303,知らない話がいっぱい
混乱のままに壁際にダッシュして、気配を感じて振り返ったらケロっとした顔でサフィニア様が普通に立っていた。
それはもうびっくりして後ろ向きに転び、やっべ、と思う暇もなくサフィニア様に手を取られてそっと身体を起こされた。
「大丈夫?」
「大丈夫に見えますか……?」
「思ったより大丈夫じゃなさそう」
「……あの、なんで手を握ったままなんでしょうか」
「放したらまた逃げそうだな、と思って」
言われて、冷静に多分逃げるだろうなぁと思ってしまった。
混乱しているせいで何か考えているようで何も考えられていないので、とりあえず逃げて冷静になろうとしてしまうんだろう。
まあ、逃げたところで冷静にはなれなさそうなんだけどね。
でも今よりはマシだと思うんだ、混乱の原因と手を繋いだまま冷静に考え事が出来るほど賢くないんだ私は。
「とりあえずゆっくり呼吸を整えようか」
「ちくしょう余裕の表情で落ち着きやがって……」
「ふふ」
普段は絶対に声に出さないようなことまでポロポロ零れているけれど、それを気にしている余裕もない。
とりあえず下を向いて言われた通りに呼吸を落ち着けようとしていると、服の中に何か違和感があることに気がついた。
なんだろうかと考えて、出発前にトマリ兄さんから渡されたネックレスだと思い至る。
そっちに意識が逸れたおかげで少しだけ落ち着けて、まさか兄さんはこれを見越してネックレスを貸してくれたんだろうかとそんなことを思う。
脳内のイマジナリートマリ兄さんは「そうだ」とも「なんだそれ」とも取れる表情をしていたので、正解は帰ってから聞いてみることにしよう。
多分なんだそれ知らねぇよそんなことって言われる。
「……ふー……えっと、冗談とかでは?」
「無いかな。信じられない?」
「今までそんな素振りなかったじゃないですか……いきなり言われても流石に……」
「セルリアが鈍いだけじゃないかな。アオイさんとコガネさんは気づいていたみたいだし」
「えっ、嘘だぁ」
思わず顔を上げるとサフィニア様はにこりと笑う。嘘じゃないらしい。
というか、コガネ姉さんは結構前から同行しなくなっているはずではなかろうか。
私がいない時に一緒に来ているだけなのかな、多分そうだよね?だとしてもそれはコガネ姉さんの察しが良すぎるだけだと思う。
「……あの、馬鹿にしてるとかではないんですけど」
「うん。なぁに?」
「友人と呼べる人が他に居ないから、それと混ざってるんじゃないですか?」
「僕も最初はそう思って、色々確かめてみたんだけれど、勘違いでもないみたいだね」
「色々……?」
「聞く?」
「聞かないです」
触らぬ神に祟りなし。速攻で首を横に振るとクツクツと喉を鳴らすようにサフィニア様は笑った。
その笑い方カーネリア様そっくりですよ。さてはこの状況を思う存分楽しんでるでしょう貴方。
カーネリア様は心底愉快だって時にその笑い方しますもんね私知ってるんですよ。
「んえぇ……えっと……えっと……」
「ゆっくりでいいよ」
優し気に言ってるけど原因は貴方でしょうよ。
でもまあ、お言葉に甘えてゆっくり聞きたいことを考える。
どうせ手を握られてるせいで逃げらんないしね。この人握力強いんだ。イピリアの王族はもれなく物理が強いから、魔法を使えない私が逃げれるわけがないんだ。
「そもそも、いつからですか」
「かなり昔から。自覚したのは六年前くらいかな」
「くっそ昔じゃねぇか……」
「そうだね」
六年前って私何歳?十二歳?ここ三年間はあんまり会ってなかったとはいえ、よく気付かなかったな本当に。
……いや、うん。気付かなかったっていうか、自分がそういう対象として見られてると思ってなかったんだよね。本当に欠片も思ってなかった。
「言うつもりがなかったって言うのは?」
「この国では魔法は使えないから。セルリアは魔法が好きだろう?昔からだけど、フォーンの王立学校に入学してからは特に。だから、この国ではきっと生きづらいだろうと思ってた」
「……前に卒業後の話をしたのって」
「あわよくば来てくれないかな、と」
にっこりといい笑顔でそんなことをいうサフィニア様は、本当にカーネリア様に似ている。
どうしたんですか、今日はカーネリア様成分多めなんですか。心臓に悪いのでやめて貰ってもいいですか。
「今になって言う気になったのは、ここを逃せばもう言うことが出来ないだろうから。最後に腹をくくろうかなって思ってね」
「えーん……カーネリア様みたいなこと言ってる……」
「それ、最近色々な人に言われるんだよね。そんなに似ているかな」
「そっくりですよ……年々似て来てはいましたけど」
本当にみんなに言われてるんだろうな。
なんだろうね、王位に就くってなったら威圧感というか存在感というか、そういう物を醸し出すことになってカーネリア様みが強くなってるのかな。
「……まさかとは思いますけど、婚約者作らないでいたのって……」
「まさかも何も、セルリアの事が好きだったからだね」
「規模がでかい!」
「ははは」
カーネリア様なら確かにやりかねないけども。今はまだ、とかそんなはぐらかし方してませんでしたっけ。
話題を振るたびに私もそうやって躱されていた記憶がある。……あの時は本当に言うつもりなかったんだろうな。
「他に何か、聞きたいことは?」
「……これってすぐに返事しないといけないやつですか?」
「いいや。正式に即位するのは一年半後。その時まで、考えていて」
「しっかり考える時間がある……くそぉ……」
ほかにもっと聞かないといけない事とか、いっぱいあるんだろうけど今の私では何も思いつけなかった。仕方ないよね。落ち着いたように見せかけてまだまだ混乱しているんだろう。
青天の霹靂ってこういう事なんだろうな、なんて考える余裕は出来たけどね。
というか私はどういう顔で庭園に戻ったらいいだろう。
カーネリア様も、姉さまも、多分このこと知ってるんだよね?
何食わぬ顔で本持って戻れるかな私……戻れたとして読書に集中できるかな私……
「休みの初めにとんでもない爆弾落とされた……」
「考える時間は沢山あるね」
「確信犯か!くそぉ!」
もう隠す気もなくクソクソ言いまくってるけど、本人が気にしてないどころか楽しそうだから別にいいだろう。今の私にそんなことを気遣っている余裕はないのだ。
今回の休みの内容を考えている時に、急に「ラブコメさせよう!」と思いついてこの話を入れたのですが、思ってたよりサフィニア様に余裕が溢れていて、思っていたよりセルちゃんには余裕がありませんでした。




