346,精霊との約束
レイラが頷くのに、そう時間はかからなかった。
私を信用できるかどうかって言うより、帰れるのなら早く帰りたいんだろう。
何はともあれ信じてくれるらしいので、レイラを抱えて杖を持ち直す。
……外套の裾を結んでなるべくレイラが落ちないようにしておく。
これで大丈夫かなぁ。苦しくはないらしいので、もうちょっとだけきつめに結んでおこう。
「……よし。レイラ、舌とか噛まないように、口を閉じておいてね」
「うん」
「怖かったら、目も閉じててね」
「うん」
素直な返事を聞いて、杖を緩く振る。
ここに来てから、ずっと気配を感じていたのだ。
帰りの風は出来るだけ多い方がいいし、前にした約束を使っておくべきだろう。
「シルフィード、そこに居る?」
ええ、居るわ。こんにちは、私たちの愛し子
リィン、と鈴の響くような音が聞こえて、シルフィードが目の前に現れた。
私の周りの一周して、顔の間でくるりと回る。
その姿を見て少し頬が緩んだ。彼女たちからしたら、この程度の風は特に何でもないんだろうな。
「前にした約束、覚えてる?」
ええ、もちろん。今がいいのかしら?
「うん。この子を安全に村まで送りたいんだ」
分かったわ。貴女がくれた髪の分、私の魔力を貸してあげる
「ありがとう」
目の前で再び回ったシルフィードから、強い風の気配が流れ込んできた。
私の身体を覆った風が、ちゃんとレイラも囲んでくれているのを確かめて、既に姿を消しているシルフィードに内心でもう一度お礼を言い、ずっと静かにしていたレイラに目を向ける。
じーっとこっちを見てきているけど、特に何かを言ってきたりはしないな。
興味がありそうな顔はしているので、まぁ村に戻ってからも時間はあるだろうし、気になるならその時にでも話をしよう。
「よし、行くよ」
「うん」
いくつか魔法を重ね掛けして、いよいよ洞窟の外に出る。
風が強くて土埃も巻き上げているせいで視界が悪いんだけど、村の位置はギリギリ分かるかな。
リオンの魔力が分かりやすいから、出来ればそれを辿りたいんだけど……ぐっちゃぐちゃになってて辿れないなぁ。
外に出て浮いた瞬間、レイラが私の服を握る力が強くなった。
目線を落とすと、私が言った通りに目も口もしっかりと閉じている。
私の風に加えてシルフィードの風もあるけれど、外の強風は音も凄いからね、流石に怖いんだろう。
「大丈夫だよ。風は私を傷つけられないから」
そっと頭を撫でて、村の位置を確認する。
うん、いけるはずだ。あまり速度は出さないようにして、揺れも少なくするように気を付けておく。
普段はある程度自分で身を守れる人しか連れて飛んでないから、どのくらい守ればいいのかの基準が分からないのだ。
戻ったらロイに聞いてみよう、なんて考えながら風の中を進み、村の建物が足元に来たところでそっと下に降りる。
えーっと……どの家に行けばいいんだっけ。早く探しに行かないと、と思って皆が家の中に入る所までしっかり見てなかったんだよなぁ。
レイラに聞いたら自分の家を教えてくれるだろうか、と思ったところで、視界の端に何か光が映り込んだ。
家から漏れる光ではなく、一定速度で色の変わる球体の光。
「シャムだ。良かったー」
私が村に戻ってきたことを察したのか、それとも日が沈んでも戻って来ないからか。
シャムが光の球を作って、分かりやすいように色を変えながら屋根の上で光らせてくれていた。
光は物理力が低い代わりに影響も受けにくい。この風の中でも飛ばされないいい目印だ。
「戻りましたー」
「セルちゃん!」
「レイラ!あぁ良かった無事なのね!?」
「ママ!」
家の扉をそっと開けて中に声をかけると、シャムとレイラのお母さんが勢いよく反応した。
レイラもパッと顔を明るくしたので、結んでいた外套を解いて床に降ろす。
親子が抱き合っているのを見て満足の笑みを浮かべていたら、シャムが突撃する勢いで抱き着いてきた。
「セルちゃん中々戻って来ないから心配したよー!」
「ごめーん。シャムの光のおかげで家が分かったよー。ありがとう」
「どういたしまして!」
肩にぐりぐりと頭を押し付けてくるシャムを揺らしていたら、リオンとロイが寄ってきて無言で私の頭を撫で始めた。
なんだよ、なんで撫でるんだよ。私さっきまでレイラ相手にお姉さんぶってたから、ちょっと照れるんだけど。
「おかえり」
「うん。ただいま」
「……精霊か?」
「ん?ああ、うん。前にシルフィードとした約束があったから、それで助けてもらったの」
リオンが私の髪を一束もってまじまじ見ているけど、これは多分シルフィードに風を借りて来て魔力がちょっと変質してるからだろう。
そのあたりには結構敏感だよね。何度か手を借りているからか、シルフィードの魔力が混ざっているって認識も出来るようになってるみたいだし。
話している間に再開を喜び終わったらしい親子が寄ってきて、何度もお礼を言われる。
レイラは母親の足に抱き着いて、こっちに興味ありげな目を向けてきている。
私は末っ子だけれど、小さい子に対しての対応は姉たちを見ているので一応出来なくはない。
ついでにレイラは、この暴風の中を一緒に飛んできたわけだから、他の子よりも話しやすい。
シルフィードとかに興味もありそうだったしなぁ。
お礼を言っている母親に返事をしながら、ずっと目が合っているレイラを小さく手招きする。
「セルリア」
「うん?」
「さっき、誰とお話してたの?声、よく聞こえなかった」
「……もしかしてちょっとは聞こえてた?」
「うん。誰かが遠くでお話してるみたいだった」
「おーっと……まさかの才能に出会ってしまった……」
ロイも驚きで固まっているし、シャムとリオンは驚きで声が漏れている。
レイラ本人はよく分かっていないみたいだ。……これは、もしかしてお母さんも含めてお話した方がいいのでは?
私は詳しい説明とか苦手だけど、ロイとシャムが居るから多分ちゃんと説明できるし……
泊って行ってくれ、って言って貰えてるし、ついでにお話ししていこう。




