335,マシュケヤは頑丈
スゥっと息を吸い込んで、練り上げた魔力を整形していく。
何度も何度もやってきた魔法だし、今私が使える魔法の中では間違いなく攻撃力でトップに立つ魔法だ。フル演唱なら、それなりの傷をつけることが出来るだろう。
「突風吹きすさぶ我が道に立ち塞がりしは如何な物
頑強たるその壁を打ち砕くは我が魂
その一突きに無駄は無く
その一突きに慈悲は無く
ただ一心に純粋なる風の矛を突き立てん
我が道を阻む障害は我が手で全て粉砕せん
穿て ウィンドランスッ!」
杖の先に練り上げて先端を尖らせた魔力を乗せて、演唱完了と同時に完成した風の槍を思い切り撃ち出した。
シャムに事前に言われていた通り、狙うのは眉間。
しっかり狙って撃ち出した風の槍は、逸れることなくマシュケヤの眉間に突き刺さった。
大きく嘶いて前足を振り上げたマシュケヤの正面にはリオンが立っており、振り下ろされた足を大剣で止めて横に受け流している。
「普通に動くんだけど!手応えあったのに!」
「効いてるだけでも凄いよ。二発目準備してくれる?」
「分かった!」
ロイに言われて、再び魔力を練り上げて杖を構える。
シャムはリオンとミーファに補助魔法をかけに行っているみたいだ。
物理耐久が高くて、魔法攻撃の方が通りやすい。だから私が主に攻撃して、リオンとミーファはマシュケヤの意識を逸らしたり足止めをしたりって感じになる。
ロイが私の前に居るのは、私への指示出しのためだろう。
研究職組は何かしらで話しながらやってるみたいだし、私は自分の役目に集中しよう。
そんなわけで練り上がった二つ目の風の槍を、先ほどと同じ位置を狙ってマシュケヤに撃ち込む。
「……あっ、ズレた!」
「直前に気付かれたかな。セルリア、風以外で威力の高い魔法って何がある?」
「風以外だと……氷か水かな」
話しながらこっちを狙っているマシュケヤから距離を取るために風を吹かせた。
ロイも浮かせて一緒に下がり、間に入ったリオンと後ろで攻撃を続けているミーファの位置を確かめる。
「ここでいい?」
「うん、ありがとう。マシュケヤがミーファの方を向いたら、水の魔法を準備してくれる?」
「分かった」
抜いた剣を手の中で軽く回しているロイの後ろからマシュケヤの方を窺う。
ミーファとリオンの剣に薄く膜のように纏わせてある雷の魔法はシャムがやったんだろう。
様子を見ていると後ろ足のあたりを跳んでいたミーファに反応したのか、マシュケヤが再び大きく嘶いて体の向きを変えた。
「セルリア、準備して」
「うん」
「出来たら教えて。もう一回方向転換させるから、同じ位置を狙おう」
「分かった」
杖を回して持ち直し、水魔法の中でも威力の強いものを選んで演唱を開始する。
実戦で使ったことは無いんだけど、威力だけで言えば私が扱える水魔法の中では最強だ。
ノア先生からもお墨付きをもらっているからね、そこは信用していいだろう。
演唱しながら杖を両手で持って頭の上に持っていく。
手元で作るよりも上に持っていった方が作りやすい魔法なのだ。なにせ、結構大きいので。
演唱完了の直前にロイに目線を送ると、ロイが片手を上げて手元で光っている魔法に話しかけているのが見えた。
あれでシャムと話しているんだろう。
遠視魔法の音バージョン、みたいなものかな。双方向へ音を送れるってのは結構熟練度が必要そうだけど、シャムはそういうの得意だもんね。
今度教えて貰おう、なんて関係のないことを考えていたら、マシュケヤが大きく嘶いた。
……ミーファ、マシュケヤに逆方向向かせるの慣れて来てない?
リオンはリオンでマシュケヤが飛ばしてくる岩を砕くのがやたらと上手くなっている。
「対応力たっかいなぁ」
「そうだね。……よし、狙える?」
「うん、見えた」
眉間に二度撃ち込んだ風の槍は、倒せないまでも結構深い傷をつけている。
血が垂れているけれどマシュケヤがそれを気にしている様子はない。けどまあ、流石にそろそろ動きも鈍ってくる頃だろう。
考えながら、頭上に持ち上げていた杖を思い切り振り下ろす。
それに連動して杖の更に上で作り上げられた魔法が勢いよく振り下ろされ、マシュケヤの脳天から眉間に渡って水がぶつかった。
剣の形になっていたはずの水は、そのまましばらく着弾点に留まった後に魔力を失って地面に落ちた。
我ながら結構な威力だったと思うんだけど、どうだろう。
「……ヒュメェェエエェェン!!」
「うるっさ!元気かよ!」
「結構効いたみたいだね」
「あれそういう事でいいの?まだまだ元気な感じしてるけど」
「セルちゃーん!マシュケヤ逃げそう!足止めおねがーい!」
水が地面に落ちた後、動きを止めたマシュケヤが今までで一番の大声を出したので思わず耳を塞ぐ。
全然効いてないのかと思ったのだけど、シャムが言う通り急に逃げようとし始めているみたいだ。
……確かある程度ダメージを負った後じゃないと逃げようとはしないって言ってたから、確かに結構効いていたみたいだ。
「舞え、踊れ。我風の民なり、風の歌を歌うものなり」
手早く演唱を済ませて、一度空に舞い上がる。
あれだけの巨体だし、足止めにも中々骨が折れそうだ。
考えながら手の中にいくつか魔力を練り上げて、全て同じ魔法にして出来上がったものを纏める。
「絡み付け、巻き上げろ」
短く唱えてマシュケヤの足に向けた魔法は、ちょっと危うげな音を立てながらも一応足止めの役目を果たした。
……でも千切れそうだな、もう一回くらい絡ませた方がいいかもしれない。
「セル!」
「うん!?」
「風貸せ!」
もう一度同じ魔法を作ろうとしていたら、地上に居ると思っていたリオンの声が真横で聞こえてとてもビックリした。
シャムに打ち上げて貰ったのかな。なんて思いつつリオンを見れば、大剣の表面には炎の魔法が薄く張られている。
なるほど、とどめはリオンの仕事か。
理解して、手の中の風を霧散させる。そして自分が乗っていた風をリオンの足元に移動させてマシュケヤの方へ吹っ飛ばし、ついでに大剣の炎に風を混ぜ込んだ。
踏んでいた風が消えたので私は落下するわけだけど、私が地面に着地するより早く吹っ飛ばしたリオンがマシュケヤの元に辿り着いていた。




