443,どんどん来る
第一大陸での馬車護衛は、他の大陸とは少しばかりやり方が違った。
まず、魔物や魔獣と出くわす頻度がダントツで高いので、出くわすことが前提になっている。
そのうえで、可能な限り戦闘はせずに逃げる、避けきれない場合のみ戦闘を行う、ということになっているらしい。
馬車を引く馬たちも、魔物が正面に居ようがひるまず駆け抜けられる子が選ばれるんだとか。
そんなわけで今回は、見張り台に私とリオン、御者さんの横にロイ、馬車の後方の乗り口の横にシャムの普段より警戒を増した配置で行くことが決まった。
リオンが威嚇して逃げるならそれでいいし、向かってくるなら私が風で吹っ飛ばす。
それで駄目なら戦闘開始か、風で逸らしてどうにか逃げるか。
まあ、その辺はロイが判断してくれるだろうから私は周りの警戒をしてればいいよね。
「セルー上まで飛ばしてくれー」
「はいはい。……ついでにどんくらいの速度いけるか試していい?」
「いいぞー」
「ちゃんと安全にやってねー?」
「はーい」
御者さんとロイたちの話し合いが終わるのを待ちながら、もしかしたらリオンだけ下ろして後で回収とかがあるかもしれないから、と風でリオンを飛ばして速度なんかを確かめる。
馬車の速度にもよるけど、何なら私も降りてリオン拾って馬車を追えばいいんだよね。やるかどうかは分かんないけど。
「そろそろ出発するよ」
「はーい」
「セルちゃん、魔法組も」
「オッケー。リオン先乗ってていいよ」
「おー」
シャムと魔力を合わせていつもの会話用魔法を作り、それぞれの待機場所に移動する。
馬車が動き出してクンバカルナを出てから風を起こして馬車の周辺を覆い、その後追加で作った風で広範囲の索敵を開始した。
第一大陸には街も村も無くて、休憩に寄ったりも出来ないから休憩中も警戒はしておかないといけないのが少し辛そうではある。
けど、まあ一人でやるわけではないし、ある程度どうにかはなるかな?
「……おわー早速なんか来た」
「もう来たか。早ぇな」
「左の方、リオンもうちょっと左、そっち」
「あー……居るな、あれか」
出発してまだ十分くらいなのに、もう一頭目が現れた。
狙って寄って来たんじゃないかってくらいの速度だったけど、あんまり大きくも無いかな?
二、三頭の群れっぽいけど……リオンが威嚇したら逃げたから単に走ってきた方向がこっちだっただけなのかもしれない。
「っし、逃げたな」
「うん、もうそろそろ範囲外」
これは中々、退屈しない移動になりそうだ。
ロイの方から魔法を通さなくても分かるくらいの、御者さんの豪快な笑い声も聞こえて来てるしね。
なんか今回向こうから声を掛けてくれたらしいんだけど、選ぶ基準とかって聞いてみてもいいのかな?
休憩中とか暇な時があったら聞いてみようかな。
……いや、なんかもう既にシャムとかロイが聞いてそうだから、二人に聞いてみよう。
とりあえず今は周囲の警戒に集中しよう。またなんか寄ってきてるみたいだし。
「リオーン、右斜め後ろ。一体でかいの」
「おう。……あー止まんなそうだな。風で止めてくれ」
「了解」
走ってくる魔獣の足元に風を起こしてすっころばせたら、ひっくり返ってもぞもぞし始めたので多分もう追っかけては来なさそうかな。
索敵範囲外に出てもまだもぞもぞしていたから、しばらく動けないだろうな。
「うっはっはっは!お前さんら本当に強いのう!」
「凄い寄ってきますね」
「あいつら、早くて重いもんを見るとすーぐ寄って来よるんじゃ」
「毎回これだと大変ですね」
「まあな。おかげさんで強い護衛を探すのだけは得意になったわい」
ロイと御者さんが話している声を聞きながら、他に何か周りにいないかを探っておく。
馬車も凄い速度で進んでるけど、それでも襲われる頻度が高いから進んでも進んでも安心できないんだよね。
「まーた来た。リオンどう?左前」
「にーげー……ねぇな」
「普段はほとんど逃げるのにねぇ」
「そうだなー。あー、でけぇ。セルどうだ?」
「ひっくり返したいけど……重っ!?無理!ちょっとでかい風作る!」
これまたでかいのがやってきたので、撒いていた風だけでなく新しく風を作って魔法を練る。
絡め取る系の魔法がいいかな、なるべく硬いのがいいから、風蛇より強いのにしよう。
リオンが剣を抜いて馬車から飛び出して行ったので、魔法を練るくらいの時間はあるだろう。
「覆い尽くし閉じ込めよ 欠片の隙間も許すなかれ
我ら空を覆う風なれば 斯様な規模など些事の如き
さあさとくとご覧あれ これより見えるは空の大籠
消して逃さぬ絶対の檻なり
開門せよ カルチェレウラガン」
魔力がグンと減った感覚がして、狙いから寸分違わず魔法が発動した。
直前まで魔獣と剣で押し合いをしていたリオンは、魔法の発動を察知して器用に範囲外に出てきていたので、巻き込まれたりとかは無さそうだ。
「リオン回収してくるー!」
「はーい!いってらっしゃーい!」
魔法が魔獣をしっかり捕らえたのを確認したら、今度は急いで周りの風を集めて馬車から飛び立つ。
リオンの所まで飛んで行って、リオンを回収して急いで馬車まで戻る。
そんなに離れていなかったし、シャムが補助魔法を送ってくれたのでそこまで疲れることも無く戻って来られた。
「あー……重っ……」
「なんかすげぇなあれ。初めて見た」
「あれ魔力の効率あんまりよくないからね、別ので良いなら別のの方がいいんだよ」
「そうなのか。……派手だもんな」
「魔力見える人しか言わない感想だ」
確かに派手だけど、風魔法だから普通は見えないのよ。
そんな話をしながら戻ってきた馬車の上でため息を吐き、雑に使った風を整理する。
魔力も消費多い魔法を使ったとはいえまだまだ半分以上残っているので全然平気だけど、あの感じのがいっぱい来たら流石に魔力切れ起こしそうだなぁ。
「セルちゃん大丈夫ー?」
「大丈夫ー。補助ありがとねー」
「いいよー」
ぶわっはっはっは!と御者さんが笑っている声が、魔法を通してと直接とで二重になって聞こえてくる。
楽しんでいただけてるようで何よりです。
というかもう、この状況を楽しめないと第一大陸で御者は出来ないんだろうな。




