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学び舎の緑風  作者: 瓶覗
40/477

40,姉たちの様子

 深い森の中、外からでは分からない人の手が入った場所。

 一定範囲の木は伐採され、その木を使った屋敷が立ち、そのほかにも畑があり地下で海に繋がっている池も敷地内には存在する場所。


 それが、世界で唯一の最上位薬師、アオイ・キャラウェイの家である。

 同時に「薬屋・リコリス」の本店であり、第四大陸の三か国に出向いている移動販売の店はここから出発している。


 アオイ・キャラウェイは国に定住することをせず、今はどこに住んでいるのか知るものは少ない。なんて言われているが、その理由がこの家だ。

 この家がある森の名前は「迷いの森」という。


 森自体に魔力が溢れており、その魔力のせいで位置を知らせる魔道具が誤作動を起こして道に迷い、ついでに濃い魔力に影響されて変化した魔物に追いかけまわされて余計に迷う。

 そんな森である。ちなみに、慣れれば普通に行き来できる。


 それでも危険な森であることに変わりはないが、アオイには強大な力を持った契約獣がいた。

 そのうちの一体、最上位ドラゴンの力により過保護なほどの結界が張られた敷地内は安全であり、ついでにあれこれと巻き込まれるアオイを心配した過保護の精神により「薬屋・リコリス」という移動販売の出店と「最上位薬師」を関連付けることが出来ない様にちょっとした阻害も働いている。


 そんなにも大事に大事に過保護に保護された最上位薬師殿は、現在届いた手紙を見てスキップしながら家の廊下を進んでいた。

 跳ねるたびに艶やかな黒髪が舞う。


 普段は美しいと称されるそれを、現状は可愛いに全振りしつつアオイの向かった先は店のカウンターでお茶を飲んでいる契約獣の一体、シオンの所である。


「おーマスターご機嫌やねぇ」

「うん。セルちゃんから手紙が来たよ」

「見せてー」

「はい。なんか、帰ったらシオンの事一発殴るらしいけど」

「え、なんで?どれで?」

「殴られる心当たりはいっぱいありそうだね、後で聞かせてね」


 何でもない事かのように微笑んで、アオイはシオンの横に腰かけた。

 手に持った手紙を渡しつつ一緒に持ってきたお茶に口をつけ、窓の外に目を向ける。

 それに飽きたらシオンの低い位置で一つに括られた髪を指で弄り、彼が手紙を読み終えるのを待つ。


「……えー、俺どれで殴られんやろ……?」

「方法の事ならグーパンらしいけど」

「それは受け止めんねんけど……」

「ちなみに予想は?」

「雑に教えた常識のあれこれ」

「大人しく殴られて、どうぞ」


 それは君が悪い。とアオイに頭を軽く叩かれて、そのままシオンは机に顔を付けた。

 手紙はまだ読み返すようなのでそのままにして、アオイは空になったコップを持ってキッチンに向かうことにする。


 そろそろ夕飯の支度が始まる時間だろうと思ってキッチンを覗くと、予想通りの二人が作業を始めていた。

 一人は萌木色の髪をした背の低い少女……にしか見えない少年であり、もう一人は細い腕に見合わない量の荷物を抱えている女性である。


「あらマスター。小腹でも空いた?」

「ううん、セルちゃんから手紙が来たからシオンに渡してきた」

「そうなのね。いつ帰ってくるかしら」

「丁度フォーンに行く日だからそのまま乗ってきてもらおうかな」

「それがいいわね、一人で帰ってくるのは心配だもの」


 どさっという重そうな音と共に持っていた荷物を置いた女性、ウラハとそんな会話をして、アオイはお茶のおかわりを要求する。

 お茶を淹れてくれた少女……のような少年、モエギの頭を撫でながら詳しい日程を話して、セルちゃんになんて返事を送ろうかしらと考える。


 ついでに、帰ってきた後のことも色々考えているのだが、やりたいことが多すぎて予定を立てられないのである。

 あまり連れまわしすぎてもいけないとは分かっているが、せっかく帰ってきた可愛い妹を構い倒したい者しかいないのでどうなるかは分からない。


 とりあえずお茶会に呼ばれているのでそちらに顔を出すのは確定なのだが、他はどうしようかと注がれたお茶を飲む。

 最終的にはセルリアが帰ってきてから予定を立てればいいだろうという結論にいたり、返事を書くために書斎に向かった。


 以前は薬師関連の道具しか置かれていなかった書斎だが、セルリアが家を出てから結構な頻度で手紙をくれるのでレターセットが常備されるようになった。

 最初の手紙はこちらを安心させようとしているのが手に取るように分かる内容だったのに、最近のものは楽しそうな日々が書き連ねられていて充実しているのだなぁと姉兄たちはニコニコである。


「楽しそうで何よりだよねぇ。……トマリも返事書く?」

「書かねえよ」

「そう?たまにはどう?」

「帰ってきてから話せばいいだろ」


 レターセットを取り出しながら独り言のように名前を呼ぶと、アオイの影から青年が出てくる。

 連れないことを言っているが、彼もセルリアの入学の際には何かと心配していたので、今が楽しそうだから必要はないということなのだろう。


 なんだかんだ面倒見がいいのだ。

 目つきが悪くて背が高いからと子供に怖がられていた頃にセルリアが家にやってきて、一切泣きもせずにむしろ寄って行ったのだから絆されているのかもしれない。


「セルちゃんは可愛いもんねー」

「なんの話だ」


 手紙を書きだしながら歌うように言ったアオイにため息を吐いて、トマリは先ほど出てきた時と同じように影に沈んでいく。

 それを見送って机に向き直り、アオイはサラサラとペンを滑らせる。


 とりあえず、シオンは殴っていいと。ウラハとモエギが夕飯のリクエストも受け付けていると。トマリは返事を書いてはいないが気にはしているようだと。ヒソクも気にしているようだから、帰ってきたら会いに行こうと。サクラが寂しがっていると。コガネも店を出すたびに会えないかと期待していると。

 最後に、もちろん私も会えるのを楽しみにしていると。


 一度読み直してから手紙を封筒に入れて封をする。

 次に来るのは手紙ではなくセルリア本人だろうから、休暇前の手紙はこれが最後だろう。

 封筒に書かれた宛名を撫でて、アオイはそれをしまい込む。出すのは明日の朝にしよう。


 そう決めて書斎を出ると、すぐ先にコガネが来ていた。

 夕飯が出来たと呼びに来たところでアオイが扉を開けたらしい。

 コガネは既に手紙を読んでいるようで、シオンが何をやらかしていたのかと苦い顔をした。


 それに笑い返しながらリビングに向かい、シオンが座っている場所の隣の椅子を撫でる。

 今は空席になっている、彼らの妹の場所である。

 アオイが自分の椅子に座ったところで夕食が始まるが、話題に上がるのはセルリアの事ばかり。

帰ってくる日が分かったから、皆いつもよりはしゃいでいるのだ。



 アオイ・キャラウェイ。世界で唯一の最上位薬師。

 人とは思えぬ美貌の持ち主であり、相手が一国の王であってもこびへつらうことなく平然と会話をする、王族と同じくらいの権力を持った人。

 それがアオイであるが、現状は可愛い妹の帰宅を楽しみにしているただの姉である。


今回でこの話の文字数が十万字を超えました。

これの前に書いていた話が大体四十万字で完結していたので、もしかしたら四分の一に到達したかもしれません。

でもまあ、あと三十万字で完結できる気はしません。

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