380,寝ずの番
レペの村の出発した日は、問題なく日が落ちる前にモーブに入る事が出来た。
モーブで一泊して、次の日はモーブとカウイルの間で野営をすることになった。
カウイルはイツァムナー同盟諸国の一国なので、イツァムナーまであと一歩、ということだ。
明日にはカウイルに入れるので、第二大陸での野営は今日が最後かな。
なんて考えながら夕食の後片付けをして、外套に包まって荷物を枕にしているシャムの横に寝転がる。
「セルちゃんセルちゃん」
「なぁに?」
「見てこれ。光るの」
「あ、ほんとだ。……んふふ、凄い光ってない?」
寝る前にシャムとひとしきり戯れて、そのままくっ付いて目を閉じる。
杖を抱えてぼんやりと風に意識を向けていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。
眠りに落ちたシャムとセルリアを眺めつつ、リオンは手元のお茶を口に運んだ。
夕食を食べ終えた後に、寝ずの番をするならとわざわざ淹れてくれたそれを飲みつつ、無意識なのか風を吹かせているセルリアの魔力を受け流す。
「明日はそこまで急がなくていいんだよな?」
「うん。もうそろそろ街道もあるし、歩きやすくなるからね。リオンの睡眠時間は大丈夫?」
「おう。まだ行ける」
「第五大陸に入ったら、昼寝とか出来るような日程にしようか」
「そうだなぁ……二、三日くらいなら行けっけど、それ以上になると持たねぇか」
先に寝た二人を起こさないように声を小さくして、焚火に薪を追加しつつのんびりと話す。
ロイは途中で寝るが、それでも毎回一時間か二時間くらいは二人で話している時間がある。
焚火を眺めながら静かに話すこの時間を二人ともそれなりに気に入っており、野営の時はセルリアとシャムが寝るのを待っている節まであった。
「……ん、なんか居んな」
「来そう?」
「いや、気付いて逃げた」
「そっか。……魔力はそのままにしておくのかな?」
「セルが魔力飛ばしてくんだよ。しばらくやってりゃ満足するだろ」
「なるほどね。セルリアのそれは無意識なんだっけ」
「らしいなー。ずっと魔力回してんのも無意識だろ?」
周りの風に乗って飛んでいるセルリアの魔力に弱く発した魔力をぶつけて、リオンはセルリアの様子を窺った。
スヤスヤと寝息を立てている様子は狸寝入りには見えない。
本当に無意識で風を飛ばしているんだろう。そして、近くの落ち着く魔力を見つけるとその周りをクルクルと回り始めるのだ。
野営をするようになって初めて気付いた癖だが、もうリオンも慣れきっているので適当に魔力を流してあやすようになっていた。
「イツァムナーってなんか美味いもんあんのかな」
「探せば何かしらはあると思うよ。……そういえばリオンは剣の買い替えはしないの?」
「あー……まあ、考えねぇわけでもねぇけど、鍛え直しのがいいな」
「そっか。ならカウイルはお店より工房を見て回ろう」
飲み終えたマグカップを横に置いて、焚火に薪を追加する。
そのまましばらく二人で話していたが、夜も更けてきたところでロイが寝たので、火を少し小さくして傍の林に目を向けた。
そこに、少し前からこっちを窺っている動物がいるのだ。
何度か魔力を飛ばしてみてもいるが、その瞬間は逃げてもまた戻ってくるので放置して観察することにした。
どうせ朝まで一人で時間を潰すことになるのだし、基本的には焚火の維持くらいしかすることがないので暇つぶしにはちょうどいいだろう。
焚火の維持以外にすることと言ったら、寝ている他三人を起こさないように野生動物や魔物、魔獣を追い払うくらいだし、それ以外に何かしないといけない時は非常事態になるので無い方がいい。
「……ウサギ?」
身体の中でゆっくりと魔力を回して、揺らがない程度に鬼人の魔力を高めていく。
鬼人というものをリオンはよく知らないが、実感としてどういうものかは理解していた。
夜の方が調子が良いと感じるようになり、魔力を高めれば暗闇でも日中と同じくらいに物が見えるようになった。
寝ずの番をしている時はこうして魔力を回し、獣除けと見張りのために鬼人の魔力を高めている。
そんなわけで暗闇を見えるようにした目で例の動物を見てみると、そこにはウサギのような小さな動物が茂みから顔を覗かせていた。
「なんか別の魔獣かなんかか?」
ただのウサギであれば、一度逃げたのにわざわざ戻ってきたりはしないはずだ。
なら魔物かなにかの類のはずだが、嫌な気配は一切しない。
寝ている三人を窺ってみても特に起きる様子はないので、嫌なものではないんだろう。
「……羽生えてね?」
悪い物じゃないなら追い払わなくてもいいだろう、と本格的に観察を始めると、そのウサギの背には羽が生えているようだった。
色は全体的に白っぽいが、純白ではなさそうだ。何色が混ざっているのかは、見えているとはいえ流石にこの暗闇では分からない。
何となくでも情報を覚えておけば明日の朝にでも起きてきたシャムに聞けるので、とりあえず脳内に情報を並べておく。
白っぽいウサギ、大きさは普通のウサギ、背中に羽。
何度か繰り返して覚えようとしていると、草むらの中からウサギが飛び出てきた。
パタパタと背中の羽を動かしているのを見て、それ使えんのか、と独り言ちる。
羽は飾りではない。飛んでた。脳内のメモ帳に情報を追加して、飛び出てきたウサギをじっと眺めていると、小さな白いのは一歩こちらに寄ってきた。
「……あ?何もねぇぞ?」
寄ってくるウサギに思わず話しかけながら、リオンは目に魔力を溜めた。
見える色は白。白色の魔力って何だったかなぁ、と前に授業でやったはずの記憶を掘り返している間にウサギはもう一歩こちらに近付いて来る。
再び魔力を放ってみたが、耳を立ててこちらを窺うだけで逃げようとする素振りはない。
「お前ウサギにしては尻尾なげぇな」
逃げないのならと寄ってきたウサギを眺めていたら、地面を掃くように動いているのが尻尾なのが分かった。
ウサギの尻尾は丸くて小さいものだと思っていたが、このウサギは違うらしい。
それか、そもそもウサギではないのか。
ぼんやりと考えながら焚火に薪を追加して、風で炎を巻き上げているセルリアの方に魔力を向ける。
火から離れさせて火力を落とし、燃えてしまった分の薪を放り込んで焚火をつつく。
その後は近付きも離れもしないウサギと共に無言で火の番をして、眠りが浅くて時々一瞬だけ目を覚ますシャムを眺めたりするいつもの夜になった。
周りの気配に気を配りながらのんびり火をつついていると、いつの間にか月が沈んで朝日が昇り始めていた。
朝日を浴びると一気に眠気に襲われて欠伸を噛み殺していると、視界の端で人影が起き上がった。
目を向けるとセルリアが身体を起こしており、目が合うと寝ぼけ眼におはよぉ、と声を出した。




