370,髪飾りのお店
南区の大通り、エキナセアからもそれなりに近い位置に、姉さまの友人がやっているお店がある。
私が髪をハーフアップにするときに使っている髪留めや、姉さまが長年愛用している髪留めなんかを売っている店だ。
シャムは好きだろうし、アリアナやルナルにお土産でも買って行こうかなーって思ってたんだよね。
そんなわけで路面列車を降りたらそのまま大通りを進んで、ワックスフラワーの看板を探す。
この辺のはずだけど……人が多くて分かりにくいなぁ。
「あれか?」
「お?あった?」
「おう。多分」
私だと人の背中しか見えないんだけど、リオンとロイはしっかり大通り沿いにある看板まで見えているみたいだ。
いいなぁ、この人混みを見下ろせるの、本当に羨ましい。
「ここか?」
「うん。他にお客さん居るかな……」
窓からちょっと覗いただけじゃ分からなかったので、とりあえず扉を開けて中に入る。
中は相変わらずキラキラとしていて、ちょうど会計を終えたお客さんが一人いるだけだった。
これなら話も出来そうだ。シャムは店には行ってすぐに目を輝かせて商品が並んでいる方に行ったので、私はお客さんが去って行ったのを確かめてからカウンターに向かうことにした。
「こんにちは、アリアさん」
「こんにちは、セルリアちゃん。久しぶりね」
ここの店主であるアリアさんはハーフエルフで、モクランさんと同じ村の出身らしい。
私は昔からアリアさんがかなり好きで、ガルダに来たらワックスフラワーにも絶対来ていた。
エキナセアから近いから、ちょっとでも時間があれば遊びに来てたんだよね。
姉さまもアリアさんに会いたいと言ってちょくちょく顔を出していたし、友人でもあるけど姉のような存在でもある、って言ってたしなぁ。
包容力がね、違うんだよね。全てを優しく包んでお話してくれる美人なお姉さんを嫌いになるやつが居るんだろうか。居ないだろう。うんうん。
「ふふ、あの子たちが前に言っていたお友達ね?」
「はい。杖の買い替えが必要になったので、ついて来てもらったんです」
「そうなのね、楽しそうで何よりよ。……そういえば、あの髪留めはまだ使っているの?」
「はい。今日も持ってきてます」
「少し見せてくれる?……あぁ、やっぱり劣化してる。もう何年も付けているものね、むしろ飾りが一つも欠けてないのが不思議なくらいだわ」
返された飾りを光にかざして、確かにあちこち劣化しているなぁ……と改めて思った。
留め具の色が少し変色していたり、飾りが少し欠けていたり。
いい加減新しい物を買った方がいいんだろうけど、どうしてもこれが気に入ってるんだよね。
「同じような形のものはいくつかあるけど……セルリアちゃんは最初の物を特別気に入る質だものね」
「アリアさんにまでそんな風に思われてるんだ、私」
「物持ちがいいのも考えものねぇ」
「わあ、悩ませちゃってる。私だって一応買い替えは検討してますよ?来るたびに探してはいますし」
「あら、今回もそれで寄ってくれたの?」
「それもあります。あとは、仲良くしてくれる可愛い後輩たちに似合いそうなものがあれば、と思って」
ルナルは髪がかなり広がるみたいだから、簡単にガッツリ纏められるようなものを。
アリアナは元々付けているカチューシャもあるから、前髪とかを留めれるものの方がいいかな。
そんな風に、道中のんびり考えていた事をアリアさんに話すと、彼女は楽しそうに笑った。
「その話もゆっくり聞きたいけれど、今日はお友達と一緒だものね。……あの子、固まってなぁい?大丈夫?」
「あー……多分壊しそうだとか考えてるんだと思います。ほっといても大丈夫です」
「ふふふ、なるほどね」
時計屋さんの時と同じように、リオンがピシリと固まっていた。
あんまり時間をかけない方がいいかな?アリアさんにはまた会いに来れるから、今日はとりあえずお土産を見繕うのが優先かな。
そんなわけでカウンターを離れてシャムの横に向かい、目をキラッキラさせているシャムと一緒に棚を眺める。
このお店の髪飾りは姉さまのお気に入りなこともあって、家でもコガネ姉さんやウラハねえが日常的に付けていたりするんだよね。
「セル、俺ら外に出てるわ」
「お、了解」
「ゆっくり選んでていいからね」
「はーい」
リオンとロイが店の外に出るのを見送って、棚に視線を戻す。
このお店は基本的に女性しか来ないからね、そういう気配を察知したんだろうな。
多分それほど離れていない位置で何かしらしているだろうから、お言葉に甘えてゆっくり選ぼう。
とりあえずアリアナの方から選ぼうかな。
前髪を留める小さ目の髪留め、色は水色とかかなぁ。目の色が綺麗な空色だから、それに合わせたい感じはする。
「……シャムは何見てるの?」
「クリップ!お団子作るの下手だから、結んでから纏めれるのが欲しいなぁって」
「なるほど」
「セルちゃんは何か探してるの?」
「後輩たちへのお土産。着けてくれたら可愛いだろうなーって前から思ってたんだよね」
「なるほど!セルちゃん後輩たちと仲良いもんね」
話しながら髪留めを眺めていると、シャムが何かを手に取ってこちらに差し出してきた。
やけにニッコニコだけど……なんだろう。
渡されたそれを素直に受け取り、目線の高さに持ち上げる。
「……んふふ、可愛い……」
「ね、可愛いよね」
シャムに渡されたのは黒猫の飾りだった。
首元には赤いリボンと鈴までついていて、なんだか誇らしげに見える。
これは前髪とかを留めるためのものかな。パチンってやるタイプ。
「……これなら使うかな?」
「部屋とかなら使うんじゃないかな」
誰を想像しているのかは、最初から分かっていたんだろう。
名前を出さずに聞いたのにすぐに返事が返ってきたので、笑いながらとりあえず持っておくことにした。
最悪髪を留めるのには使わなくても、これなら何かしら別の使い道があるかもしれないからね。
そんなわけで当初の予定では買うつもりのなかったところからお土産が決定し、シャムの髪留めも選びつつ残り二つも無事に決まった。
私の髪留めは……まあ、また今度で良いだろう。
今のがまだ使えるし、絶対に今回買わないとってわけじゃないからね。
それに最近は冒険者活動に出てることが多いから、髪紐の方が使用頻度が高くなってるし。
「あら、決まった?」
「はい。全部可愛くて目移りしちゃいましたけど」
「うふふ、ありがとう」
選んだ髪留めをレジに持って行き、お会計をしてもらう。
サービスで箱に入れて貰ったそれを受け取って店を出ると、ちょうどリオン達が店の前に戻ってくるところだった。




