50,昔からの練習方法
家の外の畑のないひらけた場所は、昔から私の魔法の練習場所だった。
昨日はスコルに行っていたし、明日はお茶会に呼ばれているので家に居ないが今日は特に予定のない日なので、コガネ姉さんにリングでの魔法の扱いについて見てもらうことになっているのだ。
とはいっても、コガネ姉さんは魔導器を使わないで魔法を扱うので教わる相手としては別の人の方がいいらしいけど。
まあ、それは昔から言われていることなので今更だ。
誰か魔法使いが遊びに来た時に見てもらって、ちょっとした助言をもらって、とそうやって私は魔法を扱えるようになったので、今回もこれで問題はない。
姉さんはこの特訓中常に魔力を視ているので、異常があったら気付いて止めに入ってくれる。
今回なんかは、特にその方がいいのだろう。
リングという魔導器は他の杖と違って耐えられる魔力量が極端に少ない。
杖を百としたら十か十五、少ないと五くらいしか耐えてくれないのだ。
なので、これは本当に非常用でありこまごまとしたことをするときのための物。
リングで魔法を使う時はとにかく効率よく少ない魔力で。……まあつまりは、私がよく忘れてしまう部分が重要になるわけで。
「セルリア、消費量増えてるよ」
「うぐぅ……」
飛んでくる声に、意識を魔力消費に向け直す。
少し先にある木箱を浮かせるという、昔からよくやっていたし今も部屋でやっている練習方法なのだが一瞬でも気を抜くと風を起こしている魔力の消費量が増えていく。
それに一瞬で気付いてしまうのがコガネ姉さんであり、いつもより気力を使う魔法の練習になっていた。
そもそもいつもの杖でないだけでも気を遣わなけれないけないので、かなり疲れる。精神的に。
これでも、昔に比べればかなり長い時間木箱を浮かせていられるようにはなっているのだ。
魔法はすぐに上手くなるものではないから、日々の積み重ねが効果を発揮し始めるまでに心が折れそうになってしまう。
そういう時に分かりやすく数値で上達を示してくれたのがコガネ姉さんであり、自分では分からないその見方をしている姉さんに魔法関連のことを何でも聞いては困らせたものだ。
……なんて、現実逃避のように昔のことを思い出していたらコガネ姉さんが浮いている木箱を手に取った。
「集中力が切れてきてるみたいだから、休憩にしようか」
「はあい」
怒るでもなく、呆れるでもなく当然のようにそう言った姉さんについて行き、庭に置かれたティーテーブルに腰かけた。
お茶はないが、木陰に座っているだけ随分と楽である。
「家を出る前より制御は上手くなってるね。何かやってた?」
「木箱を浮かせるのはずっと続けてたよ」
「えらい」
「やったー」
頭を撫でられて素直に喜んでいると、庭の一角に整備された果樹園からサクラお姉ちゃんが走ってきた。
手には籠を抱えているので、何か収穫していたところだったのだろう。
「休憩?」
「そうだよ」
「じゃあこれあげる!コガネにもあげる!」
「ありがとう」
言うが早いか籠から果実を二つ取り出し、私たちが受け取ったのを確認するとニコーっと笑って家の中に駆けていった。
相変わらず動きが早い。身体が小さいので、余計に素早く見えるのだろうか。
渡された果実を齧り、溢れる果汁を零さないように食べ進めていく。
……これは何に加工されるのだろう。焼き菓子とか、ジャムとかになるのだと思うけれど、時々見たことも聞いたことも無いようなものが出される時があるので楽しみだ。
「そういえば、姉さまが今作ってる本ってどうなったの?」
「もう少し色々書き込むらしいから、まだ完成はしないかな」
「そうなんだ……」
「気になる?」
「うん」
薬師の中で新たに薬学書を作ることが出来るのは最上位薬師だけであり、その最上位薬師である姉さまは数年前から薬学書を制作中なのだ。
悪用されそうなものは全て暗号化するらしく、その作業に手間取っているのか中々完成しない薬学書である。
内容は分からなくていいから読みたいのだけれど、完成しないうちにねだるのはどうかと思って大人しく待っている。……のだけれど、やっぱり読みたいものは読みたい。
まだ完成しないのは分かっているがちょっと進捗を聞いてみたりはしてもいいだろう。
「まあ、そろそろ出来ると思うよ」
「そろそろ」
「そう。やっと一冊目だね」
「まだまだ作るの?」
「多分ね。作らないといけない薬があるならその分だけ」
制作中の薬学書に収められているのは全て姉さまが作り出した薬のレシピだ。
必要にかられて作ったそのレシピを収めるための物として制作しているらしいので、これからも誰かに頼まれて新薬を作るたびに薬学書は増えるのだろう。
……それを全て読めたら、きっと楽しいのだろうけど。
あいにく私は薬師ではないので暗号化された内容は何も理解できないし、何なら理解しない方がいいとまで言われそうだ。
姉さまの作る薬は、難しいものになればなるほど材料も手法も魔法じみたものになっていく。
だからこそ憧れたところもあるのだけれど、それを極めるつもりもないのに踏み込んではいけないとウラハねえから釘を刺されているので作業部屋には立ち入れない。
「……さて。セルリア」
「はあい」
「雨が降りそうだから中に入ろうか」
「え、こんなに晴れてるのに」
「それでも。ほら、ウラハも洗濯もの回収してる」
「本当だ……姉さんたちってどうやって探知してるの?」
「……本能?」
「そっか……」
絞り出すような疑問形の答えは、姉さんたちもよく分かっていないことを示している。
こういう時は納得しておくのが一番だ。本人たちが分かっていないものを教えて貰うことは出来ないのだから。
「あ、戻ってきた」
「シオンにい?どうしたの」
「いや、雨降りそうやから呼ぼうかと思っとってん」
みんな認識しているのに、誰も理屈を知らないらしい。
本当によく分からない力だ。サクラお姉ちゃんとモエギお兄ちゃんは出来ないらしいので、神獣特有の力だったりするのだろうか。
それとも、長く生きていれば出来るようになるのか。
学校に戻ったらそのあたりを調べてみたら面白いかもしれない。図書館に何かしら、天気関係の本ならあるだろうし読むだけ読んでみよう。




