀髪は、日の光を浴びるとそれを反射しているのかキラキラと光る。


 それが綺麗で、昔からそれを見るのが好きだった。

 カーネリア様の方が目つきが鋭いが、それでも目元が似ている……気がする。

 ……うん。多少の現実逃避はまあ、しているけれど、別に苦手な相手ではないのだ。


 ただちょっと、昔の自分の不敬さを思い出しているだけだから。うん。

 何も悪くないのだ、サフィニア様は。ただちょっと、王子様が完璧すぎて、私だいぶ不敬だな、って思ってしまうだけだから。


「セルリア、書庫に行くか?」

「行きたいです!」

「ふふふ。よし、行っておいで。サフィニア」

「はい母様。行こうか、セルリア」

「はい」


 呼び名が戻ってるなーなんて、ちょっとした現実逃避を。

 欲望に勝てず勢いのいい即答をしてしまったけれど、カーネリア様が楽しそうだからいいかな?

 ……いいよね、うん。そんなわけで昔と同じように王子と二人で書庫に向かうとかいう不敬を行うことになりました。考えたら、負けかな、って。


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