359,船の国の宿
野営から一夜明けて、朝ご飯を食べ終えたら後始末をして出発する。
今日は日が暮れる前にケートスに入りたいから、少しだけ急ぎ足で進むことになっている。
とはいえ無理をするような速度でもないので、風を前方に集めて進行方向の安全を確認しながら進む。
「……なんか居る」
「接敵しそう?」
「どうだろ、風には気付いたみたいだけど……あ、逃げた」
「じゃあそのまま素通りしよう」
「おう」
道中には時々魔物がいたりするけれど、風で軽く驚かすと逃げていく個体が多い。
それでも向かってくる奴相手にはリオンが威嚇して追い払っているので、特に足を止めることも無くかなりいいペースで移動出来ている。
昼休憩もいつもよりサッと済ませて、食後のティータイムも行わずに移動を再開する。
そうやって少しずつ時間を詰めていった結果、ケートスが見えてきたのはまだ日差しが赤く染まる前だった。
「おー、見えたー!」
「もうちょっとだ……速度上げようか?」
「そうだね。なるべく早い方がいいし」
「じゃあ速度上げるぞー」
少しだけ足を止めてそんな話をして、そこからケートスまではほとんど駆け足で進み、無事夕方前にケートスに入った。
久々に来たなぁ、ケートス。実は最近来てなかったんだよね。
「着いたー……」
「凄い、いっぱい船浮いてる!」
「リオン船操作できるんだよね?」
「ちっとはな。まあひっくり返しはしねぇよ」
「じゃあ二艘借りて二手に分かれようか。シャムはリオンと行きなー」
「はーい!セルちゃんも船の操作出来るの?」
「風で動かしてるからね」
「なるほど!」
早めに来たかった理由は、ケートスの移動方法にある。
ケートスは船の国。歩道よりも水路が多く、小舟を借りて水路を移動するのが基本なのだ。
慣れないと移動に普段より時間がかかるから、ちょっと早めに来て慌てないようにしたかった。
「僕もオールくらいなら動かすから、杖を休めながら行こうか」
「うん」
船を借りて乗り込みながら、ロイがゆったりと笑う。
……なんだかちょっとしんなりしてる感じがするなぁ。いつもより移動速度が速くて休憩もほとんどしなかったから疲れたんだろうなぁ。
「うっし、どこ行くんだ?」
「まずは宿を探そう。水路沿いにも看板が出てるはずだから、船二艘泊めれるところ探して」
「いや探し方分かんねぇよ」
私だってちゃんと分かってるわけじゃないから、これ以上はもう何も言えない。
何せ今までケートスに来るときは少なくとも三人は保護者が居たわけだし、自分で宿を探したりは基本的にしてこなかったのだ。
なのでとりあえず船を動かして宿屋の看板を探し、見つけた宿で小舟を二艘泊められるか聞く事にした。
ケートスの宿は一階部分に船を泊められて、二階に部屋があるタイプが多い。
借りた小舟をそこに泊めて、国を出るまではそのまま使う感じ。
水路も扉が閉められるから防犯面も安心だ。
宿というよりは家みたいな構造をしているのがケートスの宿の特徴なので、大体はこういう作りなんじゃないかな。
「私船乗るの初めてかもー」
「落ちないようにね。……リオンいけそう?」
「おう。とりあえず安定した」
小舟に乗り込んで座り、ロイに手を貸しながら横で結構揺れているリオンに声をかける。
うん、とりあえずひっくり返ったりはしてないし、リオンの事だからすぐに慣れるでしょう。
シャムも一緒に居るんだからいざとなれば魔法でどうにか出来るだろうしね。
「よし、じゃあ行ってみようか」
「おう」
「シャム大丈夫?」
「結構不安定だねこれ……姿勢低い方が安定する?これふち掴んで大丈夫?」
「大丈夫だよ。変に傾けなきゃひっくり返ったりはしないよ」
「セルは慣れてんなぁ」
「普段から姿勢と重心はそれなりに気にしてるからね。飛ぶときにズレてるとすっごいブレるから」
試合とかだとわざとブレさせて飛んだりもするけど、普段は安定させるのに越したことはないからそれなりに鍛えてはいる。
なのでまあ、船くらいなら平気な感じだ。風よりは安定感あるよ、これ。
「これで進むんだよな?」
「そう。そのまま引いて、上に上げて……そうそう」
「おー、進んだ!」
「クッソ久々にやったわ……どっち行くんだ?」
「あっちの通り。広いところ通って行こう」
リオンは昔ちょっとした泉みたいなところでこういう小舟に乗ったことがあるらしいけど、一時期だけだって言ってたから普通に忘れたんだろうな。
ちなみにこっちの船のオールはロイが動かしている。
ロイも普通に筋力あるからなぁ……余裕の表情だ。
最近は割と重めの剣を普通に片手で振ってるし、戦闘職に混ざっても割とどうにかなるんじゃないかと思うくらい。
「おー……すげぇな、あれどうやって買い物するんだ?」
「欲しいもの伝えて代金投げると商品投げて貰えるよ」
「投げんのか」
「心配なら寄って行って手渡しでも買える」
たくさんの商品を乗せてゆっくり動いている船は、他の国でいうところの出店みたいなものだ。
私は最悪風で運べるので、ちょっと遠いところからでもそのまま買い物をしていたりする。
姉さまは心配らしくて、コガネ兄さんが最悪取ってくれる位置にいる時しかやらないらしい。
そんな話をしながら投げ渡しに挑戦しているリオンを眺め、取り損ねて落ちかけた果実を風で浮かせる。こういうことがあるから、姉さまは自分でやり取りしようとしないんだよね。
「……あ。あそこに宿の看板ある」
「じゃあ行ってみようか。このまま入れるの?」
「それは宿によるかな」
小舟を動かして宿の入口に向かい、水路が繋がっているかどうかを確かめる。
今回は繋がっていなかったので、私が部屋の確認に行くことにした。
とりあえず、寝室が二部屋あって欲しいんだけど……他に何か気にするところあったっけ?値段くらいかな?
「こんにちはー。部屋空いてますか?」
「はい、空いてますよ。何名でお泊まりですか?」
「四人です。寝室が二部屋あるタイプが良くて……」
いくつか確認をしてから部屋を取り、鍵を受け取って船に戻る。
部屋はここのすぐ横なので、さっさと入って荷物を置いてしまおう。




