342,第五大陸を進む
イピリアを出て進んだ先の村に泊まり、少しゆっくりして九時くらいにその村を出発。
三日目はいくつかの村を経由して、人が乗ったり降りたりしながら第五大陸との間にある関所近くの村に泊まった。
今は四日目。第五大陸に入って、今日もいくつかの村を経由して進んでいる。
今日の宿泊地はマホガニーという第五大陸の街だ。
マホガニーを出発すると後はもうネフィリムまで止まらずに行くので、何事も無ければ明日にはこのクエストも終わりになる。
まだ気は抜けないけれど、それでもそろそろ終わりだなぁと思ってしまう。
今日まで大きな問題が無かったからといって、このまま何もないとも限らないんだけどね。
それでも広げた風から届けられる情報は、今日も平和な日であると告げている。
「セルリア、前方に広い草原があるのが分かる?」
「……うん。分かるよー」
「そこに何か居ないか確認してくれるかな」
「オッケー。ちょっと待ってね」
のんびり風に吹かれていたらロイから指示が来たので、前方の風の密度を上げていく。
もう少し進んだところからしばらくの間、馬車は広い草原を進むことになる。
シオンにいが言うにはこの草原には基本的に狂暴な魔物なんかはいないらしいんだけど、うっかり視界に入るとやたら追っかけてくる奴も居るらしい。
それを避けるために出来るだけ広く索敵をしていくんだけど……
もしかしたらもっと面倒なのが居るかもしれないなぁ。
私が思わず漏らした声を聞いたロイが、どうしたのかと聞いてくるので拾った情報をそのまま伝えることにした。
「もしかしたらなんだけど……ノテェが居るかも」
「おっと……シャム、リオンを起こしておいてくれる?」
「ほいさー!」
ノテェというのは大型の魔物で、凶暴性はそこまでじゃないんだけどとにかく大きいのだ。
基本的に地面の下で生活していて見かけることはあまりない。
私は昔一度遠くから見たことがあるから、特徴的な魔力を知っていた。
「起きたぞー……」
「おはようリオン。前方に大きな魔物がいるの分かるかな?」
「おー?……地面の下か?」
「そう。リオンも言うなら本当に居そうだね。もう少し近付いたら、全力で威圧してくれるかな?」
「魔力使ってか?」
「うん」
「おー。前行くぞ」
ノテェはその大きさと面倒な特性で、出てくると対処に困る魔物として名を馳せている。
熟練の冒険者も面倒というその特性は、動くものをとりあえず追いかけてくるというものだ。
特に何をするわけでもないんだけど、とりあえず追いかけてくる。
気が済むまでどこまでも追いかけて来るので、追われたまま国の中には居ると外壁が壊されることもあるらしい。
その大きさ故に国の中に入られたら何もしなくても被害が出るし、大きいからなのかやたら頑丈で倒すのに手間がかかるし、手間をかけて倒しても特にいい素材が取れるわけでもない。
そんなわけで「倒せなくはないけどうまみも無いし面倒が勝ちすぎる」と言われているのがノテェである。
ノテェへの対処法はいくつかあって、第一にまず見つからない事。
でもノテェは目がやたらいいらしく遠くからでも見つけてきたりするし、基本的には地面の下に居るせいで急に横に出てくることもあるから、見つからないってのも難しいことなのだ。
こちらが見つかった後の対処としてまず上がるのは振りきって視界外に逃げること。
でもこれには結構な速度が必要になる。なにせノテェは大きいからね、一歩の差がかなりあるから逃げるのも一苦労だ。私が知る中でこれを実践できているのはアジサシさんくらい。
今から私たちが実践する方法は、ノテェがついて来ようと思わないくらい怖い気配で威嚇する方法。
これも実践できる人は少ないんだけど、リオンは鬼人の魔力を纏って威圧が出来るので成功率がかなり高い。
ちなみにもしこれが失敗してノテェが付いてくるようなら、ノテェが飽きて付いてこなくなるまでマホガニーに入らずこの草原をウロウロしないといけなくなる。
すっごい時間かかるらしい。下手したら一日潰れるとか聞くので、リオンには頑張ってもらわないといけない。
「そろそろ視界内だと思うよ」
「いつやればいい?」
「地面から出てきたら。出てこないなら、それでいいから」
「おう、了解」
リオンとロイが話しているのを聞きながら地面の監視を続けていると、魔力が濃くなって地面が持ち上がるようにして揺れ始めた。
言わなくても分かるだろうけど、一応しっかり声に出しておこうかな。
「来たよ!」
「わー!こっち見てる!すごい見てる!」
シャムのテンションが凄い上がっているのは一旦無視して、地面からのっそり出てきたノテェに狙いを定める。
リオンの威嚇で駄目だった時のためだけれど、リオンで駄目なら私も駄目だと思うんだよねぇ。
なんて考えている間に馬車の前方でリオンの魔力が強くなっていく。
ノテェの前に馬車を引いている馬がびっくりして逃げようとしているけれど、そっちは御者さんとロイがどうにかしてくれるだろう。
「ガオッ!」
「獣かな?」
「あ、ちょっと怖がってるかも!リオンもっかい!」
「ガオォォ!」
「リオン遠吠えして」
「いや流石に出来ねぇよ」
「今度トマリ兄さんに教わっといて」
兄さんは人の姿でも何故か遠吠えが出来るので、やり方を覚えればリオンも出来ると思うんだよね。
……いや、今は関係ないか。威嚇の仕方がかなり獣っぽかったからついテンションが上がってしまった。
ちなみに会話に混ざって来ないロイはずっと笑っているので、笑いすぎて声が出せないんだと思う。
何がそんなに面白いんだい。御者さんもつられちゃってるし、なるべく早く復活してほしいんだけどなぁ。
「へいへいロイ!笑いすぎて会話魔法がズレてるよ!」
「ふっふふふふ……うん……っはは」
「堪えきれてないじゃん。あ、ちなみにノテェは帰って行ったよ」
「それは……よかっ……んふ……」
「俺中戻るぞー?」
「うん、ごめ、んふふ……ごめん、行こうか」
わちゃわちゃやっている間にノテェは地面の中に帰って行ったので、一応報告しておいてロイの笑いが収まるのを待つ。
待っている間にリオンはロイの横からシャムの横に戻ったようで、寝るわーという緩い声が聞こえてきた。
「ふぅ……よし、他に問題は無さそうだから進もうか」
「うん!そうだね!」
懐から時計を取り出して時間を確認すると、予定の時間からそう遅れてはいなかった。
ロイも無事に笑いの淵から復活してきたことだし、残りの道のりも問題なく進めるだろう。




