446,空中鬼ごっこ
空中で姿勢を変えて、伸ばされた手をすり抜ける。
ついでに姿勢を反転させて、軌道をずらして揺れながら急降下した。
上から何やらわちゃわちゃしている声が聞こえてきて、思わずちょっと笑ってしまう。
今は飛行魔法を教えていた後輩二人、アリアナとグラシェと遊んでいて、二人がかなり自由に飛び回れるようになったから二対一で鬼ごっこをしていたのだ。
二人ともちゃんと連携を取って挟み込んできたりもしているのだけれど、上下にも逃げられるってのが空中鬼ごっこの楽しいところだからね。
「ほら、頑張れ頑張れー」
「先輩の動き意味わかんないー!」
「練度の差が目に見えるわね……」
ふわふわと高度を下げてきた後輩たちに笑いかけ、再度高度を上げる。
ついてきた二人は左右にそれぞれ陣取っているので、とりあえずグラシェの後ろに回り込んで包囲網を回避した。
「あー!」
「属性差もあるし、ちょっと大人げないかな?」
「手ぇ抜かれる方がやだー!」
「そうですね、自分の実力はきちんと認識しておきたいです」
「自由に飛び回れてる時点で十分だと思うけどなぁ」
ヤダー!と空中で器用に駄々を捏ねるグラシェと、冷静なアリアナの組み合わせはやっぱりバランスがいい感じがする。
最近ではアリアナが噛みつくことも減ったみたいだし、卒業後もなんだかんだ仲良くやってくれればいいなぁと勝手に思っているよ、私は。
「ほらおいでー」
「移動早っ」
「ほら、囲い込まないとどうにもなりませんわよ」
「分かってるよ、アリアナも回ってよ」
「二人で回ったら意味がないわよ」
二人がやいのやいの言い合っている間に高度を上げて、上から二人の様子を観察する。
話し合いの結果はどうなったのか、二人は別方向から同じ高さまで上がってきた。
右からアリアナ、左からグラシェが、タイミングを合わせて同時に距離を詰めてくる。
それを右に寄る事でグラシェを躱し、アリアナの事は手の届かない位置で移動方向を変えて躱した。
再びあぁー!と声が上がったので、笑いながら速度を緩めて振り返る。
二人の距離が極端に近くなってもどちらかがブレるようなことも無く安定しているようだし、本当に二人とも上手になったなぁ。
「くっそー!先輩その急な方向転換どうやってんのー!?」
「私の魔法は風だからね、他に比べて変な軌道も作りやすいんだよ」
「水では出来ない事なのでしょうか」
「いや、出来ないことも無いと思うけど……体勢が崩れても魔法が崩れなくて、安定して立て直せるならどの属性でも大丈夫じゃないかな」
「なるほど……やはり魔法の熟練度が問題なのですね」
私は普段から風で色々やってるし、風に乗ってフラフラしていることも多いから自分の姿勢と魔法の維持は最早関係が無くなってるんだよね。
ひっくり返ってても寝そべってても魔法使えるし。
「……二人とも、ちょっと高度下げようか」
「んぇ?はーい」
「分かりました」
素直に従ってくれる二人と一緒に高度を下げて、私は一旦地面に降りる。
そして二人の下に風でクッションを作って、一応の安全対策を取った。
「よし、それじゃあ二人とも、ちょっとそのままうつ伏せになってみようか」
「え、浮いたまま?」
「勿論」
ニッコリと笑って見せれば、二人は顔を見合わせた後にゆっくりと身体を前に倒し始めた。
そして、ある程度傾いたところでバランスを崩して風で作ったクッションの上に落ちてくる。
やっぱり直立以外の姿勢制御はまだ難しいか。
「ぜんっぜんバランス取れない……」
「こんなに難しいとは思いませんでした……セルリア先輩は、完全に横向きになれるんですよね?」
「なれるよ」
二人が姿勢を直して起き上がったのを見て風を消し、今度は自分が浮いて仰向けになる。
そのままくるっと向きを変えて仰向けになり二人を見上げた。
二人とも目をキラキラさせてて、これは練習し始めそうだなぁとのんびりそんなことを思う。
出来るようになったら何かと便利だし、これが出来ると物の運搬とかもものすごく上達するから練習自体は良いと思うけどね。
とりあえず怪我しないようにだけ言っておかないとなぁ。
「やるなら低いところで、地面に鋭利な物がないかを確認してからね。杖で顔面打ったりもしないように」
「はい」
「はーい。……二人でやれば安全?」
「……そうね」
本当に仲良くなったなぁ。なんか聞いた話によると、アリアナがグラシェと割と普段から行動を共にするようになったから、今まで周りを囲っていた貴族の子女たちが寄って来なくなったらしい。
それはそれで楽なのかもしれないなぁ。仲が良いわけじゃなくて、寄ってくるだけって言ってたし。
周囲にいる人間が変わると息がしやすくなるのは確実にあるから、アリアナが少しでも楽に、楽しく過ごせるようになったなら何よりだ。グラシェは最初っから毎日楽しそうだからね。
「水の位置から調整しな。最初は薄く伸ばすといいよ」
「また魔力操作の練習だぁ……」
「移動する時と同じだよ。重心に合わせて位置を変えて、落ちないように調整するだけ」
「だけっていうけどさぁ、先輩が器用すぎるんだよ……」
「グラシェさんはまた身体を鍛えるとこからなのではなくって?」
「……最近は毎日ちゃんと筋トレしてるから大丈夫だと思いたい」
「えらいねぇ」
魔法使いはすぐ身体鍛えるのサボるから、ちゃんとやってるのは本当に偉い。
私はここ最近遠征続きで勝手に鍛えられてる感じがすごいけど、一応筋力落ちてないかの確認はしておいた方がいいよなぁ。槍扱いに行ってこようかな。
「魔法使いってどれくらい身体鍛えればいいとかあるの?」
「んー……魔法無くても逃げられるくらいの体力と脚力があれば、まあどうにかなるんじゃない?」
「魔法無しでも、ですか?」
「うん。魔法使いだからって魔法使用前提で動いてると、何かあった時動けなくなるからね。最悪杖捨ててでも生きて帰る方が大事だよ。私は杖捨てたくないから抱えて逃げられるくらい鍛える方を選んだけど」
「あ、そっか。杖ってタスク以外結構重いもんね」
普段からロングステッキ振り回してる関係で、私は結構腕の筋力もある方だ。
この前ロイと腕相撲したらいい勝負だった。ギリギリで負けたの悔しいから、もうちょっと腕力鍛えようかなとも思ってる。
「セルリア先輩は、何か他の武器など使われるんですか?」
「レイピア使うよ」
「え、見たい!絶対カッコイイじゃん!」
「最近使ってないし、練習がてらそのうち持ってこようかな」
「やった!絶対だよ、次の遠征行く前に見せてね!」
はしゃぐグラシェにそんなに見たいかいと笑っていたら、横のアリアナもコクコク頷いていたからちゃんと持ってこないとなぁと脳に予定を刻み込んだ。




