320,昼休憩と姉の執着
開けた草原に一本だけ生えている木の影に腰を下ろし、荷物を漁って昼食の準備を始める。
日持ちして重たくない物を選んで五日分ほど持ってきているので、これだけでも結構な量があるんだよね。
ヘリオトロープで買い足せるから帰りの分はいらないんだけど、余裕を持って準備しないと怖かったので多めに入っている。リオンがいっぱい食べる気もするし。
「って、リオンそれそのまま食べるの?」
「それ以外になんかあんのか?」
「何のために私が鍋を持ってきたと……?」
ふと顔を上げたらリオンが保存食のパンをそのまま齧ろうとしていたので思わず風で止める。
確かに食べれなくはないけど、保存のために水分飛ばしてあるから硬いしぱさぱさだし美味しくないでしょ。
止めたら食べるのをやめたので、杖から手を放して荷物の中から鍋を引っ張り出す。
鍋の中には器とスプーンを入れているのでそれを出して、お玉と支えの棒と残りの食材も出しておく。
「わぁ、すごーい。これがアオイさんが使ってたっていうお鍋?」
「そうそう。器とかは新しいやつ」
器とスプーンは木製で、四つセットの物が売っていたのでそれを買った。
落としても割れないし軽いしで中々いい感じ。
話しながら小枝や落ち葉を集めて山にして、支えの棒を地面に突き刺してからシャムに火をつけてもらう。
火が安定したら鍋を棒に引っ掛けて火の上に吊るし、魔法で水を作って鍋の中に入れる。
えーっと、まずは野菜から。これも保存のために水分を飛ばして乾燥させた野菜なのだけど、煮ていれば元の状態に……割と戻る。流石に生野菜と全く同じとはいかないけど。
そんなわけで乾燥野菜を数種類鍋に突っ込み、続いて干し肉を取り出す。ちなみにこれは塩漬けの干し肉。からっからに乾いているので手で割る事が出来る。
両端を持ってぱきぱき割って、適当な大きさにしたら鍋に突っ込んでちょっと混ぜて放置。
「手際いいねぇ」
「セルお前料理出来んのか」
「家の家事を手伝ってたからまあ、ある程度は?というか三人共私が作った料理食べたことあるよ」
「え?いつ?」
「うちに泊まりに来てた時。二、三品くらいだけど作った記憶ある」
「マジか」
どうやら気付いていなかったらしい。
昔から何も言わずにそっと一品混ぜ込んで、気付かれてないぞとほくそ笑んでいたので上手くいっていたことを知って私は満足です。
本気で驚いた顔をしている三人を見て笑いながら、スープをちょっと掬って器に入れて味見をする。
もうちょっと塩と、砂糖も入れようかな。あとはコショウ。
……うん、いい感じ。あとはこれをよそって、リオンがそのまま齧ろうとしていたパンを千切ってスープに浸せば完成だ。
「はい、出来たよー」
「おー、美味そう」
焚火の上に置いておくと煮詰まってしまいそうなので鍋は風で浮かせて地面に降ろし、いただきますと手を合わせてから出来立てのスープを口に運ぶ。
……あっつ。リオン即行でパン食べてたけど、よくこれをそのまま行けたね?
「うっま」
「セルちゃん凄い!」
「野営でこれが食べられるとは思ってなかったな……」
「すっごい褒められてる」
「もっと誇って!」
「ありがと!おかわりあるよ!」
あまりにも褒められるから、ちょっと照れるな……
本当に簡単なスープなのになぁと思いながら水気の戻った肉を食べていたら、鍋なんて持ち歩かない冒険者も多いのだと言われた。
「え、どうするのそれ」
「そのまま齧んだよ。食えるし」
「美味しくないじゃん」
「野営の時は美味しさは捨てて、手軽さを取るのが普通だからね。食べられればそれでいいっていうのが一般的かな」
「えっ……あ、だから姉さまがあんなにも真剣に持ち運び用の調味料探してくれてたのか……」
衝撃的な事実を告げられると同時に、実は食に対する執着が物凄い姉さまの事を思い出した。
そうだった。お米が食べたいからって第七大陸まで行って、美味しい焼き鳥が食べたいからって大陸を越え、刺身が食べたいからって生食可能な魚を調べ上げるのが姉さまなんだった。
そんな姉さまが旅の間乾燥パンと干し肉で満足するわけがないんだ。
だからうちにはこの野営用鍋セットがあったし、調味料の持ち運び方も詳しく教えて貰えたし、料理法も既にモエギお兄ちゃんがかなり調べつくしていて教えてくれたのか。
「うちの人、何よりも美味しいご飯を優先するからなぁ……」
「その精神がセルちゃんに受け継がれたおかげで、私たちは美味しいご飯が食べられるんだねぇ」
「セル、おかわり」
「好きによそいなぁ」
「あ、リオン待って私も食べる!残して!」
「僕の分も残して」
「セル、でかい鍋買おうぜ」
「重いじゃん……これが一番いいサイズなんだよ」
姉さまの食へのこだわり故に、リコリスでは多種多様な美味しい料理が出てくると言っても過言ではない。
そして結果的に、全員がご飯を食べるために夕方には家に帰って来るのだ。
トマリ兄さんも鍋の準備とかには何も言わなかったもんなぁ、やらないのが普通って知ってたはずなのに。まあ、私は最初からこれが普通だと思って準備したわけだけど、喜ばれてるからいいか。
それにしても、結構いっぱい作ったと思ってたのに、無くなるの早かったなぁ。
「このパンこんな美味いことなるんだなぁ」
「水分抜けてスカスカだからスープは染み込みやすいんだよ。これを知ってしまったらそのまま齧る事は出来ないでしょ」
「とんでもないこと教えられたぁ……」
「ただでさえ下手な食事処には入れなくされてるのに」
「ふははは。姉さまの食へのこだわりが浸透して行っているようで何より」
空になった鍋を魔法で作った水の中に突っ込んで洗い、器とスプーンとお玉も一緒に洗う。
汚れが落ちたら一度火の上に降ろして水を注ぎ、お湯を沸かして器とスプーンとお玉を熱湯消毒してしまうことにした。
リオンがめっちゃ見てきてるけど、もうおかわりはないからね。
そんなに食べたいなら今度からリオンが食材持っててくれ。量が揃うと重たいんだよ。
なんて会話をしながらぐつぐつ煮立てて、魔法で回収して風の中に放り込んで乾かす。
鍋もこれで煮沸できたから乾かして、乾かしている間に冷めるので出した時と同じように仕舞いこめば片付けは完了だ。
食材と調味料もしまって鞄の中身は元通りになった。パンが結構減ったから隙間できたな。
「魔法って便利だなー」
「リオンも初級くらいやってみなよ。最近はブレスレット型のリングとかあるみたいだよ」
「え、なにそれなにそれ」
「試作品を見せて貰ったんだよねぇ。あれ、あの後どうなったんだろ」
話しながらちょっと休憩して、昼休憩を始めて一時間くらいで再度歩き始めることにした。
夕方には関所についていたいから、あんまりダラダラもしていられないんだよね。




