403,休日のお散歩
イザールと約束をした日、約束の時間に門の傍の木陰で杖を回しながら空を見上げていたら、チリリンと鈴の音がした。
目を向けると、思ったより近い位置にイザールがいてちょっとびっくりする。
「おはよう、先輩」
「おはようイザール」
「じゃ、いこっか」
「うん。……で、結局どこに行くの?」
「どこってわけじゃなくて……まあ、歩きながら説明するよ」
歩き出したイザールの背を追いかけて学校を出て、一度杖を回して持ち直す。
杖を当てないようにイザールの左側に移動してから説明を求めてイザールを見る。
……なーんかご機嫌だなぁ?機嫌がいいのは良いことだけど、イザールの機嫌の良し悪しはどこで変化するのかが分からないんだよね。
「先輩、フォーンの中を歩き回る事ってある?」
「ウロウロすることはあるけど、行くところは大体同じかな。なんで?」
「今日先輩に頼みたい事なんだけど、国の中の魔力の濃さを見たいんだよね。だから先輩が普段行かないところを回りたくて……どの辺?」
「私基本的に大通りと露店の通りくらいしか行かないよ。王城の方にも行かないし……あと行くのは職人街くらいかな?」
最近は特にフォーンの中は回ってないし、私は元々一人でウロウロするタイプじゃないからね。
誰かと一緒に、その誰かが行きたいところとか知っているところとかに行く、っていうのが基本の思考だからなぁ。
今日も結局は「イザールと一緒に、イザールが知っている場所に行く」わけだからね。
「とりあえずは大通りの方に行くけど……先輩見たいお店とかある?」
「特にないよ。あ、でも今日出店リコリス来てるかも」
「へぇ。行ってくる?」
「イザールは来ないんだ」
「うん、なんか気まずいし」
「なんで?」
私も今は特にポーション類も減ってないし、イザールが謎に気まずいなら行かなくてもいいか。
……姉さまと面識あったりするのかな?姉さまもイザールも王城に出入りしてるから、顔を合わせたことくらいありそうだよね。
イザールに聞いても素直に答えてはくれなさそうだから、姉さまに聞いた方がいいかもしれない。
今度帰った時に覚えていたら聞いてみよう。覚えてなかったら別にいいや。
そういえばシオンにいがイザールに謎の対抗心を燃やしていたなぁ、なんて思いつつ不思議そうに振り返っていた黒猫を追いかける。
「なんか、先輩魔法で高速飛行してるイメージあるから、徒歩のスピード分かんないな」
「イザール歩くの早いね」
「猫だからねー」
「それ関係ある?」
身長はそんなに変わらないから、単純に歩行速度の差だろうな。
国外にいる時はともかく、国内はどこでものんびり歩いて観光って感じで歩くからね。
イザールは普段からスタスタ歩いてるところを見かけるし、通常速度が違うんだよね。
気にしてくれているのかチラチラこちらを見てくるので、多少早くても大丈夫だとだけ言っておく。
そんな話をしている間に大通りに出ていて、そこからギルドの横を通って細い道に入った。
この道初めて入るかもなぁ……ギルドの裏って行く用事ないから、道があっても通らないのだ。
「この先にちょっと魔力が溜まりやすい場所があるんだよね」
「へぇ、そんなところがあるんだ」
「結構あるよ。……あ、おはよー」
「ネコチャンだ」
知り合いでも居たのかと思ったら、イザールが手を振っている先に居たのはネコチャンだった。
キュルキュルなお顔をした三毛猫が塀の上からこっちを見ていたので、ゆっくり近付いて手を差し出してみる。
……撫でるのは駄目そうかな。流石に貢物も無しには触らせてくれないよね。
逃げないでいてくれる時点で人慣れはしてるみたいだけど、飼い猫ではないのかな?
首輪とかはしてないなぁと思って見ていたら、イザールに手を引かれた。
「先輩猫好きなの?」
「好きだよ。この子知り合い?」
「よく会う子ではあるね。フォーンは猫多いからみんな知ってるわけではないよ」
「多いんだ」
確かに学校にも遊びに来てるくらいだもんなぁ。
他の国でどうだったかは覚えてないけど、フォーンの中は大通りはともかく一本道を逸れると猫を見かけることもあるし、言われてみれば多い気もする。
暮らしやすいのかな?イザールも飼われてるしな。
「ん?なんかあそこだけ魔力多いな」
「お、どこどこ?」
「あの木かな?花に魔力が籠ってる感じ。……あれなんだっけ、ゴルナだっけ」
「先輩あれも見たことあるの?本当に植物詳しいね」
「家にいっぱい植物うわさってるからね。薬の材料ならいくらでもあるし」
これも確か薬の材料になるはずだ。家で見た記憶があるってことはそう言う事だからね。
なんか上位の魔力系の薬の材料……だったかな?私薬学は別に詳しくないから、何となくそんな感じの使われ方をしていた気がする、っていうすっごい曖昧な認識しかしていない。
姉さまかコガネ姉さんに聞いたら詳しく教えてくれるんだろうけど、家の植物だけでも多いのに他にまで興味を持ってたらキリがないからなぁ。
まあ、興味があったから自分で調べて覚えた花とかもあるけどね。タイミングによりけりだよね。
「えーっと……ここか」
「魔力の濃いところ調べて何するの?」
「何をするっていうか……報告?こういう所に何か発生したりもするし、魔力の強いところを悪いやつらが占拠すると面倒だから先に確保したい感じ」
「あー、なるほど」
持ってきた地図に何か書き込んでいるイザールの手元を覗き込みつつ聞いてみたら、納得の答えが返ってきた。
土地柄魔力が強い場所って、何かしら起こりがちだし魔法使いやなんかが隠れ家作りがちだもんね。
そういう人が住んで土地の魔力を隠す前に場所を把握したいのか。
ここは魔力を溜めて花を咲かせる木があるわけだけど、これも悪用しようと思えばできるわけだし。
自生していたのか誰かが植えたのかは分からないけど、把握しておくに越したことはないんだろう。
「全部調べるの?大変だね」
「他にもやれる人はいるから、出来るところまでね。俺はフォーンが住みやすいままであってほしいだけだし」
「だから他の人が手を回せないところをやってるんだ?」
「暇だからねー」
イザールが普段から忙しそうにしている理由は、王城の方で手が回ってない小間事をこなしているからなのだ。
本人は好きでやっているみたいだからいいけど、大変そうではあるよね。
学校でもあれこれやってるみたいだしなぁ。こうやって手伝えるところは手伝うけど、私最近学校に居ないし、イザールにもあんまり会ってなかったし。
まあ、学校内で困ってるところとか見かけないし、何故かキラキラしい目を向けてくる後輩たちに聞いてみても困ってる話は聞かないし大丈夫なんだろうけどね。
納得しつつ杖を持ち直して、移動を再開する。片目だけ魔視にしておこうかな。
その後も話しながら時々休憩しつつ国内を回って、夕方まで魔力の多い場所と極端に少ない場所を地図に記して回った。
お昼も知らない店を教えて貰えたし、楽しい休日だったね。




