389,到着、第五大陸
船から地上に向けてかけられた階段を降りて、数日振りの揺れない地面に足を付ける。
グーっと伸びをしていたら、後ろから歩いてきたリオンに背中を押された。
素直に従って足を動かしていると、船員さんがこちらに手を振っているのが見えたので振り返す。
「ここまでありがとうな嬢ちゃん。助かったぜ」
「いえ、こちらこそお世話になりました」
「残りの道中も気を付けてな」
「はい」
ずっと指示を出してくれていた船員さんだったので、実はそれなりに仲良くなってたんだよね。
そんな船員さんとも別れの挨拶を済ませて、先に船を降りていたロイたちと合流した。
「なんかまだ足元ふわふわしてる気がするー」
「そうだね。……セルリアは大丈夫?」
「うん。実は私、船の上で風吹かせてる時はずっと浮いてたんだよね」
「そんなことしてたのかお前」
だって軽く浮いてる方がやりやすかったんだもん。
普段から飛び回りつつ風を起こしてるから、足元含めて自分の周りを全部風で覆ってしまった方が親和性が上がるんだよね。
「さて、この後の予定なんだけど、今日はこのままムスペルに泊まろう」
「お、泊まんのか。出発してもよさそうな時間だけどな」
「確かにこのまま出発したらそれなりに移動は出来るだろうけど、慣れない船旅で気付いてなくても疲れてるだろうからね。日程に余裕はあるし、少し休んでからの方が最終的に速度が出ると思うよ」
「そういうわけです!なのでさっそく宿を探そーう!」
「おー!私はゆっくりお風呂に入りたいぞー!」
「私もー!」
「お前ら元気いいな……」
ゆっくり出来るって分かったんだから、多少はしゃいで体力使っても大丈夫だよね。
そんなテンションで移動を開始して、とりあえず宿を探すことになった。
その後のことはその後に考えよう。今はもう何も考えたくない。
ムスペルは内海に面していて大きな港があるけれど、ケートスなんかとは違って町は普通に陸の上にある。
まあケートスが特殊なだけで、基本的には港のある国でも町は陸地にあるんだけどね。
「あー……なんか屋台出てんなぁ」
「リオンが美味しそうな香りに引き寄せられてる」
「行ってきてもいいよ?宿は探しておくから」
「お、マジか。じゃあ行ってくっかな」
「私も行くー!セルちゃんはどうする?」
「ロイについて行こうかな。シャム、会話用の魔法だけ組んどこ」
「うん」
いつものように魔法の球を作って、二つあるうちの一つを回収して頭の横に浮かべる。
ロイが右側に来たのでそっちに浮かべたんだけど、頭の位置が違い過ぎてどっちの声も拾えるようにしようとするとすごい中途半端な位置になるなぁ。
まあいいや、使えるし。
雑な結論を出して位置調整をやめて、終わるのを待っていてくれたロイを見上げる。
シャムとリオンは既に美味しそうな香りに釣られて移動を開始していたので、その背中を見送ってから宿を探しに行くことになった。
「何件か大きな宿があるらしいから、そのあたりを見に行こうか」
「はーい。……そういえば、第五大陸まで来たら進む速度変えるって言ってなかった?」
「ああ、そうだね。昼休憩の時間を長くして、リオンが仮眠を取れるようにしようと思うんだ。一時間か、二時間くらいかな」
「なるほど」
確かにリオンは野営中とかほとんど寝てないもんね。
宿に泊まってる時は寝てるみたいだけど、それでも周りを警戒してはいるみたいだし、休める時間はあった方がいいに決まってるか。
というかむしろ、今まで速度を変えずにずっと移動できてたのが凄いのでは?
リオンの体力が凄いのか、なんなのか。
宿に泊まるってなったら割とずっと寝てる印象もあるけど、野営の時の睡眠時間を考えたらむしろ足りて無さそうな気もするよね。
……というか、宿で寝てるから普段は大丈夫、なんて事は無いと思うんだよなぁ。
どうなってんだリオンは。私だったら絶対無理なんだけど。
夜は眠いし朝には目が覚めるから、徹夜とかできないんだよね。……まあ正確には出来ないことも無いんけど、明らかに脳が働いてないから寝てこいって言われる。
「あの建物が宿かな?」
「なんか人多いね。団体客?」
「……揉めてるみたいだから、避けて行こうか。そこの横道から行こう」
「分かった」
見えてきた大きな宿の入口付近で、人が集まって何やら大声で話していた。
明らかな面倒事の気配に杖を握り直していたら、ロイが横道に誘導してくれたので素直に従って足を進める。
何だったんだろうなぁ、あれ。なんてのんびり考えながら横道から大きな通りに出たところで、先ほどの宿の方向から膨れ上がった魔力の気配がした。
慌ててロイの前に回り、杖を地面に強く打ち付けて風を展開する。
「リオン、そっから魔力の余波見える!?」
「おう。なんだこれ、なんかすげぇことになってねぇか?」
「この後なんか起こるかも。分かんないけど」
風を展開した直後に余波であろう魔力が飛んできたので、それを相殺しながら会話用の魔法を引き寄せて聞いているであろうリオンに声をかける。
割と距離があるはずだけど、シャムもリオンも魔力やら魔法やらに対する探知能力が高いからね。
「あ、やばそ」
「距離を取った方がいいかな?」
「うん。あのまま魔法使ったら、周りの魔力が変な反応起こしそうな感じがする。距離近いとどこまで防げるか分かんない」
「分かった。距離を取りつつ、合流しようか。シャム、今どこにいる?」
「別れたところから北に……五百くらいかな。大通りに出れるよ」
「なら大通りで。たしか時計塔があるはずだから、そのあたりにしようか」
「分かったー!」
風で自分とロイがすっぽり収まる壁を作っていたら向かう先が確定した。
これね、自分を中心に作ったから、動いてもそのまま付いてくるんですよ。
こういう地味だけど思ってるより難しい調整が、実はものすごく好きだったりする。
おかげでいざやろうと思った時にすんなり出来る程度には練度があり、先生からは「セルリアがさも簡単そうにやって見せるから、後輩が自分でやろうとして驚いた顔をするんですよねぇ」という、褒められているのか呆れられているのか分からない評価を貰っている。
「この道を真っすぐ」
「了解」
走っている間にも後ろからは魔力の圧が強くなっているし、そこにじわじわ魔法が混ざり始めているので気が抜けない。
とりあえず壁は後ろ側を分厚くしておいて、探知用の風を若干量撒いておく。
そんなことをやりながら通りを走って、見えてきた時計塔に向けて細い風を放つ。
そのまま少し探っていると、シャムとリオンの魔力を見つけた。
ロイにも伝えてそちらに向かい、人が溢れる時計塔の麓で二人と合流した。
無事に合流できたことにホッと息を吐いたところで、爆発音のようなものが聞こえて来て、あたりのざわつきが大きくなった。




