302,久々のお茶会
ふわふわのスカートをひっかけないように出店リコリスに乗り込み、いつも座っている一角に腰を下ろしてふぅ……と息を吐いた。
今日はイピリアの王城にお茶しに行く日なので、いつもより服装がふわふわなのだ。
「セル、これ着けとけ」
「んえー?ネックレス?」
「おう。服ん中入れてていいから外すなよ」
「はーい。……イピリア今荒れてたりするの?」
「んなことねぇよ。あそこは基本平和だ」
座ってボーっとしていたら、トマリ兄さんが急にネックレスを渡してきた。
シンプルな、何かの牙のような形のもので牙の表面には魔法陣のようなものが彫り込まれている。
イピリアで魔法は使えないけれど、一部の魔術なんかは発動するらしく、これは多分そういう類のものだ。
何の効果かは分からないけど、普段渡されない物なのでちょっと邪推してしまう。
なんだろうなぁ……普段こういう物を渡してくるのってウラハねえとシオンにいなんだけどな。トマリ兄さんっぽいネックレスだから私物なのかな。
「お待たせー、行こっか」
「ああ。セルリアも、忘れ物は無いな?」
「大丈夫だよー」
よく分からないけど言われた通り着けておこう、とネックレスに首を通して服の中にしまい込んだところで、コガネ兄さんとアオイ姉さまが出店に乗り込んできた。
そのままゆっくりと出店リコリスが進みだし、何事もなく森を抜けて街道を進み、イピリア内に入って止まる。
外套のフードを目深に被った姉さまが人にぶつからないように注意しながら王城まで行くと、既にメイドさんが立っていて出迎えてくれた。
その横にはよくサフィニア様と一緒に居る執事さんも居る。二人揃っているのは珍しい気がするな。
外套を預けて王城内を進み、温室に入ると入り口近くで花を手に取っているカーネリア様が居た。
もうそれだけで絵になるんだからすごいよなぁ。
なんて思っていたらカーネリア様がこちらに気付いて、軽く笑った。
「よく来たな。セルリアは特に久々だ」
「お久しぶりですカーネリア様」
いつも以上に楽しそうなカーネリア様にお辞儀をして、中央のテーブルに移動するようなのでついて行く。姉さまもなんだかニコニコだな。
何かいい事でもあったのかな。またお茶でむせないと良いけど。
「こんにちは、アオイさん。セルリア」
「お久しぶりですサフィニア様」
「お久しぶりです。いい香りですねぇー」
「今年の初物だそうだ。アオイは好きな味だろう」
既にテーブルについていたサフィニア様にも挨拶をして、勧められた椅子に腰を下ろす。
ここに立ち入れる使用人はカーネリア様のお付きのメイドさんだけなので、このお茶はあの人が淹れたんだろう。……いや、出迎え来てくれてたんだよな……まさかとは思うが、サフィニア様が自分で淹れたんだろうか。
内心慄きながらお茶を飲み、振られる話に答えていく。
習得が一番大変だった魔法という質問に食い気味に難呪と答えたり、それに付いての説明をしたりといつものようにお茶会を楽しみ、カップの中が空になったところで書庫に行ってくることになった。
「セルリアが来ていない間にだいぶ本も増えたから、ゆっくり選んで」
「わーい!あ、本当に本棚増えてる。……まさかもう一回壁ぶち抜いたんですか?」
「流石に二回目はやっていないよ。増えたのは本棚だけ」
そのうち別の所に書庫が増えるかもしれない、という話を聞いてちょっとそわっとしてしまったけれど、それは一旦置いておいて今日読む本を探す。
本当に色々置いてあるなぁ。見たことのないものが多くて、どうしても目移りしてしまう。
「……選びながら聞いてくれればいいんだけど、実は即位の日程が決まったんだ」
「えっ、あっ……っとあぶな!?」
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです」
雑談のテンションで言われた言葉に、ものの見事に動揺して引っ張り出そうとしていた本が頭上に降ってきた。どうにか避けて本も落とさずに回収し、こうなることが分かっていたかのようにのんびり歩いてきたサフィニア様にジトリとした目を向ける。
「ちなみにですけど、それは公式に発表されてますか?」
「まだ、かな。一部の人間に事前に話を通し始めたところだから」
「なんで私にそんな話するんですかぁ……」
多分これ、姉さまは知っていたんだろう。事前通達の「一部の人間」に含まれていてもおかしくないからね。
でも、私にする必要は絶対なかったと思うんだ。だって私、姉さまにくっ付いて王城に本読みに来てるだけの一般人だよ?
「……一般人は王城に本読みに来ないか……」
「そうだね」
「……はぁ。で、なんで私にしたんですかその話。姉さまからじゃなく、なんでわざわざサフィニア様が直接?」
私がカーネリア様のお茶会に来るときは、絶対こうして書庫でサフィニア様と二人きりになる時間がある。庭園ではなくここで話したのは多分意図的なものだ。
姉さまから聞く方が自然なのに、サフィニア様はここで直接話すことを選んだ。……何をする気なんだろう。私、普通にチキンハートだからあんまり怖い事しないでほしいんだけどな。
「そろそろ、先延ばしにも出来ないから。かな」
「先延ばし?」
「そう。今までは母様が遠ざけていてくれたけど、王位に就いたら流石にそのままには出来ないからね」
「……婚約者、ですか?」
にっこりと笑ったサフィニア様に、合ってたんだなとぼんやり考える。
王位に就いたら、流石に婚約者が居ない今の状況を貫くことは出来ない。そこまでは、まあ分かった。でもそれが私に何の関係が?
「婚約者が出来たらお茶会呼べなくなるとかそういう話ですか?」
「そうはしたくないし、あの庭園は母様の物だからね。母様が呼ぶ相手に文句を言える者はいないんじゃないかな」
「えー……あぁ、サフィニア様に書庫に連れてきてもらうのは出来なくなりそうですねぇ」
お茶会には来れても、こうして書庫まで連れてきてもらうのは何か問題になりそうだ。
つまりそういう話か、と思ったのだけれど、なんか違うらしい。
……というか、サフィニア様がここまで話を遠回りにするのも珍しいな。
カーネリア様よりもおっとり、というか優し気だけど、話をするときはいきなり本題に入ってきたりするところはカーネリア様にそっくりなのだ。
だから、ここまで引っ張ってくるのは珍しい。そんなに話しにくいことなのだろうか。
「……本当は、言おうかどうかも迷っていたんだ」
「そんな大層な話私にしないでください……」
「セルリア以外にする相手は居ないかな」
きゅっと細まった目が、ずっと逸らされずに私を見ている。
逃げようかな、と怖気着いた瞬間、サフィニア様が口を開いた。
「好きなんだ。セルリアの事が」
その言葉を、一拍遅れて脳が理解した瞬間、私はダッシュで逆側の壁に向かっていた。




