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学び舎の緑風  作者: 瓶覗
306/477

306,楽しい買い物

 飾りの付け替えが終わった髪紐を受け取って、再び通りを進む。

 時間はそろそろお昼時なので、どこかでお昼ご飯を食べようという話になったので、今は食事処を探しているところだ。


「シオンにい、スフォンクに来たらとりあえず行くお店とかないの?」

「外であんまし飯食わんのよなぁ……泊まりで外出ることもないしなぁ」

「確かに、大体半日くらいで帰ってくるよね」


 トマリ兄さんもだけど、うちのご飯が美味しすぎるからわざわざ外で食べる気にもならないんだろうな。

 連絡さえしてあれば夕飯のあとに帰っても何かしら用意してくれてるらしいし、そうなると帰って食べればいいやってなるんだろう。


「適当に買い食いでもいいんやけど……セルちゃんにちゃんとご飯食べさせぇってウラハに言われてんよなぁ」

「そうなの?」

「おん。やからどっか入ろー」


 ウラハねえは私がちゃんとご飯を食べているかを凄く気にするんだよね。

 抜く事ほとんどなかったと思うんだけどなぁ……無かったよね?

 読書に気を取られていても、知らない土地の冒険に気を取られていても、ちゃんと食べていたと思うんだけどな。


 私はちゃんと食べていたと思っているけど、そんなことはなかったんだろうか。

 ちょっと気になったのでシオンにいに聞いてみたら、ウラハねえは私を見つけた時あまりにも軽かったから心配しているだけだと言われた。

 いっぱい食べさせよう、って思ってた習慣が抜けないだけってことかな。


「……ん、シオンにいシオンにい」

「うんー?」

「見て、タルト美味しそう」

「ほんまやなぁ。ランチタイムやってるみたいやし、ここは入ろか?」

「うん」


 考えながら歩いていたら、とあるカフェが視界に入った。

 店の前に出ている看板には美味しそうなタルトの絵が描いてあり、大きな窓からは店の中を見る事が出来る。ちょうど窓際でタルトを食べている人が居たのだが、本物のタルトも美味しそう。


 そんなわけでシオンにいの服の裾を引っ張り、店を指さしてタルトの存在を主張する。

 お昼ご飯も食べられそうだったので、ここで食べることにして早速店に入った。

 案内された席に座って天井を見上げると、ステンドグラスの天窓が目に入る。中々オシャレなお店だなぁ。


「……私エビのトマトクリームパスタにする」

「んじゃ、俺はバジルチキンサンド。サラダ食べる?」

「食べる」


 シオンにいが店員さんに注文をしているのを聞き流しながら、ぼんやりと店の中を観察する。

 色んな所に花が飾られていたり、果物の絵があったりするみたいだ。

 シャムがたまに見つけては教えてくれるカフェとかに近い感じ。そこに違和感なく混ざれるシオンにいって凄いなぁ。


「ほい、サラダきたで」

「わーい。はい、取り皿」


 シオンにいは若い女の子に混ざる術を身に付けているの?なんて下らないことを聞いたりしている間にサラダが来たので、いそいそと取り分けて手元に引き寄せる。

 サラダを頬張っている間にパスタも届いた。パスタも美味しい。エビがぷりぷり。


「んふふ、美味しい」

「良かったなぁ」


 サラダとパスタを食べ終わったら、デザートにタルトを選んでそれもしっかり食べて、ちょっと休んでから店を出た。

 日替わりフルーツタルト、美味しかったな。生地はサクサクでフルーツもりもりだった。


 シオンにいが別のタルトを頼んでいたのでそっちも一口貰い、私は大満足である。

 そんなご機嫌な状態で街の探索に戻り、シオンにいも居るしと気の向くままに細道に入ったりしてしばらくお散歩を楽しむ。


「……あれ、お店?」

「なんかの工房みたいやなぁ」


 大きな道からはかなり外れたところに看板の出ている建物を見つけて、気になったので寄って行くと扉にopenと札がかかっていた。

 扉の横の大きな窓から中を覗くと、インク瓶や紙などが見えたのでシオンにいの裾を引っ張って中に入る。


 店の中は外から見た通り、紙やインクを置いている普通の文房具店だったのだが、その一角に目を奪われて真っすぐにそちらに進む。

 窓からちょっと覗いた時も、これが少しだけ見えて気になって中に入ったのだ。


「綺麗……」

「おー……ガラスペンかぁ。てことは奥の工房はガラス工房なんかな」

「ガラスペン、私初めて見たかも」

「あれ、そうやっけ?……あぁ、確かにうちじゃ誰も持っとらんなぁ」

「シオンにいは使ったことあるの?」

「昔持っとったよ。割れたんやなくて、置いてきたんやったかな」

「へぇ」


 昔ってことは姉さまと出会う前の話かな。

 第一大陸に居たこともあるって前に言ってたから、その頃に使っていたのかもしれない。

 シオンにいは面白いものとか新しいものとか好きだから、大体のものは使った事があるんだよね。


「気になるん?」

「うん……」


 ガラスペンの棚から目を離さずに頷くと、シオンにいは楽しそうに笑った。

 そして私の頭をポンっと撫でる。それでようやく私が顔を上げると、ものすごく優しく微笑んだシオンにいと目が合った。


「一本くらい持っとっても困らんやろ」

「でも、ガラスでしょ?割れたりとか……」

「部屋に置いとけば大丈夫やで。心配なら、なんか入れ物も探そか」

「……うん」


 使ったことが無いとか、手入れのやり方だとか、他にも色々考えてはいたけれど最終的には欲しいという欲に勝てなかったので素直に頷いておく。

 学校に戻る前に、何回か使ってみて分からないことはシオンにいに聞けばいいや。


「で、ずっと見てんのはこれやんな」

「そんなに分かりやすかった?」

「セルちゃんは昔っから本当に気に入ったもんはジーッと見とるからなぁ」

「……え、そんなに?」

「おん。うちの連中は皆分かると思うで」


 確かにじっと見ている自覚はあったけど、そんなに分かりやすいとは思わなかった。

 というか、思い返してみれば私が一目惚れしたものって大体私が何か言うより早く一緒に居た兄姉が買ってくれることがほとんどだったんだけど……あれってつまりそういう事?


 皆察しが良いなぁとのんきに感心してたんだけど。

 まさかそんな周知の事実にされていただなんて。初めて言われたのに心当たりが多すぎて、急に恥ずかしくなってきた。


 んえぇ……と謎の声を上げながら数年分纏めてきた羞恥に耐えている間にシオンにいはお会計を済ませていて、機嫌よく私の手を取るのだった。


あけましておめでとうございます。

今年の目標はペースを崩さず更新することです。もしかしたら今年中に完結したりするかもしれないので、どうぞ今年もよろしくお願い致します。

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