321,関所の仮眠室
海に沈んでいく夕日を横目に、どうにか日が沈む前にたどり着いた関所に安堵の息を漏らす。
私は今まで姉さま基準のトンデモ移動しか経験していないから実際に入るのは初めてだけど、関所には簡易的な宿泊施設があるのだ。
とはいえ宿のような立派なものではなくて二段ベッドが大量に置いてあるだけらしいんだけど、野営よりは安全だから冒険者や旅人は結構利用するらしい。
食事なんかは自分たちで用意するらしいけど、キッチンが借りれるらしい。やったね。
「まあ、見た方がはえーだろ」
「そうだね。行こうか」
関所の中に入っていくリオンについて行き、普段は通り抜けるだけのそこをまじまじと眺める。
泊まるのに書類とかは必要なくて、関所の人に声をかければそれでいいらしい。
ついでにキッチンの使用も許可を貰って、先に夕飯にしようとまずはキッチンに向かった。
「道具が置いてあることもあるけど、使わない方がいいよ」
「そうなの?」
「前に使った人が何したか分かんないからね。誰が触ったか分からない物には触っちゃ駄目だよ!」
「なるほど……」
野宿よりは安全だけど、絶対に安全だとは言ってないと。
他にもあれこれと注意点を教えて貰って、これはコガネ兄さんが姉さまを泊めない訳だと納得する。
色んな意味で狙われやすい姉さまは、コガネ兄さんの徹底した安全確保によって平和に旅をしていたのだ。
話を聞きながら食事を準備して夕食を食べ、場所が空いているうちにと仮眠室に入る。
どうせしっかりは寝れないし、爆睡しすぎると危ないから「仮眠室」って呼ばれてるんだって。物騒だねぇ。
仮眠室の中は聞いていた通り二段ベッドが大量に置いてあって、既に何人か寝ている人がいた。
ロイとリオンが迷いなく進んでいくのでその後ろについて行き、かどっこのベッドの前で止まったので二人を見上げる。
「二人は上を使いな」
「はーい。……これ、角の方がいいの?」
「私は一人の時はなるべく出入り口に近い下の段を選んでるよ。一人なら人が通る場所の方が安全だし、下の方が即座に脱出しやすいからね」
「おぉん……」
物騒だなぁ……私が今までどれだけ安全な所で守られていたのかが分かって、思わず謎の声を出してしまった。
……これ、姉さまがたまに出してる声とやたら似てるらしいんだよね。兄さん達が言ってた。
「今日は僕たちが下に居るから、人が来たら分かりやすいように角の方が良かったんだ」
「なるほど。覚えとこう」
あと、なんか安全策になりそうな魔法を探してみよう。
なんて考えながら促されるまま上のベッドに上がり、リオンに言われて貴重品を枕の下に入れる。
他の荷物は壁際に寄せて、杖は抱えて寝ることにした。
疲れているからか一応眠りには落ちたけれど、人の気配とか声とかの影響かあんまり深くは眠れなかった。
一度完全に目が覚めた時があって、もう一回寝るのにちょっと時間がかかったりもした。
人の気配で落ち着かないなら、落ち着く魔力を意識しようって思って真下に居るはずのリオンの魔力を探したりもしてたんだよね。
なんかいつもより魔力が分かりやすく発せられてたからすぐに見つけられた。
見つけたら案の定落ち着いたので、そのまま杖を緩く握って魔力に意識を向けてぼんやりしていたらいつの間にか眠っていた。……我ながら単純だなぁ。
まあ、寝れたんだから良しとしよう。眠りが浅かったからか変な夢を見た気もするけど、覚えてないから気にしないことにする。
「おはようセルちゃん。寝れた?」
「んー。ちょっとは寝れた」
「それはなにより!」
シャムが先に起きていて、二段ベッドの縁に手をかけてこっちを見上げていた。
その頭を軽く撫でて、なぜか横に並んでいるリオンの頭も流れで撫でておく。
うーん、毛質の差が分かりやすいなぁ。そしてリオンは大人しく撫でられるんだなぁ。
「早めに出ようか。セルリア、荷物下ろして貴重品回収しな」
「はーい」
私があまりにも旅慣れていないから、皆がこぞって世話を焼いてくる。
なに、子供だと思ってる?まあ今回は甘んじて受け入れるけれども。
荷物はリオンが受け取ってくれたので、枕の下から貴重品を回収して中身も確かめてベッドから降りる。
「早めに関所は出て、少し進んでから朝ごはんにしようか」
「おう」
「出てから食べるんだ」
「その方がゆっくり出来るからね。周りを気にしながらだと色々気が散って疲れるんだ」
「なるほど」
話しながら荷物を背負って、先に歩いて行くリオンの背中を追いかける。
シャムが横にピッタリ付いてくるので何となく押し合いながら先へ進み、関所の人に軽く頭を下げて外に出て、とりあえずグーっと伸びをした。
「……ねぇねぇリオン」
「なんだー?」
「もしかして、夜の間ずっと起きてた?」
「ずっとじゃねえよ。寝れる時は寝てた」
私が夜中に起きた時、毎回リオンは起きてた気がしたからちょっと気になってたんだよね。
ずっと起きてたわけじゃなくても、ほとんど起きてたんじゃないかな。
ケロッとしてるけど大丈夫なんだろうか。……見てる限りは全然平気そうなんだよなぁ。
「俺は元々夜起きてる方が楽なんだよ。あんま気にすんな」
「……ん、分かった」
リオンは夜行性だって、いつだったかシオンにいも言ってたしな。
そういうことで納得しておこう。魔力がいつもより分かりやすかったのも、夜が本来の活動時間だからってことなのかな。
「どこら辺まで移動しようか」
「とりあえず丘のあたりまで行く?あそこなら多分他の人は来ないと思うし」
「そうだね、そうしよう」
「お、決まったか?」
「うん!レッツゴー」
私がリオンを突っついている間にとりあえずの目的地が決まって、まずは移動して朝ごはんを食べることになった。もうね、ずっとリオンのお腹が鳴ってるんだよね。
「なんか食べれば?」
「美味くねぇもん……」
「私が美味しい旅料理の味を教えたばっかりに……」
「美味しくて保存の利くものとかも探せばあるのかなー?」
「数日くらいなら持つものはあると思うよ」
話しながら移動して、軽く丘を登ったところに腰を下ろして道具を取り出す。
焚き火用の枝はリオンが丘を登りながら集めてたから既に準備はばっちりだ。
昨日と同じようにシャムに火をつけて貰って、魔法で水を作り出して鍋に注いでいく。
リオンがお腹鳴らしながら見てくるけど、急いだところで煮込み時間が減るわけではないので見えないふりをしておいた。美味しいものが食べたいならもうちょっと待ってなさい。




