390,慌ただしい出発
騒ぎの中心から離れつつ、風を起こして私とロイを覆っていた壁を拡大してシャムとリオンも範囲内に入れる。
ついでにどうなったのかを探る為に別で魔法を組み、そっちに集中するために風に乗って少し浮いておくことにした。移動するようならリオンに引っ張ってもらおう。
そんなわけで組み終わった遠視魔法を放ち、そっちに意識を集中する。
目の前に魔法陣のようなものが展開しているけれど、三人は見たことがあるから特に驚いたりはしなかった。
ついでにこれのおかげで私が何をしているのか分かってくれたようで、空いている右手がそっと握られた。これは……シャムかな?
シャムなら見たければ好きに相乗りしてくるだろうから、そのままにしておこう。
「……うわ、すご」
「どうなってる?」
「地面が割れてる。すごいおっきいヒビも入ってる」
軽く飛ばしただけで、道路が割れて人が逃げ回っているのが見えた。
そのままドンドン遡って行くと、聞こえてくる音が格段に多くなって同様に魔力も膨れ上がり始めた。ここが騒ぎの中心地、さっき通り過ぎた宿の入口だ。
「まだ揉めてる……っていうか、流石になんかおかしい気がする」
「おかしいって何がだ?」
「誰も周りの事気にしてなさそうなんだよね。普通こんだけ被害が出たら、何人かはそっちを気にし始めるでしょ」
「……確かに、少なくとも宿の人は建物や道路の心配をしてる方が自然な気はするね」
ここまで誰も周囲を気に留めないのは、ちょっと異常だ。
何かしら、良くないものが影響を及ぼしていそうな気がして、全体を見通せる位置まで上昇しながら魔視の精度を上げる。
そんなことをやっている間にシャムが乗ってきた気配がしたので、シャムの目も同じところまで飛ばす。
何となく別の方向を確認しているような気がするので、残りの調整は任せた方がいいだろう。
「……なんか嫌な気配すんな」
「向こう?」
「おう」
「今まではなかった?」
「いや、多分ずっとあったぞ。今やっと気付けるくらい強くなったんじゃねぇか?」
どこか遠くで響いている気がするのは、リオンとロイの声だろう。遠視に意識を集中しているから身体の方の五感は鈍っているのだ。
それはともかく、リオンが何かを探知したようなのでそろそろ切り上げ時だろうか。
魔法はこのまま切り離すか、戻って来させるか。そんなことを考えていたら、下の方で何か妙な魔力を見つけた。
「なんか居る。シャム、シャム」
「どこどこ?あ、あれ?」
「そうあれ。なんか変だよね?」
「んー……あ、分かった!あれ悪魔種だよ!ロイ!悪魔種中位寄生型!」
「なるほどね。一応ギルドに報告に行ってみようか?」
「そうだね、早い方がいいし……セルちゃんはどうする?このまま見てる?」
「いや、撤退する。このまま切り離すからシャム先に戻りな」
「分かったー!」
なんかやべぇもんがいる、と察してシャムに声をかけたら、シャムが正体を教えてくれた。
悪魔種ってなんかあれでしょ?第一大陸とかから狭間通ってやって来る、滅多に居ないヤバいやつでしょ?姉さまがブチ切れてトマリ兄さんが叩っ斬ってた記憶があるよ?
ついでに言うとコガネ兄さんも全力で魔法ぶっ放してたよ?
その光景が衝撃的過ぎて、どういうものなのかとかの詳細は覚えてないんだけどね。
まあとにかくやべぇやつなのは間違いないだろうから、シャムが遠視魔法から離脱したのを確認したら魔法を切り離す。
「よし、行こうか。リオン、不味いと思ったらすぐに言って」
「おう」
「セルリアとシャムはあんまり遠くまで魔法で探らないように。周囲を守るくらいにしておいてね」
「了解」
「はーい」
素直に返事をして、周囲に撒いていた風を霧散させる。
壁だけは残してあるので、最低限の防御は出来るしこのくらいで留めるのが良いだろう。
ロイがわざわざ言うってことは、探りすぎると何かしらの悪影響があるんだろうしね。
ロイとシャムに言われたことには従っておくのが吉だ。
なんて考えながらロイの後ろを付いていき、向かう先を確認する。
ムスペルのギルドはこの通りから一本逸れたところにあるらしい。こっちは港への大通りで、もう一本同じくらい広い通りがあるんだとか。
「あの建物だね」
「人集まってんなぁ」
「邪魔にならないようにしたいけど……シャム、どうだろう」
「ちょっと待ってねー。……あ、あそこの人、多分そういう対応の係だと思うよ」
「分かった、行こう」
「今ので何が分かったんだ……?」
「私に聞かれても分かんないよ」
シャムとロイの圧縮言語は本当に分からないので、諦めるか後で聞くのが正解の行動だ。
今回は諦めでいいかな、そんなこと言ってる場合じゃないからね。
何も分からない時はとりあえず後ろを付いて行けばいいので、先ほどシャムが示した人の方に歩いて行くロイを追いかける。
「すみません、先ほどから続いている魔力の暴発についてなんですが……」
「はい、お伺いします」
話している間は邪魔をしないように少し距離を取っておいて、周りに集まっている人たちを眺める。
私たちと同じように何か伝えたいことがあって来たのか、それともギルドの近くが安全だからとやって来たのか。
騒ぎに対応するためなのか警備っぽい人も何人かいるので、このあたりが安全ではあるんだろうな。
そんなことを考えながら辺りを見渡していたら、急にリオンに引き寄せられた。
何かと思って見上げたら、リオンはどこか別の所を睨んでいる。
「リオン?なんか居た?」
「あー……おう、気にすんな」
「うん?」
何かは居たんだろうけど、気にはしなくていいらしい。
もう手も離されたし、居なくなったってことなんだろうか。
……分からん。分からんけど、気にするなって言われたから気にしないでおこう。これも考えたら負けてやつだよね。
最近そんなのが多いなぁと思って首を傾げていたら、シャムとロイが戻ってきた。
どうやら話は終わったようなので、この後の事を話し合う。
このままムスペルに居ても休めなさそうだからね、今急いで買わないといけない物も無いし、このまま出発した方がむしろ安心なんじゃないかという話になった。
「移動距離はそんなに考えないで長めに休むか、少し急いで近くの村まで行くかの二択かな。どっちがいい?」
「ちなみに村は前にも行ったことある場所だよ」
「あー……村まで行った方が良くねぇか?」
「そうだね。そんなに無理な距離でもないなら、一気に移動した方が楽な気がする」
行く先が決まったので早々に移動を開始して、面倒ごとに巻き込まれる前にムスペルを後にした。
騒ぎの元凶については宿を取った後にでも聞いてみようかな。




