322,基本平和な移動
第四大陸の中央には迷いの森と呼ばれるとんでもなく広い森がある。
なので、第四大陸を旅する時は外周を回るようにして進んで行かなければいけない。
それだけでも他より時間がかかるのに、第四、第六大陸間の関所からヘリオトロープに向かう道順にはもう一つ面倒な地形があるのだ。
それが、底が見えないほど深い大峡谷である。
今歩いているところから、右側に進むと海が、左側に進むと峡谷がある。この、海と峡谷の間を歩いて行かないといけないから直線で進めなくて余計に時間がかかるんだよね。
ちなみにこの峡谷の底が姉さまの契約獣であるヒソクさんの住処なので、私は何度か下に行ったことがある。
我ながらとんでもない経験してんな……なんて考えていたら魔力の乗った風が吹いてきた。
噂をすればなんとやら。多分、私に気付いたヒソクさんが谷の底から魔力だけ飛ばして状況の確認しをしているんだろう。
御覧の通り平和に遠出してるだけですよ。大丈夫なので、加護とか要らないですからね。
「セル?どうした?」
「知ってる魔力が風に乗ってるから気になっただけだよ」
「誰か知ってる人が近くに居るのかな?」
「姉さま関係だからあんまり気にしなくていいよ。森も近いし、たまに感じるんだ」
大峡谷の下には姉の契約獣である最上位ドラゴン、谷を越えた先の森の中には姉本人。
こんなん、なんも感じ取るなって方が無茶なくらいの密度だからね。
たまーに森の縁までトマリ兄さんが出て来てたりするらしいし、今も見られている可能性は普通にある。
「そういえば、今日の夜は野営だよね?」
「そうだよ。セルリア、野営の経験は?」
「ない!」
多分分かってて聞いてると思うので、元気よく返事をしておく。
ちなみにだけど、姉さまは野営はしたことあるらしい。下手に人がいるより誰もいない方が守りやすいというのがコガネ姉さんの主張だ。
「詳しいことは予定地に近付いたら説明するけど、今回は小さな土地神がいる場所で野営の予定だから多少は安全だよ」
「他に人がいたりはしないの?」
「それは行ってみないとだねぇ。先客がいたら、別のところ探さないとって感じかな」
「なるほど」
このあたりには小さな村なんかもあるけど、今回は通らないらしい。
まあ、私は第四大陸の村には基本的に泊まれないだろうから、あらかじめ予定に入れないでくれてるのかな。
そのせいで遠回りになっているとかだったら申し訳ないなぁ。
他の大陸に行けばそのあたりはあんまり気にしなくてよくなると思うんだけど、第四大陸はね……国とか大きな括りならまだ平気だけど村とかになるとね……
「そーいや、セルは兎とか狩ったら料理出来んのか?」
「え?あー……皮剥ぐのとかはあんま上手じゃないけど、血抜きとかは出来るよ?」
「……よし」
「いやまてよしってなんだ何する気だ」
「兎じゃ小さくない?私たちも食べるんだからもうちょっと大きいのにしようよ」
「シャム?なんでそんなノリノリなの?」
姉さまが泊まりでお出かけしてる時とかに、ウラハねえとシオンにいが獣を取ってきて捌き方を教えてくれたことがあるので出来るかと言われたら、まあ出来なくはない。
けれどそれを聞いて何かウキウキし始めたリオンとシャムは何をする気なのか。
まあ、十中八九捕まえて食べる気なんだろうけど、そこまでなんでノリノリなんだ。
しかもロイも止めないし。なんでそんなニコニコしてるの。あれ止めるのはロイの役目だと思うんだけどな?
「まあ、ここで狩ると移動の荷物になるから、もう少し進んでからがいいと思うよ」
「そこじゃなくない?なんで皆そんなノリノリなの?」
まさかロイまでノリノリだとは思わなかった。
そんなにお肉食べたいのか……?
まあ、昨日も今日もおかわり要求してきてたし、単純に足りてないのかな。
「ウラハねえから教わったから、量は足りてると思ってたんだけどな……」
「足りていない訳じゃないんだけどね」
「じゃあなんで?腹ペコだからじゃないの?」
「美味しいから」
「胃袋掴んじゃったかぁー」
なら仕方ない。一回で食べきれる量にしてくれればもう何も言うまい。
毛皮の処理とか捕まえる種類とかは、ロイとシャムがどうにかしてくれるでしょう。
そんなに凝ったことは出来ないけど、干し肉よりは美味しいしどうにかなるかな。
捕まえられるかはまだ分からないからそれを前提にはしたくないけど、スープとかにして余りそうな分は串焼きにでもすればいいだろう。
というか、そっちの方がリオンとかは好きそうだしなぁ。
「……ん?なんか、海の方荒れてる?」
「何か居るのかもね。一応気を付けながら行こうか」
ロイとシャムが海の方を気にしているので、風はそっちを厚めにしておく。
それ以外は特に何もなく、とりあえずは順調に進んでいるみたいだ。
程よいところで昼休憩もして、その後も問題なくのんびりと歩いて行けた。
日も傾き始めてそろそろ目的地が見えてくる頃、というところで先頭のリオンが急に止まって剣を抜いた。
それを見て風を厚くし、軽く地面から浮く。
「……うわ、イノシシだ」
「リオンいける!?」
「任せろ!」
上からリオンが凝視している方向を確認したら、一頭のイノシシが猛スピードでこっちに走ってきていた。
シャムがリオンに身体強化か何かの魔法をかけているので大丈夫だとは思うけど、あれと正面からぶつかるつもりなのか……すごいな。
「というか、なんでイノシシが?」
「さあ?」
「ロイあれ倒していいやつ?」
「倒さないと僕らが危なさそうだからね。やっちゃおう」
「っしゃー夕飯!」
話している間にもイノシシは走っているので、ロイのゴーサインと同時にリオンは剣を振り抜いた。
結構な音がして、正面から当たったイノシシが後ろに吹き飛んでひっくり返った。
まさか正面からやり合って打ち勝つとは……向こうの方が勢いあったのに、結構後ろに吹き飛んだなぁ。
「すっご。さすが筋肉お化け」
「仕留めたか?」
「確認完了!一撃で仕留めるなんてさっすがぁ!」
「セルリア、他に何か来ないか見張っててくれる?」
「はーい。まっかせろー」
「このまま運ぶのは大変だから、ここで解体していきたいな。シャム、これ浮かせれる?リオンと僕で解体しようか」
リオンに一撃粉砕されたイノシシが解体されている間、上から風を巡らせて全方向を見張る。
見張りながら、あのイノシシをどう料理するかでも考えていようかな。




