385,イツァムナーの最後の国
馬車の窓から見えた海に、隣でシャムがちょっと歓声を上げた。
今日は雲もなく天気がいいから、海がキラキラしてて綺麗だな。
そんなことを考えながら止まった馬車から降りて、ぐっと身体を伸ばした。
「着いたー」
「すごーい、他の国とは違った感じの賑やかさだね!」
ここはイツァムナー同盟諸国の最後の国、トル。
ここから第五大陸に向けて船が出ていたりするので、来るのは最後になったのだ。
とはいえまだ帰るわけではない。レークさんに鑑定してもらってるダンジョンアイテムも、まだ預けたままだしね。
本当は鑑定が終わるまでキニチ・アハウで過ごしてあれこれ見て回る予定だったのだけれど、思っていたよりも私が魔力に酔ってしまうので予定を早めてトルに来たのだ。
イツァムナーのどこかに居れば他の国に行くのも難しくはないし、ここで鑑定が終わるのを待って帰路につく予定になった。
「さて、と。セルリア、先輩のいる工房の場所は分かる?」
「実は知らないんだよね。でも、多分探せると思うよ」
「そっか。まあ時間はあるしのんびり行こう」
トルに来た予定は観光と帰りの船旅の他、D魔道具の先輩たちがこの国に居るから会いたい、というのもある。
卒業式の時にトルに行くって聞いただけだけど、何かと目立つ先輩たちだし探せると思うんだよね。
まあ、何はともあれまずは荷物を置くために宿を探さないといけない。
別にこのままでも回れなことはないけど、でっかい荷物は邪魔だし宿はどうせとらないといけないからね。
そんなわけで宿を探して、決まったら荷物を置いて再度街にくり出した。
まず向かうのは海の方。宿はちょうど中央のあたりに取ったので、どこに行くにもちょっと距離があるがどこへでも行ける。
「おー!船いっぱいだ!」
「幾つくらいの港を行き来するんだろう?第一大陸にも、船で入れる国あったよね?」
「内海に隣接してる国は第一大陸のレモラ、第五大陸のムスペルと、ここの三国だね。他の港は、海沿いの村がいくつかあるはずだよ」
「あー、第三大陸のとこは外海か」
「うん。ケートスは外海沿いの国だね。他に行ったことがあるところだと、第四大陸のスコルも外海沿いだよ」
見たことも無いほど大きな帆船を見上げて、港を歩き回る。
色々な所から人が来ているからか、服装もあまり統一感が無くてちょっと不思議な感じだ。
港のすぐ傍には露店もあるみたいで、そこでは他の大陸から運ばれてきた果実なんかを売っているらしい。
他にも香水が売っていたり布が売っていたり、あらゆるものが集まってきているのが分かる。
イツァムナー同盟諸国はどこも活気があったけど、中でもここが一番賑わっているんじゃないかな。
本当に賑やかで、お祭りに来ているみたいだ。
「あ、スパイスも売ってる」
「セルあれの残りどのくらいなんだ?こないだ買ってたやつ」
「チョウジ?まだあるよ」
わざわざ聞いてくるなんて、相当気に入ったんだなぁ。
またそのうちお肉に直接刺して豪快に焼こう。まあ、道中でいい感じに夕食が確保出来たらの話だけどね。
移動中に食料を狩れるかどうかはもはや運だから、予定を立てるのは難しいのだ。
「わあ、凄い。レースの手袋だ」
「本当だー。細かーい」
「どこかの村の工芸品みたいだね」
「すげぇなあれ。どうやって作んだ?」
「編んでるんじゃないかな。縫い目見えないし」
凄い技術だなぁ、とのんびり考えながら露店を見て回る。
他にも色々あったけど、色々ありすぎて半分も覚えてないな。
とりあえず覚えてるのは、買い食いした焼き菓子が美味しかったことです。
すっごい美味しかったんだよなぁ。果実の味もして、重たくなくて。
トルを出る前にもう一回くらい買って食べようと思うくらいには、美味しかった。
先ほど食べ終えた焼き菓子の味を思い出してほわほわしていたら、急に後ろから肩を叩かれた。驚いて振り返ると、そこにはとてもいい笑顔の人が立っている。
「え、メイズさん!?」
「セルリアー!久しぶりー!」
この国に来た理由、会いたかった先輩。その一人が、学生時代と変わらず元気にそこに居た。
思わず上げた驚きの声で、三人もこの人が探していた人だと分かったようだ。
驚きの声が後ろから小さく聞こえて来て、やっぱりこれは想定外だよなぁと何故か安心した。
「会えて嬉しいです!嬉しいですけどなんで分かったんですか?」
「レウルムがたまたま街で見かけたらしくて、教えてくれたんだ!歩いてたら見つけた!」
「すげぇな」
「本当にね」
運が良かったと笑っているので、本当にたまたま見つけたのだろう。
レウルムさんは、学校の授業で先輩と戦う時に居た人のはず。たしか、一緒にこの国に来て冒険者活動をしているんだったか。
その人が私たちを見かけたというのも、そもそも私の事を覚えていたというのも、なかなかすごい確率な気もする。
ちゃんと会ったの、あの授業の一回くらいだよね?
「メリサさんもお元気ですか?」
「おう!元気に魔道具研究してるよ。というか工房遊びにおいでよ!」
「そうですね、ぜひ。……あ、でももう夕方か……」
「明日にでもお邪魔しようか」
「それなら場所だけ教えておくな」
今日は既に日が落ちかけており、このまま行ってもあまり話は出来なさそうなので、明日改めて工房にお邪魔することになった。
メイズさんはこの後工房に戻るらしいのでこの場で別れ、明日を楽しみにしつつ街の探索に戻る。
とはいえ、後はもう夕飯を食べて宿に戻るだけだけどね。
せっかくならオススメのご飯どころとか聞けばよかったかな、なんて思いつつ目に付いたお店に入り、聞いたことのない料理名を見つけて店員さんにどんなものなのか聞いて注文した。
皆気になってからね、四人も居れば、誰かしらは食べれるだろうという算段だ。
「お待たせいたしました、カルゥヴァタンです」
「おぉ、すげぇ」
「思ったより量あるね」
「すっごいいい匂いする!」
「取り皿も来てるね。どうする?僕がざっくり取り分けようか?」
「お願いしまーす」
とりあえずこれとお茶だけで注文をしたのは正解だったな。大皿のどでかい料理が来て、その大きさに思わずシャムと一緒に拍手してしまった。
ぱっと見はでっかい肉の塊だけど、中に野菜なんかが詰まっているようで、多分肉巻き、なのかな?
ロイが取り分けてくれたお皿を受け取って、いただきまーすと声を揃える。
全員がほぼ同時にカルゥヴァタンというらしい料理を口に運んで、全員がほぼ同時にうっま、と声を出した。
これは美味しい。中にたっぷり入っていた野菜からもうまみが出ているようで、どんどん食べれる美味しさだ。この大きさじゃなかったら、リオンに食べつくされる前にと慌てるところだった。




