352,ぽっきりと音がした
右手に杖の上半分、左手に杖の下半分を持って、がっくりとその場に膝をつく。
折れた……杖だけじゃなくて、私の心もぽっきり折れた……
「セル……大丈夫か……?」
「リオン、魔法使いの杖はね、折れると本人の心も折れるんだよ」
「……そうなのか」
「うん。杖を大事にするタイプほど心が折れるんだよ……セルちゃんは、大事に、するタイプ……」
リオンにそっと肩を叩かれて、ゆるゆると首を振る。
杖が折れた悲しみを本当に理解できるのは魔法使いだけなので、シャムは魔法使いではない二人に悲しみの説明をしてくれた。
「ごめんね、ほんとうに、ぽっきりこころがおれそうなので、もうちょっとまってね……」
「ゆっくり休んでいいよ……ちょっと早いけど昼休憩にしようか」
ロイに頭を撫でられて、姿勢はそのまま杖を握る力を強くする。
そしていつも通り杖に魔力を流そうとして……流れなくて地面に崩れ落ちた。
……杖、折れた……改めて実感した……
「えーん……」
「よしよし……杖折れるの悲しいよね……分かるよ……」
「シャムゥ……」
「よしよし……」
シャムに抱きしめられて、ピイピイと泣き言を言う。
杖折れたの二回目なんだよ……一本目の杖が折れた時は一日部屋に引きこもったくらい、心もぽっきりいくんだよ。
「……セル、先に確認したいんだが……その杖折れた状態で自分の安全確保出来るか?」
「ん……杖は、タスクがある。リングもあるから威力は落ちるけど魔法は使える……飛ぶのは、ちょっと難しいかも……飛べない……飛べない私はただのセルリア……」
「飛べてもセルリアはセルリアだけどね」
シャムによしよしされていたら、後ろで何か話していたリオンとロイがそっと近付いてきた。
そうなんだよね。ここは安全地帯でもなんでもないから、悲しくても心が折れてても移動はしないといけないのだ。
リオンの確認は、安全地帯に行くまで私を守る必要があるかどうかの確認だろう。
メインの武器が壊れたとか、下手したら一番戦闘力が低い状態になってるからね。
一応杖は予備があるし、レイピアもあるから戦闘はどうにか出来ると思うけど……威力は軒並み下がるだろうなぁ……
「移動……する……」
「お、ちょっと復活したか?」
「セルちゃん……!どうする?先に限界量の確認する?」
「する……」
引き続きシャムによしよしされているけれど、それでも一応起き上がって持っていた杖を袋の中に入れる。これはウエストポーチの外側に引っ掛けておこう。
真っ二つに折れたけど、元々私の背丈より大きいくらいの杖だからこれでもそれなりの長さがあるんだよね。二か所引っ掛けて、ポーチと平行になるようにしておく。
「ユルトーリュの解体は僕とリオンでやっておくから、二人で確認しておいで」
「はーい!じゃあセルちゃん、ちょっと離れてからやろうか」
「うん」
シャムに手を引かれて少し距離を取り、懐からタスクを取り出す。
別に普段から全く使って無い訳じゃないんだけど、戦闘時に使う事は無いからどのくらいまでなら出来るのかは確かめておかないとね。いざという時に危険だからね。
「……ふぅ……舞え、踊れ。我風の民なり、風の歌を歌うものなり」
右手に持ったタスクを振って、いつものように呪文を唱える。
吹いてきた風に足を乗せて、ちょっとだけ身体を浮かせてみた。
……これ以上は上がれ無さそうだなぁ。飛べない私はただのセルリア……悲しいなぁ。
ちなみに、飛べない私はただのセルリア、は姉さまが新薬制作で行き詰った時にソファに倒れ込みながら呟いていた「飛べない豚はただの豚って言うけど、じゃあ飛ぶ豚はなんていうんだろうね」って言ってたところから来ている。
それを聞いていたトマリ兄さんが「飛べないセルリアはただのセルリア……か?」って言ってたんだよね。直後にコガネ姉さんに頭を叩かれていたけれど、私は妙にそれが気に入ってしまってたまに声に出していたのだ。
「やっぱり飛ぶくらいの出力は出ないなぁ……シャム、ちょっとこっち」
「はいはーい」
「……やっぱり二人分になると浮かぶことすら出来ないか」
「風の量もいつもの半分って感じだね」
「量だけならもうちょっと増やせそうかな?」
ふわふわと風を吹かせて弄っていると、解体を終わらせたらしい二人が歩いてきた。
二人の方にも風を吹かせて、何となくでいいので威力を把握してもらう。
「……杖でこんな威力変わるのか」
「まあ、元々使ってるのがロングステッキだからね。リオン、杖の種類による魔法の方向性の差って授業でやったの覚えてる?」
「あー……タスクだと威力弱くて細けぇ作業が出来て、ロングステッキだと威力高くて大振り?」
「そう、それ。私の杖は特に扱える魔力量を多くしてあるから、タスクに持ち変えると余計に威力が下がってる感じがするんだよね」
私は結構力押しタイプなので、タスクで扱える量だと物足りなくなっちゃうんだよね。
ちゃんと向ける場所を絞って鋭く形を整えるタイプじゃないとタスクは扱いきれないのだ。
ずっとロングステッキを持ってると、そういう細かい作業は苦手になりがち。
そんな説明をして、隙あらば沈みそうな気分をどうにか持ち上げる。
落ち込むのは学校に無事帰ってから、ヴィレイ先生にでもダル絡みしよう。
なんだかんだ先生は優しいから面倒くさくても割とちゃんと相手をしてくれるだろう。
「さて、どうする?もう少し進んでから昼にするか、ここで昼休憩にしちゃうか」
「セル、いま何時だ?」
「十時半」
「進むかー」
私が思ったより早く復活したので、移動を再開することになった。
大分時間を食ったけど、日程のずれは大丈夫かな?……というか、広範囲索敵出来ないから移動速度落ちそうだなぁ。
考えながら杖を回そうとして、杖が無かったので手は虚空を切った。
……今のはちょっと心に来たな……つら……
とりあえずシャムにくっ付いとこ……
「セルリア、中央に行きな。僕が最後尾するから」
「はーい」
「リオン、いつもより距離近めで。セルリアの索敵範囲がいつもより狭いからね」
「おう」
普段は割と距離をあけて歩くんだけど、今日は割と一塊だ。
私がシャムにくっ付いてるってのもあるけどね。
普段はシャムが私の腕にくっ付いてくるから、いつもと逆だね。
「はぁ……杖、新しくしなきゃなぁ」
「買いに行く?ガルダだっけ」
「うん。他のところでは探す気無いかな。ちゃんとした店で買えって言われてるし」
いつもより狭くて薄い壁の中で、シャムとのんびり話す。
まさかこんな形でガルダに行く用事が出来るとはなぁ……




