351,一緒に心も折れそう
宿泊していた宿を出て、朝日に目を細めながら移動を始めた。
シャムはまだ眠そうだけど、それでもしっかり進む先を示していたので思っているより目は覚めているみたいだ。
私とロイはいつも通りの時間に起きていたので、既に眠気はなくいつも通り後ろからリオンとシャムを眺めていた。
順調にいけば今日中に迷いの森の傍を通過することになるはずなので、まだまだ道のりは長いけれど帰ってきたなぁって気分になる。
「セルリア、杖の調子は?」
「絶好調、とは言えないかな。でも索敵も戦闘もいつも通り出来ると思うよ」
「じゃあ、森の方に常に壁を張っておいて」
「はーい」
ロイに言われて、杖を一回転させてから風を動かしていく。
迷いの森からはたまに意味が分からない魔物とか魔獣が出てくることがあるからね、少しでも近付く時は警戒した方がいい。
まだ距離があるので、慌てずに少しずつ壁を厚くしていく。
歩いている間に前方の風が探知できなくなったので、このあたりから迷いの森に入っているんだろうとあたりをつけて風の位置を調整した。
「森が近付いてきたよー」
「おー。……お?」
風を弄りながら前を歩く二人に声をかけると、リオンが急に足を止めた。
首を傾げてどこかを見ているけれど、私の風には何も引っかかっていない。
探知外の何かに気付いたのかと思って駆け寄って、とりあえずシャムの横に並んだ。
「セルちゃん、何か気配感じる?」
「ううん、何も。風にも引っかからないし……」
「リオン?」
「……なーんかいる気がすんだよなぁ」
「どのあたり?」
「向こう」
リオンが指さした方向に風を飛ばしてみたけれど、やっぱり何も引っかからない。
でもリオンがわざわざ止まるくらいだもんなぁ……楽観視して後から大事になったら目も当てられない。
ロイも同じようなことを考えているのか、静かにその場に荷物を下ろした。
私もその傍に荷物を下ろして、声をかけてから上空に上がる。
……目視できる範囲には、何もいないように見えるけど……もしかして地面の下とかにいるのかな。
「シャム!下確認してみて!」
「下?分かったー!」
私はもう少し上からの索敵を続けるので、シャムに声をかけて魔法で地面の下を探ってもらう。
シャムは補助系の魔法が得意だから、実は索敵も得意なのだ。
普段は私が風で広範囲を見てるからあんまりやらないって言ってたけど、うちに来た時にコガネ姉さんと索敵魔法についてあれこれ話していたのは知っている。
「んー?目立つものは何も引っかからないなぁ……ロイ、どう思う?」
「魔力が極端に少ないか、周囲を反映してるかじゃないかな」
「ユルトーリュ、ヴァグソボあたりが候補?」
「そうだね。そこに絞って探せる?」
「やってみる」
聞こえてくるシャムとロイの会話は、正直半分くらいしか分からない。
出て来てた聞き覚えのない単語は名前かな……?って思うくらいだ。
よく覚えてるなぁなんて思いながら二人に視線を向け、そのまま少しずらしてリオンを見る。
大剣を抜いて、何かを探すように少し姿勢を低くしている。やっぱり下の方に居るのか。ここから見ていても見つから無さそうだし、私も降りた方がいいかもしれないな。
降りよう、と風を操作しようとしたとき、下から妙な音が響いてきた。
嫌な予感がして動かしていた風を集め、自分の周りを固める。
下にも出来るだけ風を回したので、そっちはリオンが対応してくれることを祈ろう。
「セル!真下!」
必要最低限な風の操作をどうにか終わらせたところで、リオンの声が聞こえた。
ました、真下。叫ぶように発された言葉を脳が理解するのと同時に、ほぼ反射で杖を下に向けて風を起こしていた。
直後、何か巨大なものが地面を突き破って、私の所まで伸びてくる。
それが何かは認識できなかったが、風で押し込むようにしてどうにか上を取り続けた。
すると諦めたのか、留まる事が出来なかったのか、再び地面の中に入り込んでいったので、今のうちに地面に降りることにした。
上に居た方が安全かもしれないけど、上に居ると連携が取れないんだよね。
今のが何だったのかも分からないので出来るだけ皆の傍に居た方がいい気がする。
地面に足を付けたらすぐに風を巡らせて、即席の壁を張っておいた。
「シャム、あれなに?」
「ユルトーリュ!魔物上位種で、魔力をほとんど持たないから魔力探知で見つけにくくて発見数も討伐数もそんなに多くない魔物。硬いうろこで身体が覆われてるから物理防御高め、魔法への耐性もそれなり。細い身体で地面に潜って下から襲い掛かってくるよ!蛇っぽい感じ!」
「なるほど?」
「胴体を両断できればその時点で討伐完了って認識で大丈夫だから、上がってきたらリオンに頑張ってもらいたいな」
「おう、任せろ」
「耐性低い魔法の属性とかある?」
「雷は利かない、地も利かない、闇も利かない、木も利かない!他は書かれてなかった!」
「うーん、どうしよ」
とりあえずリオンの剣には風を纏わせて、予備として水の膜も作っておくことにした。
これでどっちかはいい感じに作用してくれたら嬉しいかな。
なんて考えている間に地面が微かに揺れ始める。二度目の攻撃が来るみたいだ。
杖を構え、勢いよく飛び出してきたユルトーリュがリオンに向かったことを確かめる。
ひとまず動きを止めないとリオンが攻撃できないので、地面に巡らせていた風を引き寄せて一気に魔法を練り上げた。
「絡み付け、巻き上げろ」
短く囁いて放った魔法はユルトーリュに絡みついて、わずかだが動きを止めさせた。
その隙にリオンが剣に噛みついていたのを振りほどいたのが分かったので、位置を変えて反撃に備え、ようとした。
けれど、私が動こうとするより先に上から何かが風を切って落ちてくる音がした。
咄嗟に杖を掲げるように構えれば、そこに馬鹿みたいに強い負荷がかかる。
パキッと、なんとも嫌な音がした。
「セル!」
リオンの声がして、その後に鋭く何かが吠える声がして。
杖にかかっていた負荷が軽くなって、それでも私はその場から動けなかった。
恐らくユルトーリュの胴体をぶった切ったのであろうリオンがこちらに駆け寄ってくる気配を感じながらも、返事をすることすら出来ずその場に立ち尽くす。
シャムとロイも傍に来たみたいだ。心配されているんだろうな、とは思ったのだけれど、やっぱりまだちょっと衝撃が抜けなくて、満足な返事も出来なかった。
私の手の中では、長年愛用していたロングステッキがユルトーリュの尻尾攻撃によって真っ二つに折れていた。




