353,遠征からの帰還
杖が折れたその日は、予定がズレたこともあって野営になった。
その次の日にイピリアに入り、一泊して次の日は行きで立ち寄った村に泊まる。
そして、その村を出たら次はいよいよフォーンだ。
「あー……やっと帰ってきた……」
「大変だったねぇ」
「セルの風にどんだけ頼ってたのか、実感したなぁ……」
「みんなお疲れ様。そして疲れてるところ悪いけど、まずはギルドに行くよ」
夕日に照らされながらダラダラ歩いて、ロイに背中を押される。
ギルドでの手続きは基本的にシャムとロイがやってくれるので、私とリオンは離れた位置からボーっとそれを眺めて待つ。
ビャンヒィとユルトーリュを討伐して運んできたので、運ぶ所までが私たちの仕事ってことになったのだ。
そして、換金はロイが、お届け物のクエスト完了手続きをシャムが行っている。
リオンが横に居るのは私の護衛的な事なんだろうなあ。
ロングステッキが折れて、どれだけ威力が落ちたかはこの数日でしっかり把握されているからね。
そんなことを考えながら腰にぶら下げた袋をそっと撫でる。折れてしまった、私の杖。未だに悲しくてシュンとしてしまう。
「……お、シャムの方終わったみたいだぞ」
「ん、ほんとだ」
リオンに肩を叩かれて顔を上げると、シャムが手を振りながらこっちに歩いて来ていた。
手を振り返して、買い取りのカウンターにいるロイに目を向ける。
こっちもそろそろ終わるみたいだ。シャムもそっちに行くみたいなので、私もリオンを引っ張ってカウンターに向かうことにした。
「ん?飽きた?」
「いや、そろそろ終わりそうだったから……ロイ、私のこと小さい子だと思ってる?」
「まあ、少しは」
悪びれもせずに言うロイに、思わず杖を振りかぶろうとして杖が無くて無駄に凹んだ。
新しい杖買うまでに何回やるんだろうな、この悲しい流れ……
何かを察したのかリオンにそっと肩を叩かれて、換金が終わったらしいロイに促されて学校に戻った。
学校に戻ってきたら、とりあえず中央施設で帰還報告をして部屋の鍵を受け取る。
時間帯的にはそろそろ夕食かな?中庭が妙に騒がしいのは、どこかの研究室が何かしらしているんだろう。
「あー……部屋戻ったら寝ちゃいそう……」
「だねー……」
「二人は夕食来ない?」
「行かないかもー。行かなかったら寝てる」
「腹減らねぇの?」
「眠気が勝るんだよ」
ふぁ、と欠伸を零して、シャムとロイと別れる。
リオンは私を部屋まで送ってくれるらしい。そんなすぐに寝落ちたりしないけどな。
と、思ったのだけれど、そういえばリオンの荷物の中に私が選んだ食材が入っているんだった。
保管とか管理は私がした方がいいので、置き場は私の部屋にしようってことになってたんだよね。
後日渡しに来るよりも今日このまま受け取ってしまった方が都合がいいだろう、とか考えていたのかもしれない。
「ふぁ……」
「寝るなー?」
「寝ないー。リオン、荷物の中の食料出して」
「おう」
部屋の鍵を開けながら欠伸を零して、床に荷物を下ろす。
腰のポーチも外して荷物の上に乗せる。そんなことをしている間にリオンも荷物の中から食料を取り出していた。
受け取って棚にしまい、荷物を背負い直したリオンを見送る。
「寝るならちゃんとカギ閉めろよー」
「はーい」
去って行ったリオンを見送って扉を閉め、しっかりと鍵をかける。
そのままベッドに倒れ込みたい気持ちをぐっと抑えて、一度シャワーを浴びに行く。
今回は野営がほとんどなかったからそれなりにお風呂には入れていたけど、それでも使い慣れた部屋でのんびりお湯を浴びていられるのは気分がいい。
ふんふんと鼻歌を歌いながらシャワーを浴び終えて、いつも通り杖を探して折れたんだった……と無駄にダメージを負う。
凹んだまま着替えの上に乗せておいたタスクを手に取って、髪を乾かして服を着替えた。
髪が完全に乾いたのを確かめて、タスクを持ったままベッドに倒れ込む。
着替える前にベッドサイドに引っ掛けておいた懐中時計を開いて時間を確認すると、夕食が始まる時間だった。
けれど一度寝転がったらもう起き上がる気になれないので、このまま寝ることにした。
寝てるかも、って先に言ってあるし、荷物片づけながら欠伸しまくってたし、特に心配もされないだろう。
「ふぁ……」
欠伸を零して目を閉じると、すぐに眠気がやってきた。
部屋が明るくなったのを感じて目を開ける。時計を確認すると、いつも通りの起床時間だった。
身体を起こして目を擦り、とりあえず制服に着替えることにした。
髪をハーフアップにして懐中時計とタスクを懐にしまい、ロングステッキが無いと落ち着かないなぁと思いながら食堂に向かう。
朝食を食べながらロイと話し、図書館に行くらしいロイに手を振って別れる。
私はどうしようかなー。今日の一限は第一選択科目なので、杖を新調するまで参加は出来ないんだよね。まあ、タスクの扱いに慣れたいからって言えば混ざれると思うけども。
私も図書館に行こうかな、なんて考えながら戦闘職教室棟の廊下をのんびり歩いていたら、正面から見慣れた人が歩いてきた。杖が折れた悲しみでダル絡みしようと思っていたヴィレイ先生だ。
「あ、先生!」
「セルリアか。……戻ってきていたのか」
「はい、昨日戻ってきました」
「……怪我は?」
「無いです」
声をかけると、ヴィレイ先生は歩きながら見ていた書類から顔を上げた。
そして、一瞬眉を顰めた後に怪我の有無を聞かれる。
何を言うまでもなく、私の杖が壊れたことを理解してくれたらしい。
「私の嘆きを聞いてください先生」
「はぁ……一つ終わらせるべき作業がある。それをやりながらなら聞いてやる」
「やったー!」
ダル絡みの気配を感じたのかため息を吐いたヴィレイ先生は、それでも構ってくれるらしかった。
やっぱり優しいんだよなぁ、としみじみ考えていたら、杖が折れた時の事を聞かれた。
ユルトーリュの尻尾攻撃に折られたとか、その二日前くらいにビャンヒィと戦闘して違和感を感じてたとか、そういうことを話しながら移動する。
話しながら細かい作業をしている間に、感情の急降下も大分落ち着いてきたのだった。




