374,ガルダ出発
今日の空は曇り。けれどうっすらと日が差すことはあるし、雨は降らなさそうな空気感だ。
現在時刻は午前十時で、場所はエキナセアの前。
これからガルダを出発して、次は第二大陸を目指すことになる。
「またいつでもいらっしゃいね。道中気を付けて」
「お世話になりました。また来ます」
「お世話になりましたー!」
「あざっしたー!」
「ありがとうございました」
見送りに出て来てくれたヒエンさんに手を振って大通りに向かい、大通りからガルダの門を目指す。
外に出たらいつも通り魔法を展開して、先行するシャムとリオンを眺めながらのんびり歩く。
ガルダの周りは結構広く整備されてるから、歩きやすくはあるんだよね。
まあ魔物がいない訳ではないから、警戒はしないといけないけども。
それでもしばらくは警戒を強める場所も無いし、徐々に風を増やしていく準備時間でいいかな。
急がないといけない何かも無いからね、ゆったり行こう。
「次に向かうのは、カーマインだよね?」
「うん。入るのは明日になるかな」
ロイと話しながらのんびり歩いていたら、視線の先でシャムとリオンが何か妙な動きをしているのが見えた。
風で探ってみても何かが居るわけではないんだけど、一体何をしてるんだろうか。
踊ってるのかたたらを踏んでいるのか……よく分かんないけど、遊んでるのかな?
いや、だとしても何をしてるのかは分からないんだけどもさ。
ロイも不思議そうに見ていたんだけれど、少ししてから急に笑い始めた。
「あはははは!」
「なにしてるか分かった?」
「ふふふ……うん。虫を追いかけてるみたいだね、蝶かな?」
「……ちょうちょ追いかけてあんな大騒ぎしてるの?」
「そうだね……っふふ……」
やんややんやと慌ただしく動いている二人を見て、ロイが笑いを堪えきれずにゆっくりと地面に倒れていった。あぁ……またロイが笑いの淵に捕らわれてしまった……意外とゲラだよねぇ。
「ロイー?大丈夫―?」
「ごめ……っふふ……だいじょ……ぶ……」
「うーん、駄目そう」
リオンとシャムは蝶を追いかけるのに夢中であんまり進んでないし、落ち着くまで待ってても良さそうかな。
というかなんでそんなに蝶に夢中になってるんだろう。普段は見かけたところで追いかけたりはしないのに、あんなに必死に追いかけてるのはちょっと不思議だ。
あの蝶が特殊なのかな。でも、危ない物だったらロイがここまで笑い転げることも無いと思うんだよね。これ、二人が蝶を必死に追いかけてるのが面白かっただけだろうし。
とりあえず眺めてていいかな?必要そうならロイを持ち上げて運べるように、風だけは集めておいて……うん、これでいいだろう。
「……お?もしかして捕まえた?」
なんかリオンが足を止めて、手を合わせて頭上に掲げてるんだけど、捕まえたんだろうか。
シャムもリオンの方に寄って行っているし、あのドタバタは終わったと思っていい、かな?
……二人ともこっちに来るみたいだし、私もロイを浮かせて移動しよう。
「なーにしてたの?」
「ちょうちょ捕まえた!」
「ロイはどうしたんだ?」
「二人が蝶を追いかけてたのが面白かったみたい」
ロイはまだプルプルしてるけど、話は聞いてるみたいだ。
……リオンはその蝶をずっと手に閉じ込めておくつもりなのかな?
瓶か何か出してあげるから、その中に入れなよ。
「お、入った入った」
「綺麗だけど……なんでわざわざ追いかけてたの?」
「日光蝶っていってね、結構珍しい蝶なんだよ!ほらロイ、笑ってないで確認して!」
「……あぁ、うん、日光蝶だね。なるほど、だからあんなに……ふふ」
「そんなに面白かったのかよ」
瓶に布で蓋をして、シャムが荷物にくっ付けておくことになった。
ギルドに持っていくとかなりいい値がつくらしい。
珍しいのか、このちょうちょ。まあそうじゃなきゃわざわざ捕まえないもんね。
「んで、これ結局なんでそんな値段付くんだ?」
「知らないで追っかけてたんだ……」
「シャムが捕まえろって言うから……」
それだけ言われて、素直に追いかけてたのか。
……いや、私もやりそうだな。よく分かんないけど、シャムとかロイが言うなら捕まえた方がいいんだろうな、って思っちゃう。
「日光蝶は魔道具の材料とか、薬の材料にもなるよ。鱗粉に効果があるから出来るだけ生きたまま捕まえたいんだ」
「お、ロイが復活した」
「ちなみに月光蝶ってのも居るよ!そっちは夜じゃないと見つからないの」
「へぇー。蝶って鱗粉が何かしらの材料になる事多いんだね」
「そうだね、蝶の捕獲依頼とかは基本的に鱗粉目的だし、そうじゃない時は観賞用がほとんどかな」
笑いの淵から生還したロイが説明をしてくれたので、瓶の中に捕らえられた蝶を改めて観察する。
暖色系の綺麗な蝶だ。薬の材料になるってことは、鱗粉だけなら家で見たことがあるんだろうな。
まあ、あの家なんの粉なのか分からない粉が大量に置いてあるから、あったとしても絶対に気付けないとは思うけど。
「……光るのか?」
「まあ、蓄光効果もあるね」
「夜とか光ってるかんじ?」
「淡ーくだけどね。夜は月光蝶の方がよく光るよ」
「へぇ……あ、昼夜が分かる魔道具とかの材料ってこの蝶?」
「そうだね。日光蝶と月光蝶の鱗粉が材料になってることが多いかな」
話している間にロイの笑いが完全に収まったので、止まっていた足を進める。
臨時収入が手に入ったけど、換金するのはいつになるかな。
基本的にはギルドで買い取ってもらうことになるだろうけど、次に行く国ってもうイツァムナー同盟なんだよね。
途中の街にもギルドはあるかな……まあ、あるにはあるか。
それでも街より国の方が信頼性高いけど、そのあたりはロイたちの判断に任せるのが良さそうだ。
最悪ギルドじゃなくても買い取ってくれるところはあるわけだしね。薬の材料になるなら、薬師が欲しがりそうな感じもするし。
「……なんか急に蝶が飛んでんの気になり始めたな」
「あれはただの蝶々だよー」
「ふふふ……」
「ほらもう、ロイが笑いかけてるから」
ロイはしばらくの間、蝶を見ると笑うようになっちゃいそうだな。
まあ、そのうち落ち着くだろうからしばらくの間ならいいか。
そんな私の考えを知ってか知らずか、ロイが珍しく私の頭を小突いてきた。
リオンや兄さん達で慣れている私からすると、撫でられたかなくらいの感覚だったけどね。
でもまあ、一応は怒られたしロイが潰れたら浮かせて運ぼうとか考えるのは、一旦やめにした方がいいかな。




