341,イピリア通過
かふり、と欠伸を零して空を見上げた。
今日も空は晴天で、遠くに鳥が飛んでいる。
乗合馬車護衛の二日目。今日は昼頃にイピリアに入って少し休憩をして、夕方までに別の村に移動してそこに宿泊する予定になっている。
私は今日も上の見張り台に居て、リオンは馬車の中で寝ている。
ロイは御者さんの横、シャムはリオンの横に居るので昨日と全く同じ感じだ。
シャムが言うには、昨日より乗っている人がちょっと多いらしい。イピリアに行く人たちだろうか。
「イピリアでお昼ご飯だよね?」
「うん。何か買ってくるか、近場の食事処を探そう」
「セルちゃんオススメのご飯屋さんとかないの?」
「うーん……イピリアは行くけどあんまりウロウロしないからなぁ」
イピリアに行くときは基本的にカーネリア様のお茶会に呼ばれる時なので、城下町を見て歩くことあはんまりなかったんだよね。
トマリ兄さんなら何かしら知っているだろうけど、今から聞いてくるわけにはいかないしな。
「……あ、でも大通りから右に一本逸れるとなんたらかんたら言ってた気がする」
「曖昧だな」
「おはようリオン」
会話用の魔法を通して喋りながら見張りをして、遠くに見えてきた灯棒を確認する。
あれが見えたってことはそろそろイピリアも見えてくるだろう。
二日目の午前中も問題なし。そのまま何事もなくイピリアに入って、纏っていた風が消える感覚にちょっと落ち着かなくなる。
昼休憩の時間を確認して、とりあえず四人で大通りを進んでみることにした。
それにしても、魔力を感じないってのは何回来てもちょっと落ち着かないなぁ。
私は年に一回は確実に来ているから少ししたら落ち着いてきたけど、シャムとリオンはずっとソワソワしている。
「ロイは何ともないの?」
「うーん……僕は三人ほど普段から魔力を感じてるわけでもないからね」
「そっかぁ……セルちゃんは流石に慣れてるねぇ……私駄目だぁ……」
「俺も落ち着かねぇ。セルから風の気配がしねぇのとか初めてだ」
リオンがやけに近い位置に居るなぁと思ったら、普段は無意識でも常に纏っている風の魔力が無いから落ち着かないらしい。
分からなくはないけど、そんなに近くに居られると癖で杖を回した時に当たりそうなんだよなぁ。
まあ当たってもリオンならそんなに痛くないだろうし、別にいいか。
今はそれよりも、いつもより団子になったこの状況で店を探してさっさとお昼ご飯を食べないといけないからね。
「……あ、あそこにお店あるよ」
「本当だ。混んでるかな?」
「奥の席空いてるぞ」
「入っちゃおう!」
大通りで見つけたお店に入り、手早く注文を済ませて一度時間を確認する。
別にそんなに急ぐ必要はないかもしれないけど、まあ念のためにね。
なんてやっている間に料理が来たのでササッと食べて早めに出ることにした。
「凄い回転率だね」
「冒険者が多いみたいだね。みんなサッと食べてサッと出ていく」
会計を済ませながらシャムとそんな話をして、まあ私たちもサッと食べてサッと出てるしなぁと何だか妙に納得した。
……それにしてもリオン近いな。普段の勢いで杖を回したら危ない感じなのではなかろうか。
「よし、他に何か買うものが無ければ馬車に戻ろうか?」
「うん」
「俺はなんか小腹満たすもん買って行きてぇな」
「あんなに食べたのに……」
「乗ってる間に腹減るんだよ」
馬車に戻りがてら屋台を覗いて、今食べる用ではないと言いつつ味見と称してサンドイッチなどを食べているリオンを眺める。
本当に、胃袋がどこか別の所に繋がっているんじゃないかと思うくらい食べるよね。
私も日持ちする焼き菓子を買ったので、小腹が空いたら上でこれを食べることにする。
木の実が練り込まれているみたいで、凄く美味しそうな香りがしてたんだよね。
こういうのはモエギお兄ちゃんが好きでよく作っていたから、見かけるとつい買ってしまうのだ。
なんてやりつつ馬車に戻り、馬車の横で時間まで駄弁って過ごす。
そのまま特に問題もなく出発の時間になったので、私は上に登って杖を回した。
風はイピリアの外に出るまで起こせないけど、やっぱり癖で回しちゃうよね。
「セルリア」
「うん?どうしたのロイ」
「イピリアの外に出たら連絡用の魔法を練るのに一旦止まってもらうから、降りる準備をしておいてくれるかな?」
「はーい。了解」
ロイに声をかけられて下を覗くと、御者さんがロイの横で手を振っていた。
あの魔法、ロイの分を通して御者さんとも話してるから、一度馬車を止めてでもあった方が便利だって思ったんだろうな。
多分シャムには先に声をかけていると思うので、私からは何もせずに動き出した馬車の前方を確認して風で煽られた外套のフードを押さえた。
イピリアではカーネリア様の影響もあってあんまり目を隠そうとは思わないんだけど、それでも一応被ってはいたんだよね。
「よーし、セルちゃーん。いっくよー」
「いいよー」
イピリアの外に出て一度止まった馬車を降りると、先に降りてきていたシャムが既に魔法を準備していた。
この魔法、私が音をメインに運んで、シャムが安定化と分かりやすい光を追加しておいてくれてるんだよね。
なんだかんだよく使っているので練度は中々のものだ。
一応一人でも作れるんだけど、お互いに得意な部分を受け持って一緒にやった方が安定感があるから二人で作っている。
「あれ、光の色変えた?」
「遊び心ってやつだよ。いいでしょー」
今までは全て同じ色だった光が、それぞれ色分けされていた。
シャムのは黄色と赤、私のは薄緑、ロイのは青になっていて、雑貨屋にでも置いてありそうな見た目になっている。
「可愛いね。このまま机の上に置いときたい感じ」
「ねー。我ながら良い発明をしました……」
話しながら作った魔法を一つロイに渡して、それぞれ元の位置に戻る。
私は魔法を顔の右横に浮かべて杖を回し、馬車を覆うように風を作って広げ始めた。
再び動き出した馬車に揺られながら風を広げて行き、中心の風が分厚くなるように調整する。
この作業が中々楽しくて、風を動かしている間に気付いたら結構時間が経っていたりするんだよね。
端の方から伝わってくる情報を処理して、何もなければ風をいじくる。
ある程度弄って満足したら維持に意識を裂いて、あとは見張りとおしゃべりで時間つぶしだ。
昨日は初めての乗合馬車だし、初めての護衛だしで結構緊張してたけど、二日目で早くも慣れた感じがする。慣れてしまえば結構楽しいので、今後もこういう依頼は受けてみて良さそうだなぁ。




