456,そよそよして差し上げる
常冬の地の端まで犬ぞりで送ってもらって、数日振りに硬い地面に降り立った。
私はジーブさんとフレアさんに会えた時点で満足だったし、シャムとロイも満足するまで魔法回路についての話が出来たらしいのでお暇してきた。
がっつり懐かれたリオンが大分ぐずられてたけど、再会の約束をして別れていた。
数日であそこまで懐かれるのすごいよねぇ。流石リオンって感じ。
そんなわけで別れを惜しみつつ常冬の地を後にして、まずはペルーダを目指す。
「ほわ……なんかちょっと温かい気がする」
「下から冷気が上がってこないだけで随分違うね」
「歩きやすーい」
「身体沈まないだけで楽だなー」
なんだかんだ全員で雪遊びしたりもしてたから、地面がしっかりしてるだけでちょっと感動しちゃうよね。
それだけですごい動きやすい。沈む地面って思ってるより疲れるんだなぁ。
なんて話をしながら一日野営を挟んでペルーダに到着し、宿を取って早めに休んだ。
翌日の朝、まだ日程に余裕があるからとギルドにやってきて、なんかいい感じのクエストが無いかだけ見ていくことにした。
わざわざ待ってまで受けたいクエストは無いけど、せっかく第六大陸に来てるしなんかもう一個大陸の固有種系が関わるクエスト受けてみてもいいよねーって話になったのだ。
そんなわけでギルドでクエストボードを眺め、なんか面白そうなのあるかなーとのんびり考える。
「……あれなんだろう。ロイわかる?」
「何となくの意味しか分からないな……聞いてこようか」
「うん。私も着いてくー」
シャムとロイが張り出されている紙を見て首を傾げているので、その紙を見てみたがなんか難しいことが書いてあることしか分からなかった。
なので内容を聞きにギルド職員さんの所に向かった二人を見送って、杖をゆるりと回して入口の傍に寄りかかった。
「……あー……」
「どうしたの?」
「ちょっと便所……大丈夫か?」
「大丈夫でしょ、流石に。行ってらっしゃい」
「おう」
シャムたちの後姿を見て長くなりそうだなぁと思っていたら、横でリオンが何か悩むような声を出した。
何かと思ったら、私を一人にすることへの不安だったらしい。
そんなに危なっかしく見えるかね……?
あんまり一人にならないようにって言うのはまあ分かるから、普段は気にしてリオンかロイと一緒にいるようにしてるけど、ギルドで短時間別れるくらい大丈夫でしょ。
フォーンのギルドじゃ別行動も多いわけだし、なんて思いながらリオンも見送って、杖を抱えなおしてぼーっとロイたちを眺める。
遠目だけど見えない訳じゃないし、何やら資料がいっぱい出てきてるのを見る限りギルドの職員さんも楽しんでる感じがして見てて飽きない。
楽しそうだなぁと呑気に欠伸を零していたのがいけなかったのか、何やら嫌な目線を向けられていることに気付くのが少し遅れた。
……リオンの事心配性だとか言ったけど、この短時間に見事に釣られる奴がいるあたりを見ると心配のし過ぎでもなさそうに思えるからやめてほしいよね。
私が気付いていることに気付いていないらしい目線の主は、面倒なことにこっちに歩いてきた。
自分の動きが私に筒抜けだとは思わないんだろうなぁ。
面倒だから関わりたくないけど、だからと言ってわざわざ動くと追ってきそうな感じもする。
ちなみに経験則だ。姉さまがめっちゃ目立つこともあり、昔から不審者に出くわすことが時々あったので。そんなわけで、私はここから動くつもりが欠片も無い。
ではどうするか。学校で絡まれた時と同じだ。
そよそよして差し上げるのである。
近付いてきた男が私に向かって手を伸ばしたそのタイミングで、ずっとゆっくり作っていた風を撒きあげて足を絡め取る。最高速度で行えば、早々認識される事は無い早業だ。
仰向けに倒れた先にはしっかりクッション代わりの風も敷いておいたので、相手は気付いたらひっくり返っていたくらいの認識だろう。
「あら、大丈夫ですか?」
クッションとして敷いておいた風は早々に霧散させて、魔力を通した風は認識出来ないレベルに薄めておく。
そのうえでにっこり笑って声を掛ければ、相手は意味が分からないという顔をした。
周りの目が集まってきているのを感じつつ笑顔を保って座りこむ男をジッと見つめていると、急に後ろに引っ張られて肩をしっかり掴まれた。
痛くないし、知ってる気配なのでとりあえず放っておく。
「……どうした?」
「ん?何にもないよ。転んだみたい。そよ風くらいしか吹いてなかったと思うけど……」
素知らぬ顔をしてそんなことを言って、呆れたような顔をしているリオンを見上げる。
おかえり。別に掴んでなくても逃げないから手を放してもいいのよ?
そんな意思を込めてリオンの手をペシペシ叩いている間に男は居なくなっていて、視線ももうこっちには向いていなかった。
「セルお前、絡まれやすすぎだろ」
「なんでだろうね?欠伸してたのそんなに駄目だったのかな?」
「アオイさんの何かを引き継いでんじゃねぇの」
「一番要らないもの引き継いじゃったの……?」
そよそよして差し上げたことに対しては特に何もないらしいので、解放されたらさっきと同じように壁に寄りかかる。
実はリオンには学校でもそよそよして差し上げてる現場を見られていたりもするから、何をしたのかとか全部バレてるんだよね。
知られてたって困る事じゃないから別にいいやーで今日まで流している。
何をしたのか知ってても対処できないくらいの速さが欲しいなぁ、とか考えながらシャムたちを見ると、まだ話しは盛り上がっていた。
「凄い量の資料」
「なんのこと聞いてんだ、あれ」
「分かんない。なんか難しい事」
「楽しそうだなー」
「そうだねー」
のんびり話しながら楽しそうに話している二人の背中を眺め、欠伸を零して杖を揺らす。
さっきぽけーっとしてて絡まれそうになったばかりではあるけど、今は横にリオンが居るし特に心配も無いだろう。
そんな調子でのんびり話しながらシャムとロイを眺めて、どれくらい経ったのかは分からないけどしばらく経った後で二人がウッキウキの表情で振り返った。
あのウキウキ具合はやることが決まった感じかな?
「セルちゃーん!全部燃やそう!」
「唐突な過激思考。どうしたの?」
「ちょっと特大の炎が必要でね」
「何も分からない。もっとちゃんと説明して」
聞いても多分分からないけど、炎魔法を使うならそれなりに心の準備が必要だからね。
とりあえず説明をしてもらって、炎の対処はシャムに全面的に任せる感じで行こう。




