301,のんびりした日
窓から入ってきた日差しに、夢も見ずに眠っていた意識が浮上する。
目を開けると見えるのは見慣れた寮の天井ではなく、家の自分の部屋の天井。
あー、帰ってきたなぁ。いま何時だろう。
とりあえず着替えて下に降りよう。
今日は出かける用事とかなかったはずだから、服はクローゼットに入ってるのを適当に着ればいいだろう。髪はそのままでいいや。いつもつけてる髪留めだけ持っていって、誰かしら暇してる人にやってもらおう。
「おはよーう」
「おはようセルちゃん。ふふ、寝癖ついてるわよ」
「誰かにやってもらおうと思って放置してきちゃった」
「ならやったるわ。おいでーセルちゃん」
「わーい。おはようシオンにい」
ソファに座っているシオンにいの所に駆け寄り、髪留めを渡して前に座る。
丁寧に髪を梳かされてから、いつも通りハーフアップに髪がまとめられていく。
わーい。自分でやるより綺麗な気がするー。
「ありがとう!」
「おん。セルちゃん最近これ付けてないん?」
「え?そんなことないよ?冒険者活動するときとか、実技メインの日とかは付けてないけどそれ以外だとこれで纏めてる」
「そかそか。前より減っただけなんやな」
一体何で判断しているのか分からないけど、別に付けていない訳ではない。
壊したくないから戦闘時は外すようにしてるけどね。
そういえば髪紐一本切れたんだよなぁ。他に無い訳じゃないから困りはしないんだけど、そうやって後回しにしてると気付いたら何もないとかになりかねない。
どこかに出かけた時に良いのが無いか探してみよう。
今回は第三大陸には行かないらしいけど、第五大陸には行くからね。何かしら一つくらいは良いものが見つかるだろう。
「あ、おはようございますセルちゃん」
「おはようモエギお兄ちゃん。何か手伝うことある?」
「じゃあそこにある野菜を切ってくれますか?」
「はーい」
何か取りに行っていたのか食糧庫の扉が開いてモエギお兄ちゃんがやってきた。
まだ朝食の支度は始まったばかりだったようなので聞いてみたら、カウンターに置かれた野菜を示されたので切り方を確認して包丁を持ってくる。
「ウラハさん、畑のトボロキがそろそろ収穫できそうですよ」
「あら、じゃあ熟した分を収穫しちゃいましょうか」
「サクラと一緒に収穫してきますね。今日から仕込んで……明日の夕飯ですかね」
「そうねぇ。ついでに色々作っておきましょう」
「呼んだー?」
「おはようサクラ。午前中に収穫したいものがあるんだけど、手伝ってくれる?」
「うん!」
お兄ちゃんたちの話を聞きながら野菜を切り終え、そのほかの支度も手伝いながら今日の朝食のメニューを予想する。
今日の卵はスクランブルエッグか……ベーコン混ぜてあるみたいだからベーコンの多いところかっさらおう。
完成した朝食を机に並べ終えたところでコガネ姉さんがアオイ姉さまを連れてきた。
まだまだ眠そうな姉さまを椅子に座らせ、朝食を食べ始めて今日の予定を聞く。
やっぱり今日は暇な日みたいだ。何をしようかな。
「ふぁ……そういえばシオン、セルちゃんが好きそうな本買ったって言ってなかった?」
「あー、せやった。何冊か買っておいてあるなぁ」
「本当!?読んでいい?」
「ええでー。一緒に読書しよか」
改めて考えると、家でシオンにいと二人のんびり読書ってのも久々だなぁ。
学校に入学する前はそれが日常だったのに。
よし、今日は一日のんびりしよーっと。何なら朝から甘えてたけどね。
姉さまは今日も作業部屋で薬を作っているらしい。
作り置きしたはずなのになんでもう無いの……と嘆きながら作業部屋に向かって行った。
私は片付けを手伝った後、ウラハねえが淹れてくれたお茶を持って店の方に向かう。
既に座っていたシオンにいが持っていた数冊の本を避けてお茶を受け取ってくれたので、私もいそいそと椅子に座って避けられた本に目を向ける。
シオンにいが笑っているけれど、私はそれよりその本が気になるのだ。
「そんなに焦らんでも誰も取らんて」
「あっ、これ新刊出たんだ!」
「おん。感想欲しがってたでー」
笑われながら渡された本は、姉さまの友人であるレヨン・ベールさんが書いた物語だ。
普段は情報屋と名乗っているしそういう暮らし方をしているけど、レヨンさんは色んな本を書いて出している。姉さまが好きで読んでいるから、うちには大体全部揃っているはずだ。
この物語は数年前にレヨンさんが書き始めて、年に一冊くらい新刊が出る結構人気の読み物である。
私はレヨンさんを魔法適性を調べてくれた姉さまと仲の良いお姉さん、と認識してからレヨンさんの書いた本を読み始め、作者を教えて貰ってレヨンさんは作家なのかと聞いたら情報屋だと言われて非常に混乱した記憶がある。
「ああ、そいやなセルちゃん」
「うんー?」
「第五大陸、どの国行きたいとかあったら言ってな?何も無いなら適当に決めるけど」
「んー。……なんにも決めずにシオンにいに連れてってもらうのも楽しそうかなぁ。というか、なんで急に二人でお出かけ?嬉しいけど」
さっそく読み始めた本から視線を上げて横に座るシオンにいを見ると、シオンにいはティーカップ片手に優雅に本を読んでいた。
……いいなぁ。私片手で本開くの苦手なんだよね。そのまま捲れない。
「学校から手紙が来たんよー」
「えっ。何それ知らない」
「セルちゃんの成績とか授業態度がとってもいいですーってお褒めの手紙でなぁ。そんならご褒美にどっか連れてったれって言われてなぁ」
「ほえ……そんなの出されてんねや……知らんかった……」
驚きのあまりシオンにいの口調に引っ張られてしまった。
というか、それはどういう内容で来るんだろうか。私はとりあえず褒められてただけなのかな。それならいいけど、学年が上がるたびに二、三回はしつこい人をそよそよして差し上げてる件とかあんまり書かないでほしいんだよな。
絶対知られたくないって訳でもないんだけどね?
別に良いっちゃ良いんだけどね?先生からも怒られてないから悪い事してるってわけじゃないと思ってるし、怪我させないで済ませてるだけ穏便だって褒めて貰える気すらするから良いんだけどね?
「……そいやセルちゃん、熱出したんやってなぁ?」
「うぇ!?あ、うん……そんなこともあったね……」
「セルちゃん自分じゃ言わんやろうからってわざわざ書き足してくれてたみたいやわ。マスターとは相性悪いみたいやけど、いい先生やなぁー」
「くッ……ヴィレイ先生か……!」
「不服そうにせんの」
「はぁい」
体調を崩したことを手紙に書かなかったのは事実なので、こればかりは反論できない。
すぐ治ったし、別に書かなくてもいいかなぁって思ったんだよね。
まあ、怒られないようにとりあえず反省したふりしとこう。




