44,流れるように甘やかす
風が収まった庭で、コガネ姉さんが手を握ったり開いたりを繰り返している。
そこに寄っていくと、そっと頭を撫でられた。
「うん、確かに前より魔力量が上がってるみたい」
「本当に?やったー」
私の魔力を一瞬で霧散させたとは思えない柔らかな笑みはあまりにも美しく、人の動きを止めたりする効果が少しだけある。
ちなみに男の姿を取っている時はコガネ兄さんの方が背が高いのだが、女の姿を取っていると姉さまより小さくなる。
なので目線は私より下だ。
私を見上げながらニコニコ笑いながら頭を撫でている。
姉さまもよくやるのであまり違和感がないが、もしや周りから見たらこれも違和感のある光景なのだろうか。
「でも最後の方、ちょっと気を抜いたでしょ」
「ぬ、抜いてないよ」
「じゃあ楽しくなって集中力切れた?」
「う……」
そっと目を逸らしながら後退すると、笑い声が前後から聞こえてくる。
前の笑い声はコガネ姉さんだろうが、後ろは誰だろうかと考えている間に後ろから抱きしめられた。
見上げると楽しそうに笑っているシオンにいが居る。
「セルちゃん魔法使うん好きやもんなぁ」
「うん。やってる間にどんどん魔力消費増えちゃう」
「じゃあ休みの間はそのあたりの改善でもしようか」
前後から話しかけられ、そのままあれこれ話しているとお茶を持ったウラハねえが現れた。
庭のテーブルセットに人数分のティーカップを置いたウラハねえに笑顔で手招きされ、後ろから首に手を回して寄りかかってくるシオンにいを引きずるようにそちらに向かう。
「お話の時間になったならちょっと休憩しましょ。セルちゃん、気付いてないだろうけどだいぶ魔力消費しているし、それなりに時間も経ってるわ」
「そうなんだ……分かった」
魔力の消費は分かっていたけれど、時間はそんなに経っただろうか、と時計を取り出して確認する。
……いや、それほど経っていない。
つまりお茶したいだけなのだろう。朝食を食べてすぐのこの時間に。
拒否するつもりもないけれど、もしかしたら今日から毎日のようにお茶会が続くのだろうか。
……ありそうだ。姉たちは皆お茶会が……もとい、お茶会と称してダラダラ喋るのが好きなのだった。
「明日はヒソクの所へ行くんでしょう?」
「うん。……会うの、久しぶりだな……」
「ふふふ、楽しみにしてるって言ってたわよ」
人数分のお茶を淹れながらにこやかにウラハねえが言う。
明日出かける先はそう遠くないので、日帰りで戻ってくるのだろう。
「誰が行くの?」
「セルちゃんとマスターとコガネやなぁ。トマリも行くんちゃう?」
「シオンにいは来ない?」
「おん。俺は留守番」
昔は私がどこかに行くとなれば大体は一緒に来ていたシオンにいだが、私が成長すると段々ついては来なくなった。
元々出かけることの少ない人なので姉さまたちからしたらもとに戻った、という感覚らしい。
……それでも、どこか一緒に行きたいなと思うのは我が儘だろうか。
シオンにいが保護者として手を繋いでいる必要はとうに無くなっているのだけど、一番一緒にいた兄なのだから久々に会って一緒に出掛けるのは楽しいだろうと思ってしまう。
「そういえば、姉さまって学校とどんな関係?仕事で、って言ってたけど」
「ああ、薬の取引とかが基本だよ。学校内にも薬師はいるけどね」
「なるほど……」
そのまま何か話したりもするのだろう。そんな感じなのだろうかと想像していた通りだったようだ。一人頷きながら、そっとお茶に口を付けた。
美味しい。家に常備されているお茶の一つだが、ウラハねえとモエギお兄ちゃんで淹れ方が違うのか少し味が変わるのだ。
自分でも淹れてみることがあるが、どうしても二人が淹れるように美味しくならない。
用意するものもやり方もしっかり真似ているつもりなのに。
「……ウラハねえ、後でお茶の淹れ方、教えてくれる?」
「いいわよ。何なら、小さいティーポットを持っていくといいわ。可愛くて買ったけど、普段まとめて淹れるから使ってないのよね」
軽く呟いただけなのに当然のようにお土産を持たされてしまった。
流れるように甘やかされて、思わず笑いが漏れてしまう。
でもまあ、寮の部屋でお茶が飲めるのはいいかもしれない。何かお湯を沸かすような道具を見繕っておかないといけない。
私は、お湯を沸かす程度の火を起こすのも苦手なのだ。
むしろ制御できなさ過ぎて寮でボヤ騒ぎを起こしそうなのでやってはいけない。
「ならティーカップも持っていく?」
「ウラハ、セットで買ったんじゃないん?」
「一点物の市場で見つけたから、カップはないのよね……可愛いティーカップを探しましょうか」
持って帰ってきたものより、持っていくものの方が多くなりそうだ。
茶葉も持っていけという話になっているし、このままだと入学の時と同じくらいの荷物になってしまうような気もする。
「火起こしの魔道具ってあったっけ」
「火起こしはあるけど、寮の中で使うなら別のがいいと思うわ」
「お湯沸かすだけのやつとかあるならそっちのがいいなぁ」
「無いなら作る?」
「あら、いいんじゃない?」
「うーん、我ながら甘やかされすぎな気がする……」
苦笑いと共に言ってみるが、その程度で止まる兄姉ではないのだ。
魔道具を作る技術があるからこそ当然のように材料の話なんかになっている。
そもそもそのあたりを与えないという発想にならないあたり、この人たちは私に甘すぎだ。
姉さまも否定しなさそうなのでこのまま持たされることになるだろう。
どうせならティーカップはセットの物を買って行って、シャムと部屋でお茶でもしようか。
「ああ、そういえばレヨンさんからお茶の試飲が来てたのよね」
「今日は淹れなかったん?」
「セルちゃんが来てから、って思って忘れてたの。明日にでも淹れましょう」
レヨンさん、とは姉さまの知り合いの情報屋だ。
姉さまとかなり仲が良く、色々と情報を回してくれたりこうしてまだ出回っていないお茶を送ってくれたりする。
情報に関してはそれなりの対価を払っているらしいし、お茶の試飲も感想を送るという一応の名目があるらしい。
出回る前の物だが、どういった風味のお茶だ、と複数人の意見を参考に説明を付けるのだとか。
ここには好みの違う人が複数人住んでいるので、参考意見を求める場所として便利なのだと言っていた。姉さまもそれでお茶が貰えるなら大歓迎、と言っていたのでお互いの利益になっているらしい。
そういう意見の合うところも、仲のいい理由なのだろうか。




