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学び舎の緑風  作者: 瓶覗
307/477

307,おやつの仕込み

 のし台の上に乗せた生地を、せっせと棒で伸ばして縦長にしていく。

 横ではウラハねえが同じ作業をしており、熟練度の差なのか私が伸ばしている生地より伸びているのが分かった。


「うん、セルちゃんの方もそのくらいで良さそうね」

「はーい」


 返事をして、伸ばしていた生地を三つ折りにする。

 折ったら向きを変えて再び伸ばして、三倍くらいの長さになったところでウラハねえからもう一度声をかけられたので伸ばすのをやめて三つ折りに。


「ふー……きゅうけーい」

「ふふ、ありがとう。あと一回頑張りましょうねー」

「頑張るー」


 今やっていたのはパイ生地作りのお手伝いだ。この後一時間くらい生地を冷やして、さっきと同じ作業をもう一回やったらパイ生地は完成になる。

 そしたら明日のおやつはアップルパイなので、ウキウキで自分から手伝っているのだ。


 私が手伝うとパイ生地の量が増えて、結果的にアップルパイの量が増えるからね。

 あとはまあ、こういう作業は嫌いじゃないので、昔からよく手伝っていたのだ。

 結構疲れるけど、昔に比べたら体力も筋力も付いたのでだいぶ楽。ウラハねえには遠く及ばないけどね。


 ウラハねえは実はパワータイプだからな……出店リコリスを魔法使わないで引けるのはトマリ兄さんとウラハねえだけ、って聞くと、その凄さがよく分かる。

 ……今度リオンがうちに来たら、出店リコリス引けるかチャレンジやってもらおうかな。


「はい、どうぞ」

「ありがとー。あ、クッキーだ。やったー」

「それで最後だから、マスターには内緒ね?」

「分かった!」


 最後ってなんかちょっと特別感あるよね。嬉しくてつい元気な返事をしてしまった。

 ウラハねえは笑いながら私の正面に腰を下ろし、ゆっくりとお茶を飲んでいる。

 優雅だなぁなんて思いながらそれを眺めて、私もお茶とクッキーを口に運ぶ。美味しい。


「そういえば、来年の準備は万端?きっとあちこち行くんでしょう?」

「んー……どうだろ。野営ってしたことないからなぁ……とりあえず、姉さまが旅してた時に使ってたっていう鍋とかのセットは貰った」

「マスターのあれは良い道具だからちゃんと手入れすればセルちゃんの次の代にも渡せるわよ」

「やっぱりいいやつなんだあれ。軽いのに歪みとか全然ないから、いいやつかなーとは思ってたんだ」


 流石、姉さまが使ってただけある。

 姉さまの持ち物は大体いいやつだからね。本人が選んだわけじゃないらしいけど、だからこそなのか質の良いものしかない。


「ただ、マスターの旅は何かと規格外だから足りない物がないか確認した方が良いわね」

「そっかぁ。じゃあトマリ兄さんとシオンにい巻き込んで確認しとく」

「そうね、トマリも居た方がいいわね」


 シオンにいの旅も多分規格外だもんなぁ。トマリ兄さんもだろうけど、トマリ兄さんには家でも随一の常識が備わっているからね。

 こういう時はとりあえず呼んでおくのが正解なのだ。

 家を出てからトマリ兄さんの有難みが物凄く分かった。


 居てくれてありがとう。でももうちょっと頑張って姉さまの唐突な行動とかシオンにいの急な贈り物とか止めてほしい。あとできればモエギお兄ちゃんとウラハねえの服作りも止めてほしい。

 こうして考えてみるとトマリ兄さん何かと大変そうだな。


 意外とサクラお姉ちゃんは何にも問題を起こさないからね。楽しそうに雪の中を駆けていて、寒そうで心配になるだけだ。

 コガネ姉さんはトマリ兄さん限定で理不尽な絡み方をするから、トマリ兄さんの負担にはなる。二人とも楽しそうだけど。


「お?パイ生地作り終わったん?」

「休憩中よ。シオンもお茶飲む?」

「貰うわぁ」


 常識人って大変なんだな、としんみりしていたら、どこからかシオンにいがやってきた。

 シオンにいって足音ほとんどないから急に現れるんだよね。

 本人曰く消してるつもりはないらしいから、靴を履いていても猫の歩き方は音がしないのかもしれない。


「モエギたちはもうちょっとかかりそうかしらね」

「なんか二人で楽しそうにしてたで」

「あら、遊び始めたのね。ふふ、ならこっちは全部やっちゃいましょう」


 お茶を飲み切ったウラハねえはまた何か仕込みを始めるようで、私は休んでいていいと言われたのでそのままのんびりお茶を啜る。

 ウラハねえが座っていたところにはシオンにいが流れるように座ったので、向きも変えずに会話を続行した。


「シオンにい、姉さまから貰った旅セットで足りない物あるかどうか、あとで一緒に確認して」

「ええでー。足りないもんは休みの間に買いに行ってきぃ」

「もう一緒に来てくれないの?」

「ちょっと疲れてん……しばらく外はええわ」


 シオンにい、人が嫌いなわけじゃないけど人混みは疲れるらしい。

 まあ、私もよく人混みに流されてぐったりするから気持ちは分かる。

 私はリオンを盾にするけど、シオンにいは私を盾にするわけにいかないもんね。


 のんびり話しながらウラハねえの作業を眺めて、クッキーの小皿を先に片付ける。

 ゆっくり一時間休憩したらパイ生地作りの再開だ。

 これでおしまいなので、気合を入れて生地を伸ばす。冷やしてたからちょっと硬いんだよね。


「シオンにいもやる?」

「遠慮するー」

「駄目よセルちゃん、シオンは動く棒を目で追うのに夢中だから」

「そういうこと言わんでや」

「猫……」

「猫やけども」


 シオンにいは急に猫成分出してくるからな……

 この前も落ちてくる木の葉を掴んでは捨てて、掴んでは捨てて、ってしてた。

 あれはまさしく猫だった。本人は見られてないと思ってるらしいから言わないでおいてるけど、私だけじゃなく姉さまも見てた。


 ちなみにウラハねえは羊なので、ボーっとしている時は前を歩いている人に無意識について行っている。姉さま曰く、モフモフしたものは通常以上に追いかけがちらしい。

 普段は人の姿なのに、意外と特徴が出るものだ。


 トマリ兄さんとコガネ姉さんはあんまりそういうの見ないんだけどな。

 私が見ないだけで、実は何かしらやって居たりするんだろうか。

 姉さまなら知っていそうだから後で聞いてみよう。


「セルちゃん、そのくらいでいいわよ」

「はーい」


 考えながら伸ばしていたパイ生地を三つ折りにして、向きを変えて再び伸ばす。

 ウラハねえの方はもう二倍くらいの大きさになっていた。

 手際が違うのか、力が違うのか。まあ、多分どっちも足りてないんだろうな。


 なんて思いながら私がせっせとパイ生地を伸ばしている間、シオンにいはずっとパイ生地の上を転がる棒を目で追っていた。

 そんなに気になるんだろうか。猫パンチとかしてきそうでちょっと怖いな。


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