372,使えない理由
朝日に照らされて目が覚めた。
ボーっとしながら身体を起こして、時計を開いて時間を確認する。
……六時前か。二度寝するような気分でもないし、着替えて一階に行こう。
寝ているシャムを起こさないようにベッドを降りて、着替えをすませて髪を纏める。
時計を懐にしまって欠伸を噛み殺し、扉を開けて一階に向かうと、何やら美味しそうな香りが漂ってきていることに気が付いた。
「おはようございます」
「おはよう、セルリアちゃん。お茶を淹れてあるから、よければ飲んで」
「ありがとうございます、いただきます」
朝食の準備をしているらしいヒエンさんに椅子を示されたので、座って置いてあるティーポットからお茶を注ぐ。
……アルハニティーかな?ヒエンさんは姉さまが好きだったものを、姉さまが居なくなった後もそのまま置いているみたいなんだよね。
それはつまり愛なのよ、なんてヒエンさんは言っていたけれど、本当かどうかは分からない。
姉さまはヒエンさんは結構適当なことを言う、って言ってたしなぁ。
でも、ヒエンさんがアオイ姉さまを大事に思っているのは嘘ではないはずだ。……つまりこれは、あんまり考えても仕方がない事ってやつだな。
「あらやだ、人参使い切ったんだったかしら……」
「買って来ましょうか?」
「お願いしてもいい?ついでに色々無くなりかけなんだけど……」
「大丈夫ですよ」
ぼんやり考え事をしながらお茶を飲んでいたら、ヒエンさんがちょっと焦った声を上げた。
どうせすることも無かったのでおつかいを申し出て、買ってくるもののメモと代金を受け取る。
それを確認して杖を持ったところで、二階から誰かが降りてくる足音がした。
目を向けると丁度ロイが起きてきたところで、私が杖と籠を持っているのを見て目を丸くする。
「おはよう、どこか行くの?」
「おはよー。ちょっとおつかいに。ロイも一緒に行く?」
「……行こうかな。おはようございます、ヒエンさん」
「おはようロイ君。じゃあ、お願いね」
「はーい」
籠はロイが持ってくれたので、私は杖とメモを持ってエキナセアを出た。
この時間なら朝市の方に行くのが早いだろうから、向かう先は大通りから少し外れたあたりかな。
まだ朝の早い時間だから人通りはあまり多くなくて、朝の散歩にはいい時間かもしれない。
「セルリアはこのくらいの時間に外出するのはよくある事だった?」
「ん?んー……姉さまが起きるまで、シオンにいとお散歩してたりはしたかな。どうして?」
「行き先が定まってる感じがしたから。朝市の場所とか規模とか、把握してるんだろうな、って」
「なるほど。見てるの楽しいから、遠出した時に連れてってもらったりはあったよ」
話しながら細い道を進んで行くと、開けた通りに出る。この先が朝市のやっている通りだ。
このあたりまで来ると人の声が一気に増えて、賑やかになるんだよね。
逸れない様に軽く風を回しておいて、ロイの方に向けておいた。
「まずはどこから?」
「とりあえず野菜かな。その後調味料見に行こ」
「了解」
目的の物を売っている露店を探しながらのんびりと朝市を進み、いい感じの野菜を探す。
朝ご飯に使うならそんなに遅くもなれないけど、まだ時間はあるんだよね。
お店が開くまでに食べ終えれればいいし、ヒエンさんは最悪店が開いた後でもいいって言ってくれてるし。
「……そういえば、前から気になってたんだけど、セルリアは僕やリオンにやたらと魔法を使わせたがるよね?」
「あっ……急だね?今までスルーしてたのに」
「ちょうど暇だし、移動中くらいがちょうどいい話題かと思って」
「特に深い意味があるわけじゃないよ?ただ、初期魔法だけでも使えたら便利だし……炎の初級魔法とか使えると、火おこしで助かると言いますか……」
モゴモゴと言い訳がましいことを言って、すっと目を逸らす。
別に悪いことじゃないと思うんだぁ……リングでちょっと魔法使うくらいでも出来ると、色々便利で良いと思うんだぁ……
「私がね、炎魔法を使うとね、ちょっと燃えすぎるからね……」
「……それについて、少し考えてみたんだけど、原因は多分セルリアの魔力が風だからだと思うんだよね」
言い訳を重ねていたら、ロイが何か見つけたのか露店の方に寄りながら急に気になることを言い始めた。
私の炎魔法は最早使わないのが唯一の正解みたいな扱いをされてるものなんだけど……これに何かしらの原因が?
「風だから、炎が馬鹿みたいな火力になるの?」
「小さい炎は消えて、消えない物は大きくなるんだよね?」
「うん。……あ、その人参ください。三本」
凄く気になる話題だけど、お使いを疎かにするわけにもいかないので、とりあえず主目的である人参を買っておく。
あとは他の場所で買おうかな。人参の代金を払って他の露店に移動しながら、話の続きを促すようにロイを見上げる。
「小さな火は、風に吹かれたら消えるでしょ?」
「うん」
「風で消えないように大きな炎にしていくと、今度は風で消えない代わりに煽られてどんどん大きくなっていく」
「……な、なるほど!?」
「相性が悪いんじゃなくて、相性が良すぎるんじゃないかって前から思ってたんだ。どうだろう、合ってそう?」
「合ってると思う!えー、なんかスッキリしたぁ……」
唐突に示された炎魔法が使えない理由にテンションが上がって、ロイの手を掴んでブンブン振る。
笑いながら成すがままにされているのは、きっと慣れているからなんだろう。
今まで「使えない!めっちゃでかくなる!」で放置してたことだったから、原因が分かるとどうにか出来る気がしてくる。
「え、えっ!どうにかしたら炎魔法使えるようになるかなぁ!?」
「それは僕には分からないなぁ」
「クリソベリルのところ行こう。モクランさんなら何かやり方知ってる気がする!」
軽く跳ぶように移動して、ウキウキのまま残りのおつかいを済ませた。
今日の予定はまだ決まっていなかったはずだから、二人が起きてきたらクリソベリルの所に行ってきてもいいか聞いてみよう。
前に会いに行った時に、もうみんな普通に会話してたんだよね。
だから行くって言ったら着いてきそうな気もするし、リオン辺りは手合わせしに行くかもしれない。
なんて考えながらエキナセアに戻り、籠を渡して一度庭に出ることにした。
「……ガルダに着いた日にも思ったけど、ガルダの大通りからそんなに離れてない土地で庭があるって凄いよね」
「確かに。井戸まであるし……あんまり気にしたことなかったけど、姉さまの感覚が狂った原因ってヒエンさんなのかなぁ」
よく急に物を送ってくるって言ってたし、ヒエンさんの所為だけじゃないとしても、確実に影響はあったんだろうな。
そんな話をしていたら扉が開いて、シャムが眠そうなまま抱き着いてきた。
起きてはきたけど目は覚めてないって感じかな。
お茶は飲むかな?もうそろそろ朝ごはんになるだろうし、中に戻った方が良さそうだ。




