360,寝る前のおしゃべり
宿に荷物を置いて、中を少し確認したら夕食を食べに外に出ることになった。
船でも出れるけど……ここから歩いて行ける食堂があるって宿の受付さんが言ってたから、今回はそこに行くことにする。
一階は水路なので二階部分から外に出て、少しだけ階段を降りて歩道を歩く。
外から来る人向けに、宿のとかの周りは結構こうして歩道がしっかり作られていたりする、らしい。
別に他の所が全部水路ってわけじゃないけど、水路を通ったほうが早い時は多いんだとか。
「建物の作りがフォーンとは全く違うね……面白い」
「これ、下どうなってんだ?」
「さあ?詳しいことは全く知らないよ。……シオンにいなら知ってるかもしれないけど」
「今度誰かに聞いてみようか。先生たちの中に誰か一人くらいは知ってる人が居そうだしね」
話しながら教えて貰った食堂を探して通りを進み、人で賑わう店を見つけて中に入る。
まだ席は空いているようなので案内に従ってそのまま座り、何はともあれとりあえず腹ごしらえをすることにした。
「セルちゃんはケートスよく来るんだよね?」
「よくって言うほどでもないけど……まあ、ガルダに行くのに割と寄るって感じかなぁ」
「そういう時によく食べるものとかってあるの?」
「うーん……あ、ケートスに来ると姉さまが絶対探し出して買ってくるパン屋さんがあるよ。大体そこでその日の夕飯と朝食を買って、宿で食べる感じだったかな」
姉さまがまだガルダに住んでいた頃から、ケートスに来るとそのお店を探しているらしい。
私も何度かついて行ったけれど、優しそうなお婆さんと姉さまが楽しそうに話していた記憶がある。
姉さまだけでなくコガネ兄さんもお兄ちゃんとお姉ちゃんも絶賛しているだけあって、わざわざ探してでも食べたくなるのも分かる美味しさだった。
そんなことを話していたら、三人が期待に満ちた目をしてこっちを見てきていた。
……今から探すのはちょっと無理だから、明日のお昼とか夕食とかにしようか?
今回ケートスには休憩の意味も込めて一日観光できる日を作っているので、明日なら水路のどこかに居るはずのパン屋さんを探すことも出来るだろう。
「とりあえず夕飯食べようよ」
「そうだな。明日のことは明日でいいだろ」
一旦話を区切って料理を注文して、話しながら夕食を食べて宿に戻った。
戻ったらまずお風呂に入って、寝る支度を整えてから椅子に腰かけてタスクを弄る。
……うん、とりあえず大丈夫かなぁ。少なくともガルダまでに壊れてしまう、なんてことは無いだろう。
「リオンは今日も寝ないの?」
「いや、今日は寝る。別に警戒するもんもねぇしな」
「そっかそっか」
「セルちゃーん、タスクどうだったー?」
「大丈夫そうだったー。シャムは温まったー?」
「温まったー。ロイたち入るー?」
「入ろうかな。二人は寝るなら先に寝ていていいからね」
「はーい」
お風呂からシャムが上がってきたので、確認の終わったタスクで風を起こして髪を乾かしていく。
わーと緩い声が聞こえるけれど一旦無視して髪を乾かしきり、乾いたのを確認したら風を霧散させて席を立った。
「よし、私は寝ようかなぁ」
「おう。おやすみー」
「私も寝室行くねー」
シャムと連れ立って寝室に入り、並んでいるベッドに同時に寝転がる。
ふぁー……と欠伸を零しながらベッドに潜り込んでシャムの方を見ると、シャムもこっちを見ていて目が合った。
「……んふふふ」
「ふふっ。寝るまでお喋りしよ、セルちゃん」
「うん」
もぞもぞ動いて横を向き、眠ければそのまま寝れるように姿勢を整える。
遠出をして宿に泊まるたびに同じような事をしているので、お互い慣れたものだ。
何か話題は……と思ったところで、ふと思い出したことがあった。
「そういえば、シャムとロイの初対面ってどんな感じだったの?」
「初対面?」
「うん。私はシャムと図書館で会って、その後にロイとも話すようになったでしょ?もう四年目だけど、そういえば聞いてないなぁって思って」
「そうだねぇ……確かに話してなかったかも。そんなに特別な何かがあるわけじゃないよ?」
そのうち聞こうかなぁって思ってたら、何だかんだ四年も経ってたんだよね。
思い出すように目を閉じたシャムは、少し考えながら口を開いた。
「一年生の初めの頃に……数人でグループを組んで調べ物をする授業があったんだけどね?その時に私がハーフエルフだってことが広まり始めたみたいで……ちょっと遠巻きにされてたんだよね。
どうしようかなーって思って、まあ最悪一人で調べ切ろうかなって考えてたらロイが来て、そのまま一緒に課題とかやるようになったって感じかな」
「なるほど?」
「後からロイになんで私と一緒に課題やってるのー?って聞いたら、他より手際が良かったからだって言われたんだよ」
「……んふふ、なんかちょっと想像できる」
特に憐れみとかの目が無かったから、シャムとしても一緒に居やすかったらしい。
私も可哀そうとか言われるの苦手だから、そういうことを言ってこないしはなから気にしてすらいないリオンとは一緒に居やすかった。
悪魔の目ってなんだ?って正面から聞いてきたからね、リオン。
あんまりにも普通に聞かれたから、普通に答えちゃったもん。
多分リオンも変に気にされるのを嫌う質だから、私たちは全員が全員居心地がいい場所に集まってきたんだろう。
「……改めて考えると、ロイが一番適応能力高いよね」
「だよねぇ。私とリオンはそもそも混血だし、セルちゃんは育ての親がアオイさんたちだもんね」
一般的な村で育って一般的な感性を育てたはずのロイだが、私たちに対して何か嫌な目を向けて来ることは全くない。
それが何よりも凄いことなんじゃなかろうかとふとした瞬間に思うのだ。
本人はそんなこと全く思っていなさそうだし、思っていないからこそ一緒に居て楽なんだけど……でもやっぱり、すごいなぁと思う。
何せ、それで周りから浮いたりとかが全くないからね、ロイは。
私は何だかんだ感覚がズレているから遠巻きにされることもあるし、周りの話が分からなくて自分からちょっと離れてしまったりもする。
最近ではそれも無くなってきたけどね。
「……ふぁ……」
「お、セルちゃんお眠?そろそろ寝よっか」
「そうだねぇ……そういえば今更だけど、シャムって人の気配あっても寝れるんだね」
「本当に今更だね?村では結構みんな一緒に寝てたりしたから、むしろその方が寝やすいくらいだよ」
「そっかぁ」
「うん。セルちゃんもそんな感じでしょ?」
「そうだね。もう大分慣れたけど」
明かりを消して、おやすみと声をかける。
窓は枕元にあるからそのままだと星も視えず、天上を眺めてボーっとしている間に眠気が強くなってきた。
横から聞こえてくるシャムの穏やかな呼吸とかが、余計に眠気を増幅させてる感じがする。
そんなことを考えている間に眠りに落ちて、そのまま朝まで夢も見ずに眠るのだった。




