440,来たかった理由
第一大陸を進み始めてから、気が抜けない日々が続いている。
けれど今日でそんな野営生活も一旦は終了だ。
「見えたー!」
「おー、あれか」
「うわ、ここからでも結界の魔力見えるよ。すご」
「もうひと踏ん張りだね。さ、行くよ」
今回の遠征の目的地、クンバカルナがやっと目視できる所までやってきたのだ。
いやー長かった。まだ見えただけで着いてもいないし、なんならここからまた帰らないといけないだけど……まあ、今は考えなくていいだろう。
なんて考えながら、先ほどより少し速度を上げて進む。
やっぱり見える位置まで来ると歩く速度上がるよね。あそこまで行けばいい!って思えるだけで大分気持ちが楽だ。
「んぁー!ついたー!」
「気が抜ける前に宿探そう。一回座ったらもう動けなくなりそうだし」
「分かるぅ。もう夕飯も無視して寝そう」
「俺は寝る。風呂入って寝る」
「だよね。リオンが一番疲れてそうだもんね」
テクテク歩いてクンバカルナの門を潜り、大通りを少し進んでから道の端によって立ち止まる。
止まった瞬間に全員が一気に気の抜けた声を出したので、思わずちょっと笑ってしまった。
特にリオンが限界の顔をしてる。ここまで分かりやすく疲れてるのは珍しいな。
まあ、野営の間ほとんど寝てないし昼休憩でも結局あんまり休めていなさそうだったからね、本当に宿に入った瞬間に寝るんだろうな。
今はまだ全員意識が保たれているので、さっさと宿を決めてさっさと休もう。
今日はもう夕食を食べに出る元気すらあるかどうかすら分からないからね。
宿を探しながら食べ物と飲み物を買って、宿から出なくてもどうにかなる用意を整える。
全員が寝落ちて夜中に起きるとかもありそうだから、用意はあったらあるだけいい。
なんて言いつつ宿を探して、いい感じに大き目の部屋が空いている宿が見つかったので、宿を取って中を確認する。
ベッドが二つずつカーテンで仕切れて、テーブルスペースとかがある感じだ。
「あ、バスタブある。リオン先にシャワー浴びる?」
「おう。浴びて寝る……ベッドどっちにするかだけ決めといてくれ」
「はーい」
室内を確認してお風呂場を見つけたのでリオンに声を掛けて、道具を持ってお風呂場に吸い込まれて行くのを見送った後に椅子に腰を下ろした。
あー……もう動けん……お風呂お湯張りたかったけど、お湯浸かったら寝るからシャワーだけだな。
「あぁー……明日の予定とか明日でいいよね?」
「いいよー」
「もうこれ今日は皆ダウンでしょ。リオンですらダウンなんだから」
「順番にシャワー浴びて寝ようか。僕は最後でいいから二人は順番決めな」
ロイが計画を練る事を放棄して椅子に沈み込んでいるので、返事をしつつとりあえず買ってきた飲み物を渡しておく。
お風呂の順番は……シャムの方が限界迎えそうだからシャムからでいいかな。
私は最悪全てが面倒になったら風に乗ってだらけつつ移動するっていう最終手段も持ち合わせてるからね、ベッドに入ったら寝るだろうけど、椅子に座って耐えることはできる。
シャムが荷物を整理しているのを眺めながら適当に各自使うベッドを決めて、のんびりお茶を飲んでいたらリオンがシャワーから戻ってきた。
「髪乾かす?」
「おー……」
「もう寝そうだね。リオン、ベッドそっち」
「おー……」
もうほとんど乾いているけど、それでも一応風を吹かせて水気を全て吹き飛ばしておく。
風を消したらそのままベッドに倒れ込んで行ったので、カーテンを閉めてリオンの荷物を壁際に避けておいた。
「ロイも限界?」
「起きてるだけならまだ平気かな。セルリアは?」
「私も。ベッド入ったら二秒で寝そうではある」
「そうだねぇ。覚悟はしてたけど、ここまで魔物との遭遇率が上がるとは」
今まで他の大陸に行った時には全然なかった魔物との突発遭遇戦が複数回あったもんね、そりゃあ毎回しっかり考えて指示を出さないといけないロイは疲れるだろう。
私は魔力の波にゆらゆらされたくらいであんまり被害も無いし、多分この中だと一番元気だろう。
まあ、かなり疲れはしたしさっさと寝たくはあるけども。
「……セルリアは、なんで大結界を見たかったの?」
「ロイがそういうの聞くの珍しい気がする」
「まあ、普段はあんまり気にしないんだけどね。大結界の事だけはいつもと様子が違ったから」
「……そんなに違った?初めて言われたんだけど」
思わず顔を抑えながら言ったら、ニコっと笑われた。
ロイの専攻ってなんだっけ、人間観察とかだっけ。
なんて思いつつ、頬杖を付いて窓の外に目を向けた。
「姉さまの、お友達かなぁ?そんな感じの人が、ここの大結界作ってた人なんだ」
「そうなんだ……プッフルングの人だったんだね」
「うん。私は話したことないし、リコリスに来てたのを一回見ただけだけど、その時に姉さまが泣いてたから、ずっと記憶に残ってて……姉さまが泣いてるの、あの日しか見たこと無いし」
「……プッフルングのメンバーの一人が、大結界の完成直後に倒れたらしいね」
「うん。多分、その人なんだと思う。だから一回見てみたかったんだ」
昔のことを思い出しながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
あの日、姉さまは確かに泣いていた。
私の前では笑っていたけど、それでも泣いていたのは分かったから、ずっとずっと気になっていたのだ。
「蒼の薬学書に、美しき茨って薬があってね、それが多分、結界の人に依頼された薬なんだと思うの」
「暗号化されてる薬だよね?」
「うん。だからどんな薬なのかは分かんないけど、姉さまが本当はこの薬は嫌いなんだって言ってたから」
「……そっか」
自分が作り上げた薬を本当は嫌いだ、なんて言うのは、本当に珍しいのだ。
姉様はなんだかんだ、それが毒であれ必要だから作ったし、必要なのだから使い方を間違えなければいいんだって言っていることがほとんどだから。
だからあれだけは個人的な感情で嫌っているんだろうなぁと思っていたし、私が知る限り姉さまが本当に嫌だと言った薬の制作はあの時だけだった。
あの日の事を思い出すたびに、ゆっくりゆっくり色んな事を調べて確かめて、勝手に予想をして多分これだろうなぁと納得する答えを見つけて、それをずっと覚えていたのだ。
誰かに話すのは初めてだったからあんまり纏まってもいない話だったけど、それでもロイは静かに全てを聞いてくれた。
窓の外には、ここからでも見える大結界の魔力が空を覆うように広がっている。
「これは私の話じゃなくて、姉さまの話だから。私が何か考えるのも、話すのも、これでおしまいなの」
「見たら納得できそう?」
「……うん。姉さまを泣かせてでも作りたかったものは、こんなにすごいものなんだもん。納得するしかないよ」
そっか、というロイの声は、どこまでも静かで穏やかだった。




