424,ソミュールが治したもの
窓から差し込んでくる朝日で目が覚めて、欠伸を零しつつ身体を起こす。
グーっと伸びをしつつ時間を確認して、ベッドを降りて顔を洗いに行くことにした。
ソミュールは……起きてる?ベッドじゃなくてソファにいるけど、目は閉じてるし静かだ。
顔を洗って戻ってきたら、ソミュールの姿勢がちょっとだけ変わっていた。
出かけるギリギリまで薬を飲まないようにもぞもぞしてる感じかな?
それならさっさと支度を終わらせよう。髪紐どれにしようかな。
「ソミュール」
「……ん、おはようセルリア」
「おはよう。準備終わったけど、行く?」
「うん。ちょっと待ってね」
声をかけると、ソミュールがカバンから取り出した薬を一気飲みしてゆっくりと立ち上がった。
目を閉じたまま前髪を上にまとめ上げているのを見て、ソミュールの外套を持ってくる。
肩にかけると素直に腕を通したので、そのまま手を引いて宿の外に出た。
宿のカウンターで鍵を返して、代わりに綺麗な装飾が彫られた木の札を受け取った。
戻ってきたらこれをカウンターに渡せば、部屋の鍵を再度受け取れるらしいから、無くしたりしないようにしっかり仕舞いこんでおく。
「それで、どこに行くの?」
「んー……大広場のほう……」
大広場って言うと、街の核である魔石がある場所かな。
特殊魔石は大体街の中心にあるから、もうちょっと進んだ先だろう。
ここは結構大通りから外れて、静かな場所にあるから、少し歩かないといけない。
まだ朝の早い時間だから、人通りもそんなに無くて街は静かだ。
ソミュールも薬が効いてくるまでもう少しだけ時間がかかりそうだから、大広場に着くまでは黙って朝の空気を感じることになる。
鳥の声や小さく聞こえる人の声や、民家から聞こえてくる朝ごはんの支度をする音なんかを聞きながら、のんびり歩いて通りを進む。
朝市か何かをやっているのか、向こうの通りは少しだけ人通りも多いし賑やかだ。
「ふぁ……」
「そろそろ着くよ」
「うん……大丈夫、目覚めてきた」
ソミュールは自力で歩いてはいたから手を引いてのんびり歩いていたんだけど、斜め後ろから何度目かの欠伸が聞こえてきて、声をかけたらしっかりした返事が返ってきた。
大分目が覚めてきたみたいだ。この感じなら、大広場に着くころにはしっかり起きてそうかな。
「着いたよ」
「うん。ふぅ……久しぶりに来た」
「前に来たことあるんだ」
「うん」
朝早くても、街の中心である広場にはちらほらと人がいた。
そんな広場を眺めて、ソミュールはゆっくりと深呼吸をしてから歩き出した。
先に進む彼女の後ろをついて行く。
ソミュールが立ち止まったのは、広場の中心の魔石がよく見える位置だった。
ちらりと横を見ると、彼女は真っすぐに魔石を見上げていた。
同じように見上げると、朝日を浴びて輝く魔石が目に入る。
「……前に、回復魔法のことについて話したことがあったでしょ?」
「そうだね。二年前くらい?」
「どうだっけ、一年生の頃じゃ無かったっけ」
「……そうかも」
ソミュールは回復魔法を使えるのか、みたいな話をした記憶は確かにある。
その話をしたタイミングについてはちょっと曖昧だけど、確かに話したし、その時にソミュールは昔は使えたと言っていたのも覚えている。
「大きすぎる物を回復させると、反動で回復魔法は使えなくなるんだ」
「……直接見せたい、って、言ってたっけ」
「うん。言ったね」
今このタイミングでわざわざその話を掘り返してくる理由を考えて、見上げる先にあるものを考えて、自分の考えが当たっているとしたらヤバくね?と思ってソミュールを見た。
ソミュールは、ただ穏やかに微笑んでいる。
「……まさか?」
「ふふ。セルリアは勘がいいよねぇ」
「いや、ここまでお膳立てされたら、ね?……え、マジ?」
「僕が全力の回復魔法で復活させたのは、この魔石。流石に反動が大きくて、回復魔法は使えなくなっちゃった」
にこりと笑って見せたソミュールに、頬が引きつるのを感じた。
ちょっと、規模が大きくない?というか回復魔法って物まで治せるの?
聞きたい事が色々出てきたけれど、とりあえず一旦黙ってもう一度魔石を見上げた。
眼前の魔石は先ほどと変わらず、朝日を浴びてキラキラと輝いている。
治したってことは、これが壊れかけたことがあったということだ。
特殊魔石が砕けるとかそんなことが起こったら何らかの記録が残ると思うんだけど、そんな記録は見たことが無い。
「ちなみにそれ、何年前くらいの事?」
「んー……どれくらいだろう……治した時はまだ、フォーンはなかったかな」
「少なくとも二十年は前の事なんだ……」
フォーンは私が生まれる数年前に出来た国だから、とりあえずそのくらいは前のはずだ。
でも、まだなかった、くらいしか認識してないならもっと前の可能性もあるのか。
ソミュールが今何歳くらいなのかも私は知らないから、最低二十年前くらいに思っておけばいいのかな。
「その頃にはもうヴェローと一緒に居て、ビリジアンにはそれなりの時間住んでたんだ」
「じゃあ、ヴェローさんはいつ回復魔法を使ったのか分かってるんだ?」
「んー……どうだろ。あれは僕が勝手にやったから、ヴェローは知ってるか分からないな」
知っていても教えてくれるかは別だし、いつやったのかは一旦置いておいた方がよさそうだ。
ヴェローさんとソミュールの付き合いが長いのは知っていたけど、フォーンに来る前からの付き合いだったんだなぁ。
そもそもヴェローさんはソミュールのお母さんの友人なんだっけ。
「……そもそもなんだけど、どうしてこれに対して回復魔法を使ったの?」
「砕けてしまいそうだったから」
「特殊魔石が砕けることってあるの?」
「うん。これが効果を発する方法は、セルリアは知ってるよね?砕ける理由は、それの逆。何かしらの原因で、守護範囲内で人類が平和に暮らせなくなると効力を失って、落ちるんだ」
「浮けなくなって、落ちるから砕けるってこと?」
「そう。僕はそれを、とりあえず補強した。巻き戻して固定して、回復させて現状を維持した。この魔石がそのままの姿を保っているんだから、ここは今まで通り平和な街だよね、って無理矢理認識を曲げたんだ」
街が平和で発展してるから特殊魔石が輝きを放っている、っていう常識を、ソミュールは逆にして使ったらしい。
そんなことが出来るのかどうかは分からないけれど、何せソミュールは人間よりも、何ならエルフよりも魔法に長けている夢魔族だ。
私が理解している魔法とは根本が違う魔法を使っていても、不思議ではない。
ソミュールは魔術授業も受けてるしね。まあ、特殊魔石を治した時には魔術授業は受けてないわけだけども。
とりあえず、これ以上の話はご飯を食べながら、でいいかな?頭使ってたらお腹空いたわ。




