388,船旅の開始
杖を思い切り回して、船の後ろに強い風を起こす。
作った風の塊から風を切り分けて少しずつ吹かせ、見晴らしのいい高台から船の進む先を確認した。
下に居た船員さんが大きく丸を作ってるから、向きと速度はこれでいいみたいだ。
「おー!すっげぇ!」
「リオン、あんまり乗り出すと危ないよー?」
「セル!落ちたら拾ってくれ!」
「落ちる前提やめて!?」
「とりあえず掴んでおこうか。……よし」
船自体は順調だけど、巨大な船にテンションが上がったリオンが船から身を乗り出しているせいで、なんだか妙に賑やかになっている。
船員さんから微笑まし気な目線を向けられながら追い風を吹かせて、ロイに服を掴まれているリオンの足元にも風を吹かせておく。本当に落ちたら危ないからね。
そんな感じで風を吹かせつつ、徐々に見えなくなっていく陸地を見送った。
次に見えてくるのは第一大陸らしい。……実は私、第一大陸行ったことないんだよね。
姉さまはたまに行ってるみたいだけど、私がついて行くことはなかった。
「お嬢ちゃん、自然の風が出てきたからしばらく休んでて大丈夫だぜ。なんかあったら呼ぶわ」
「はーい、分かりました」
陸が見えなくなって少ししたところで、船員さんに声をかけられた。
しばらく休んでていいらしいので、風を止めてリオン達の方に向かう。
普段ならシャムを真ん中にして座っているのに、今日だけはリオンが真ん中みたいだ。両サイドから引っ張るためかな?
「お疲れセルちゃーん」
「お?休憩か?」
「うん。自然の風が出てきたから、しばらく休んでていいって」
「さっき買ったお茶があるけど、飲む?」
「貰うーありがとう」
シャムの横に座って、受け取ったお茶を飲む。
お、爽やかな香り。なんてお茶なんだろ?というか、船の上で飲食物を売ってたりもするんだ。
まあ確かに売ってないと困る人もいるのか。数日はかかるわけだしね。
「これ、結構な速度で進んでるよなぁ」
「明日の昼には第一大陸に着くらしいからね。かなりの速度ではあると思うよ」
「早いねぇ。やっぱり直線で行けるからかな?」
「そうだね。海にも魔物はいるけど、ここまで大きな船になると襲われることも少ないらしいし、天候以外で予定はズレないんだろうね」
お茶を飲みながらのんびり話していたら、空から聞いたことのない音が聞こえてきた。
……なんかの鳴き声かな?
空を見上げてみると、鳥が群れで飛んでいた。
「海鳥だね」
「魔獣か?」
「いや、ただの鳥だよ。魚を狙ってるんだろうね」
「結構上の方を飛んでるね」
しばらくのんびり鳥を眺めていると、船員さんに声をかけられた。
杖を支えにして立ち上がり、まだ半分以上残っているお茶をロイに返してから、先ほど立っていた高台に向かう。
「左側から風を吹かせて、船体を若干右に動かしてくれるか?細かい舵取りはこちらでやるから、ざっくりで大丈夫だ」
「はい」
「よっしゃ、頼むぜ」
言われた通りに船の左後ろに風を作り、帆に向けてゆっくりと風を吹かせた。
そのまましばらく風を吹かせて、船員さんの合図があったので杖を床にコンッと当てて風を止めた。
もういいらしいのでそのまま船の左側に歩いて行って海を覗き込む。……あ、岩場か。なるほど。
そんなに近くはないけど、少し岩が海上に露出しているところがあった。
あれを避けるために動かしたんだろう。ああいう岩場の場所とかも把握してるんだろうな。
この船の船員さんは同じ航路をずっと通っているらしいから、まさにこの道のプロだよね。
「セルー。飯食い行こうぜー」
「うん」
「ついでに船の探索もしよー!」
「するー」
しばらくは好きにしてていいらしいので、呼びに来たリオン達について行く。
食堂みたいなところもあるんだっけ。出航してしばらくは風を吹かせていたから、まだ船の中をちゃんと見てないんだよね。
荷物を置くために客室には行ったけどね。二段ベッドが二つ置いてあるだけの部屋だったけど、非日常感があって謎にテンションが上がった。
二段ベッドは関所の仮眠室でも使うのに、なんであんなにテンション上がるんだろうね?
「ちなみに食堂ってどこ?」
「分からん」
「一回甲板に出た方が分かりやすいかな。こっちだよ」
「シャムはいつの間にそういうことを確認してるの?」
「乗ってすぐに船員さんに聞いた!」
それでもいつの間に、って感じだけどね。
シャムはどこに行っても気付いたら知らない人と話してるからなぁ。
ちゃんと近くにリオンやロイが居るのを確かめてやっているらしいので、本当にすごい能力だなぁと思う。私には出来ない芸当だ。
なんて考えながら先導するシャムについて行き、食堂と思われる広い部屋に着いた。
購買みたいなところもあるけど、部屋の大部分は机と椅子だ。
作りとしては、学校の食堂とちょっと似てるかな。
「なんか思ったより色々売ってるんだな」
「数日間とはいえ、食事が偏ると体調不良の原因になりかねないからね。船にも医者は居るらしいけど、それでも陸より出来ることは少ないから、気を配ってるんだろうね」
「なるほど……?」
「リオン理解して返事してる?」
「してねぇ」
「うーん、素直」
声色がヴィレイ先生に教科書の内容説明してもらった後とかと完全に同じだったからそうだろうとは思ったけど、やっぱり分からないまま返事してたのか。
ロイは笑ってるけど、ヴィレイ先生は毎回察してため息吐いてたんだよね。
なんて思い出していたら、急に学校が懐かしくなってきた。
帰るまでにはまだまだ時間がかかるけれど、既に一ヵ月以上学校外で活動している。
日程的にはかなり順調だし、予定より速いのは分かってるんだけど、それでも長いなぁと思ってしまうのは遠出に慣れていないからだろうか。
「あ、なんか見慣れないサンドイッチがある」
「本当だ。買ってみようかな」
「ロイがまた謎の行動力を発揮してる……」
「お前ら何にすんだ?」
「私あの果実が練り込まれてるやつにする。セルちゃんは?」
「フィッシュサンド。せっかく船の上だし」
「買ってくるから先に座ってて。リオンも行ってていいよ」
「おう。じゃあ頼むわ」
ロイに促されて、先に空いているテーブルを確保して待っていることになった。
選んだ席は壁際で丸い窓が開いているカウンター状の場所だ。窓からは海が見えるので、覗き込んではしゃいでいる間にロイも着席して昼食を食べ始めた。




