363,新しい杖
ガルダに到着した次の日、さっそく杖を新調するため、私はガルダの西区に足を伸ばしていた。
ガルダは綺麗な円形をしていて、その中が五つの区画に分かれている。
門とエキナセアがあるのは南区。今向かっているのが、職人街のある西区。クリソベリルの拠点は東区にあり、北区は冒険者などはほとんど行かないのでガルダに住んでいる人の居住区だ。
その四つのほかに、中央が区切られていて王宮や貴族街がある、らしい。
中央は行ったことないし興味もそんなに無いから知らないんだよね。
そんな話をしながらガルダ内を走る路面列車に揺られ、区間を移動している。
この路面列車、ガルダ以外では見ないんだけどガルダ内だと結構な頻度で走っている。
かなり便利だ。これのおかげで、南区から北区まで一日で往復できると言っても過言ではない。
そんな路面列車に三人は大はしゃぎだった。分かる、私も最初大はしゃぎだった。
「すごーい!はやーい!」
「そろそろ着くよ」
「本当に速ぇな」
「これ、ガルダの中を一周してるんだよね?」
「うん。帰りは逆向きのに乗ればいいから、一周回る心配はないよ」
「ガルダは円形だからこういう事も出来るんだねぇ、丸いって凄いねぇ」
「丸いのが凄いのか……?」
今日は割と空いてたな、なんて思いながら立ち上がり、目的の停留所で列車を降りる。
何度も通った道なので迷うことはなく、そのまま進んで職人街に入った。
目指すお店は、ちょっと特殊な形をしている。
そこにお店があると知らなければ素通りしてしまうような、知っていても入るのにはちょっと躊躇するような。
そんなことを私が先に言っていたので、シャムとリオンはどんな店なのか想像を膨らませて楽しんでいるようだ。
「んで、実際どんななんだ?」
「もうすぐだから、そのまま答え合わせかなぁ」
返事をして、見えてきた扉を指さした。
建物の隙間に扉だけがあり、小さな看板が揺れている。
……それだけだ。ね?躊躇うでしょう?だって中が見えないし、扉しかなくて両サイドは別の建物なんだから。
思わず、といった感じで足を止めたシャムに引っ張られる形で一度止まり、笑いながら扉を開ける。
見えるのは長い廊下。両サイドの建物の後ろに建物があって、通りに面しているのは入口だけなのだ。おかげで入って早々ビビッて引き返させるような店の作りになっている。
「す、すごいお店だね」
「だよねぇ。……よし、行こうか」
まあ、私は何度も来てるからそんなに躊躇うこともない。
……杖壊したから、ちょっとだけ足が止まったけども。
でも誰にも悟られてないようなので、そのまま何もないよって顔で奥に進んだ。
「……こんにちはぁ」
「ん?おぉ、久しぶりだな。……ついに壊れたのか」
「遂にって何ですかぁ……」
店の奥に進んでもう一枚ある扉を開けると、ようやく広い空間に出る。
そこで座って作業をしていた人が、ここの店主で杖を作っている職人さんだ。
額にかかった前髪の隙間からチラチラを石が見えており、首元にも鉱石が輝いている。石人、という種族で、額の魔石が魔力なんかに反応するらしい。
「いつ壊れた?」
「えーっと……半月前くらい?です」
「魔力量の問題か?」
「いえ、ユルトーリュの尻尾を咄嗟に受け止めたらバキッと……」
話しながら、腰のポーチにぶら下げていた袋を外す。
捨てるのはなんか違うなぁって思ったから、持ってきてたんだよね。
袋の中から真っ二つに折れた杖を取り出してカウンターに置く。……見ると悲しくなるなぁ……
「……直前にも負荷がかかったか?一撃で折れたようには見えんな」
「あ、違和感ありました。……うん、折れる数日前に、噛みつかれた、かな?」
「そうか。まあお前はこれで攻撃止めることも多そうだからな、蓄積されてたんだろう」
「す、すみません……」
「別に怒ってない。身を守るために必要ならそうしろ」
ちょっとビクビクしてたんだけど、怒られなかったので一安心だ。
よかったぁ……まあ、そんな怒ったりする人じゃないのは知ってたんだけどさ、一本目の杖を壊した時と違ってもう子供って言えない歳だしさ……
そんなわけで聞かれたことに一通り答えて、折れた杖を回収された。
なんかまだ、分解して材料に出来るんだって。すごいねぇ。
私が持っていても悲しくなるだけなので、有効活用してもらおう。
「杖、作るのに時間かかりますかね……?」
「いや、お前用に作製していた物がある。ちょっと待ってろ」
急な言葉に驚いている間に、アンドレイさんが折れた杖を持って奥に行ってしまった。
その隙に、なのか、後ろで話を聞いていたシャムが右腕に抱き着いてくる。
なんかキラキラした目をしているなぁ……あれかな、石人って珍しいからかな。
そんなことを考えてリオンの方を振り返ると、リオンも目を輝かせていた。
……うん、そうっぽいな。あの人は自分の種族とか特に気にしてないから、気になるなら聞いてみればいいと思うよ?普通に答えてくれるから。
なんて話していたら奥からアンドレイさんが戻ってきた。
手にはロングタスクと、何か小さな箱を持っている。
ジッと見ていると箱はカウンターに置かれ、杖の方を渡された。
「おぉ……」
「風の槍を愛用していると聞いた。威力を上げるのに先端を尖らせて、形状を槍に寄せた。あとはいつも通りだな。許容魔力量を多く、物理耐性も出来る限り上げてある」
「カッコイイー!」
「前よりでけぇか?」
「……先端の飾りが前より大きくなってるかな。持ち手の長さは変わってない……ですよね?」
「ああ。太さも以前の杖と揃えてある。バランスを取るために下にも魔石を付けて、露出して壊れないように外装を作った。結果として前より重くなっているが、問題は?」
「無いです。ちょっと回してもいいですか?」
「好きにしろ」
初めて持った杖なのに、すごく手に馴染む。
左手で軽く持ち上げると、確かに前よりも重くなっているのが分かった。
でも、この程度なら全然平気。私も筋力付いたしね。
人の位置と物の位置を確認して、杖を回す。
ヒュンっと音がして手の中で杖が周り、そのままいつものように問題なく止めることが出来た。
……うん、バランスも、凄くいい。前より全体的に重い代わりにバランスは良くなった感じがする。
無意識に止めていた呼吸を再開して、深く息を吸った。
軽く杖を回して風を起こし、足元に薄く展開させる。
何の抵抗もなく起こった風が場に満ちて、私は数日振りに宙に浮いたのだった。
「……はぁー!いい杖だー!」
「誰が作ってると思ってるんだ、当然だろう」
「そうですね!ありがとうございます!」
風を消して着地して、思わず杖を頭上に掲げた。
もう本当に良い杖なんだから。最初からこのレベルを持ってたから、私の杖への評価はとっても厳しくなってるくらいなんだからね。




