48,一目惚れで語彙力は消えた
両手に持った荷物をドサリと置いて、荷物を浮かせるために作っていた風を霧散させる。
これで頼まれていた買い物は全て終わったはずなので、後は好きに市場を見て回る時間だ。
「買い忘れはないかしら」
「……ああ、それで終わりだな」
「ふふ。じゃあ市場に行きましょう!」
コガネ兄さんの最終チェックも終わり、ウラハねえが心底楽しそうに笑顔で振り返った。
ウラハねえは目的無く市場を回って目についたものを買ってきたり、といった行き当たりばったりな買い物が結構好きなのだ。
用事がなくても出店リコリスに一緒に乗って行って街を散策したりもしていた。
ウラハねえは買い物中も移動中も楽しそうなので、一緒にいるこっちまで楽しくなってくる。
それでいて昔から私が疲れたらすぐに気付いて休憩を挟んでくれるので、ウラハねえと一緒の買い物は楽しい記憶しかない。
「どこから行く?」
「そうね、まずはティーセットを探しましょうか。今の時期なら市場の一角が陶器を専門に扱う区画になってるはずよ」
「ウラハねえはなんで知ってるの?」
「ふふふ。教えてくれる子たちがいるのよ」
つまり、人ではない何かしらからの情報なのだろう。
ウラハねえは特にそのあたりを扱うのが上手かったはずだ。
家に居るのに色んな国の情報を持っていたりして、それに合わせてトマリ兄さんが情報を集めに向かうところも見たことがある。
情報の出どころはともかく、ウラハねえが言うのなら間違いはないしそこに向かうだけだ。
まあ、多分そこに向かう道すがら何か気になるものを見つけて足が止まるだろうけど。
ウラハねえもだが、私も目についたものを眺めてしまう質なので。
「……あ、インク売ってる」
「あら、珍しい色ね」
こんなふうに、すぐに足が止まってしまうのだ。
目的の店があって歩いているならともかく、市場という物がすぐに見れる形式だとどうしてもあれこれと見てしまって進まない。
先導する人が居るならついていくのだが、ウラハねえは一緒に止まるタイプの人である。
結局あれこれとよそ見をしながら進んでいき、かなり時間をかけて目的だった陶器を扱う一角にたどり着いた。
ティーポットはあるので、カップとソーサーのセットを探す。
まあ、ソーサーはなくても構わないのだ。カップが二、三個セットになっているもので、ウラハねえがくれたティーポットに合いそうなものを。
そう思って探すと、どれもピンとこない。
まあ、探しているものが限定的過ぎるような気もするが。ここで見つからなかったら別のところで探せばいいから、無理に買う必要はないと言われているのでとりあえずのんびり見て回ることにした。
それほど強いこだわりはないが、とりあえず色味くらいは合わせたい。
なので探すカップは淡い緑系の色、かつ蔦のような柄が入っていれば完璧、といった感じである。
ウラハねえの趣味なので、そのあたりの柄や色になるのはいつものことだ。
家で普段使っているものもそういう系統の柄と色をしているので、好みが分かりやすい。
ちなみに姉さまが選ぶと大体のものは青系の色になる。
「あら、可愛い」
「ウラハねえ、そういう柄好きだよね」
「そうねえ。ついつい集めちゃうのよね」
並んで出店の前にしゃがみ、並べられているカップを眺める。
ここは全て一点物のようだ。ウラハねえが満足するまでこのまま眺めているとして、次に見に行く場所の目星くらいはつけておこう。
ついでにティースプーンなんかも見ておきたい。
欲を言うなら砂糖を入れておける器もほしい。……意外と、探すべきものは多そうだ。
読書やら勉強やらで脳が疲れているとどうしても甘いものが欲しくなるので、部屋でお茶を飲むなら遅かれ早かれ砂糖は持ち込むだろう。
ならば最初から揃えてしまえという魂胆だ。
そのあたりの持ち込みを禁止する旨の文章は見たことがないので寮の部屋には置いておいていいのだろうし。
棚にはまだまだ余裕があるので、置き場には困らないだろうから見繕って買って行ってしまおう。
そんなことを眺めていたカップへの未練を断ち切ったらしいウラハねえに伝えると、それならいい店を知っている、とウキウキで歩き始めた。
後ろを付いていきながら市場を見渡して、時々足を止めながらウラハねえお墨付きのお店へ向かう。
どうやら出店ではなく、通り沿いにある普通のお店らしい。
かなり年季が入っているが、それでも丁寧に手入れされているのが分かる外観だ。
この感じ、ウラハねえは昔から来ている店なのだろう。
基本的にウラハねえの選ぶ店に外れはないのだが、こういう店ならかなりの大当たりだと思っていい。基本的にその分野で現状一番いいと思っているところにしか複数回通ったりしない人なのだ。
どうやって判断しているのかは分からないが、最善を選ぶ種族なのだと言っていたので本能のようなものなのだろう。
二つ物を用意して、どちらの価値が高いか当てるなんて遊びをしていたこともあるが、私はどうにも苦手で当たらなかった。
やり方を教えて貰ったこともあるが、本能的に選んでいるだけあって説明している間にウラハねえが混乱していたりもするのだ。
なので、それについては触れないという暗黙の了解が出来た。
そんなことを思い出しつつ店の中に入ったウラハねえを追いかける。
初めて入ったその店には、さまざまな形の容器が置かれていた。
陶器で出来たものや木で出来たもの、さらにはガラスで出来たものまで。
それぞれ色が違っていたり、単色であったり柄が入っていたり。見ているだけで楽しくなってくるその店の中を、ウラハねえは迷いなく進んでいった。
「すごい……」
「綺麗でしょう?砂糖とお茶葉をいれる容器を買っていきましょう」
「うん」
店のカウンターには店番をしているらしい少女が座っていたが、何も言わずにこちらを見ているだけだった。
何も言わないということは、勝手に見て回っていいということだ。
そんなわけで、広くはない店の中を目移りしながら進む。
ウラハねえが横に居るので、気になったものを指さすと材料や制作方法などの解説が聞ける何とも贅沢な買い物の時間である。
「……ウラハねえ、ウラハねえ、これ、これすごく綺麗」
「あら、セルちゃんの語彙力が退化してるわ」
「だって、これ凄く綺麗……」
見つけたそれから目が離せなくて、横にいるだろうウラハねえの服の裾を引く。
何か言われている気がするが、語彙力は溶ける物だって姉さまも言っていたので問題はないだろう。
姉さまもよくコガネ姉さんに対して「顔がいいな!?」しか言えなくなっているから、それに比べればましな方だ。
と、頭のどこかで冷静に考えているのだが、現状はそれどころではない。
目の前にある容器に目を奪われているし、触ってもいいだろうかとそれしか考えられなくなっているしで、まあいわゆる一目惚れ状態だった。




