43,敵わないのがとても楽しい
部屋の照明とは違う、自然の明かりが部屋に入り込んでくる。
その明るさに目を開けて、少し考えてから家に帰ってきているのだと思い出した。
身体を起こしてベッドから降り、クローゼットを開けて納まっている服を適当に手に取る。
もぞもぞと着替えて髪をまとめ、部屋から出て一階に向かう。
朝食はまだだろうが、既に誰かが起きているはずである。
「おはよう、ウラハねえ」
「あら、おはようセルちゃん。何か飲む?」
「うん。ありがと」
キッチンにはウラハねえが立っていて、朝食の支度をしていた。
手際よくお茶を淹れている姿を眺めていたら、食糧庫からモエギお兄ちゃんが出てくる。手には食材を抱えているので、あれが今日の朝食だろう。
おはよう、とこちらにも声をかけて、淹れて貰ったお茶を持って席に着く。
キッチンはウラハねえとモエギお兄ちゃんの土俵なので、邪魔にならない様に眺めるのがせいぜいだ。たまに簡単なことを手伝ったりもしていたが、今日はそれもなさそうである。
のんびりお茶を飲んでいると上からシオンにいが降りてきて、私の頭を軽く撫でてからお茶を貰って横に座る。
その後も順々に人が降りてきて、もう少しで朝食が出来上がるという頃になったらコガネ姉さんが唯一起きてきていない姉さまを起こしに行く。
姉さまが起こされて降りてきたら朝食になるのだ。
眠たげに目を擦る姉さまにゆったりと頭を撫でられて、それがくすぐったくて笑っている間に全員が自分の席に着いた。
朝食を食べながら今日は何をするかという話になり、昨日のうちに印をつけておいた姉さまたちのやりたいことリストを返却する。
休みは一か月間。その間に何をどれだけやれるだろうか。
「セルちゃんは、何かしたいことがあるかしら?」
「……あ、魔力量が増えた気がするから確かめたい、かな」
「なら午前のうちに確かめようか。魔法は何か習得した?」
「それはしてない。でも、氷作るのちょっとだけ上手くなったよ」
ウラハねえに聞かれて、学校では出来なかったことをと思って答えるとすぐにコガネ姉さんが反応してくれる。
我が家の魔法担当、魔法特化種であるコガネ姉さんは昔からよく私の魔法の特訓に付き合ってくれているのだ。
姉さまは今日は一日薬を作っているそうで、作業部屋から外を眺めているらしい。
つまり外にいる私たちを見ているということなのだろう。
昔から、庭で魔法を教えて貰っていた私を作業しながら見守っているのが姉さまの基本形だった。
作業部屋の窓を開けてそこから話したりもしていたので、鍋をかき混ぜる姉さまも見慣れた光景である。
作業部屋は勝手に入ってはいけないと言われていた場所であり、姉さまと話すついでに中を見れるのは楽しかった。
「セルちゃんが外行くんなら俺もいこー」
「シオンにい、店番は?」
「マスター?今日来客はー?」
「無いと思うよ。まあ、どうせ庭にいるならそんなに変わらないし」
姉さまの行ってよし、を聞いてシオンにいはぱあっと表情を明るくした。
この人、猫のはずなのにたまにどこか犬を見ているような、そんな気分になる。
姉さまに対して限定、なのだけれど。
ちなみに店番、と言ってはいるがこの森の奥の店を訪れる人などほとんどいないし、誰か来たとしてもそれは大体姉さまの知り合いだ。
たまに迷い込んだ人や何かしら面倒ごとを抱えた人なんかがやってきては姉さまに助けられている。
迷いの森の女神、なんて噂が立っているらしい。
森の奥の女神の元へたどり着くと、その力を貸してもらえるのだと。
間違ってはいないのがちょっと面白いな、なんて思って聞いていた話だった。
「そういえば、セルちゃんは遊び場には所属してないのね?」
「あー……楽しそうだなってところはあるんだけど、絞り切れなくて」
「それでヴィレイさんのお手伝いかぁ……まあ、意欲のある子には目をかけるタイプだもんなぁ……」
「……ずっと気になってるんだけど、姉さまと先生たちは知り合いなの?」
「たまに仕事で行くんだ。だからみんな知り合いだね」
ニコーっと笑って言った姉さまに納得の声を返している間に空いた食器が片付けられていく。
それを手伝って、洗い物が終わってから外に向かった。杖を抱えて、ふと指に目を落とす。
せっかく帰ってきていて、魔法の扱いに長けている姉が横に居て、広々と空いた空間がある。
なら、この休暇中にリングでの魔法の扱いに少し慣れておくのもありかもしれない。
少なくとも学校でやって何か問題を起こすよりずっといいだろう。
「セルリア?」
「コガネ姉さん、後でリングの扱いも見てくれる?」
「いいよ。せっかく質の良いのを貰ったしね」
このリングは、モクランさんがくれたもの。
モクランさんは第三大陸のガルダに雇われているクリソベリルというパーティーの魔法使いだ。
ハーフエルフであり、姉さまの……恋人?なのだとおもう。
「後で杖も見ておこうか」
「うん。お願いします」
杖はリングよりも流せる魔力が多いが、それでも無理に使うと壊れてしまうことがある。
私は魔力量が多いらしく、全力で魔力を込めると杖にヒビが入ったりするのだ。
一つ一つは小さなヒビでもいくつも付けば杖が壊れてしまう。
一つ目の杖をそれで壊してしまったので、今持っている杖は特別丈夫なものである。
それでも確認は大事、ということで魔力の漏れなんかを感知できるコガネ姉さんが時々杖の状態を確認してくれるのだ。
学校で急に杖が壊れる、なんてことは避けたいのですごく有難い。
そのうち自分でも分かるようになりたいな、と思っているが、特殊技術なので早々身に付くものでもないのが悲しいところだ。
「さあ、始めようか」
「うん」
ともかく今は魔力量の確認が先である。
庭の開けた場所に立っているコガネ姉さんに、両手で持った杖の先を向ける。
魔法を練る必要はない。ただ、全力で魔力の塊を向けるだけ。
相手を心配する必要はない。
何せ、戦えば手も足も出ないであろう相手だ。
心配することは何もなく、魔力を練り上げながら口角が上がるのを感じた。
楽しい。全力で一つの事だけを出来る今が楽しい。
何を考える必要もなく、周りに目を向ける必要もなく、ただただ杖と魔力にだけ意識を向けていればいい。
ああ、楽しい、楽しい。
楽しすぎて、魔力に風が乗り始めてしまった。
風を伴った魔力の塊は、私の杖先から離れてゆっくりとコガネ姉さんに向かって行く。
魔力越しに見た姉さんは、いつも通りゆったりとその場に立っている。
そして、魔力に向けて右手を向け、ふっと笑う。伸ばした右手を魔力の中に沈め、そのままそっと握り込んだのが見えた。その瞬間、私が全力で練り上げた魔力はその場で霧散した。




