表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学び舎の緑風  作者: 瓶覗
422/477

422,ソミュールの独白

 微睡みから意識が浮上する。

 重たい瞼を持ち上げて、ゆっくりと瞬きを繰り返す。

 ぼんやりと周りを見渡すと、視界には海が広がっていた。


 隣にはセルリアが居て、こちらに気付いて微笑んだ。

 それを認識して、もう一度目を閉じる。

 未だに覚醒しきらない意識の中でぼんやりと思考を回す。


 セルリアと二人でフォーンを出発してから目が覚めたのは、これで三回目。

 どうやら眠っている間に、ムスペルからイツァムナーに向かう船に乗り込んでいたらしい。

 今回も、あまり長くは起きていられなさそうだ。


 夢魔族は、眠気に逆らえない。

 抗うための術を持たないので、眠気を感じたらそのまま眠る事しか出来ないのだ。

 それが当然で、世界の理と言ってもいいほどのものだった。



 荷物の中に入れている小瓶に意識を向ける。

 本当に、良く創ったと感心する。

 親愛なる愛し子。世界から愛された空の姫様。……今、向けるべき呼称は、天才と謳われる美しき最上位薬師。


 よくぞ、と素直に感心した。

 よくぞここまで、夢魔族というものを解したものだと。

 彼女に与えられた加護故か、彼女の努力故か。


 どうあれ夢魔族というものを正しく理解したのは彼女だけであり、夢魔族の絶対的な睡魔を遠ざけるこの薬は、彼女以外には作り出せなかっただろう。

 そして、今後も彼女以外には作り出せないだろう。


 これは、夢魔族の根本に働きかける薬だ。

 夢魔族の神秘を一時的に遠ざけ、我々をこの世界に引き留める物。

 帰り道を煙に巻いて、意識をその場に留める物。



 ぼんやりと、ぼんやりと。知らないはずの、鮮明な記憶を呼び起こす。

 満ち足りた幸せな場所。美しき我らのふるさと。

 夢魔族が、還る場所。


 今は神秘に包まれた、一つ前の世界。

 今は神代と呼ばれる、一つ前の世界。


 夢魔族は、その世界で生きていた花の民だ。

 「ソミュール」は知らないはずのその知識は、夢魔族の神秘故に鮮明に記憶に刻まれている。

 眠っている間、ふわふわと漂う意識は血に宿った古い知識を読み返す。



 ……徐々に、意識が現在に向いていく。

 セルリアに寄りかかっているから、肩が温かい。

 彼女の家に泊まった時に、話したことを思い出す。


 敏い彼女は、あの日夢魔族の真実に一歩近づいた。

 夢魔族に、本来肉体は必要ない。

 肉体は、この世界で「生きる」ために必要なものだ。


 魂だけでは、神秘だけでは、世界に干渉できない。

 世界に存在して干渉するために、肉体が必要だった。

 夢魔族にとってはそれだけだ。必要だから、作り上げた。組み上げて楔にした。


 それ以上の意味を持たない故に、夢魔族は老いることが無い。

 青年期以降の姿は得られない。二十歳でも、二百歳でも、見た目は同一で変化しない。

 ソミュールの外見も、十八ほどの頃から変わっていないらしい。


 自分ではよく分からないが、ヴェローがそう言っていたからそうなのだろう。

 見た目に変化がなく、数年に一度しか目覚めない夢魔族の死は非常に分かりにくい。

 いつも通りの数年間の眠りが、いつの間にやら永遠の眠りになっていたのだ。


 夢魔族は最後まで神秘の中で生きて、神秘の中で死ぬ。

 呼吸や脈動の停止でようやく気付かれる我らの死は、眠っているようにしか見えないが故にどこまでも現実味がない。


 「ソミュール」の死は、まだ遠い。

 けれど、何百年後かに訪れる死は、他の同族と変わらないものになるだろう。

 最後にそんなことを考えて、近付いてきた現実に意識を浮上させた。





「……おはよう、セルリア」

「おはようソミュール。そろそろ第二大陸だよ」

「そっかぁ」


 船にのんびり揺られること二日目、そろそろ第二大陸の内海船着き場であるイツァムナー同盟諸国のトルに到着するかなぁーと思ったところで、ソミュールが小さく身動ぎをした。

 起きるかな、と思って眺めていたら、ゆっくりと瞬きが繰り返された後に目が合った。


 かけられた声に返事をして、ちょうどいいので荷物を取りに部屋に戻ることにした。

 船に乗ってからは、基本的にソミュールは客室で寝かせていたんだけど、時々私が外に出ようかなぁと思った時に連れて行ってたんだよね。


 今もちょうどそのタイミングで、夢魔族と言えど日には当たった方がいいんじゃないかなぁと思って甲板に出てきてたのだ。

 日に当たって風に吹かれて、のんびりポカポカしていた。


「ふぁ……じゃあ僕昨日は起きなかったんだねぇ」

「そうだね。船乗る時は寝てたもんね」


 話しながら客室に戻って、荷物を回収して甲板に戻る。

 周りにもちょこちょこ荷物を抱えている人がいるし、あと一時間もしないくらいで着きそうかな。

 風もいい感じに吹いているし、予定より順調かもしれない。


「んぅー……」

「眠そうだね」

「うん……もうちょっとしたら、ちゃんと起きれるよ……」

「そっか。今回は長め?」

「多分。夜まで起きてられそうかな」

「お、じゃあご飯食べに行こ」

「いいよぉ」


 ソミュールが寝てる間は一人で食べてたんだけど、やっぱりなんか寂しいんだよね。

 寂しすぎて露店で買った物を宿に持って帰って食べてたもん。

 ソミュールは寝てるけど、それでも一人で食べるよりいいやーってなってた。


 なんて話している間に、第二大陸に到着して船が止まった。

 まさかこんなに早くまた来ることになるとは思わなかったなぁ。

 まだ二か月くらいしか経ってないんじゃないか?もうちょっと経ったか?


「ふぁ……とりあえず宿取ろうかぁ」

「そうだね。ここから馬車でビリジアンまで?」

「うん。距離的に、一回キニチ・アハウに行ってからだねぇ」


 ソミュールも大分目が覚めてきたみたいだし、宿を取って街の探索がてら夕食を食べる店を探そうかな。

 明日はまたちょっと早めの出発で、馬車に一日揺られて目的地であるビリジアンに行くことになる。


 ……ビリジアン、初めて行くなぁ。姉さまは行ったことあるって言ってたっけな。


今回は、ここ以外には絶対に入らないと思ってねじ込んだソミュール視点のお話でした。

夢魔族の話もどこかでちゃんとやりたいけど、緑風には入らなそうです。いつかどこかで書けたらいいな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ