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学び舎の緑風  作者: 瓶覗
298/477

298,テスト後の空気感

 壁に寄りかかって進行していく試合を眺めながら、杖を左右に揺らす。

 リオンに負けた後、手合わせ場に残った魔法を片付けてこうして移動してきたわけだけど、私がずっと不満そうにしているのを見てリオンは横でずっと笑っているのだ。


「高さ上限なければ負けないもん」

「よしよし」


 ソミュールに頭を撫でられながらブツブツ言っていたら、正面にサヴェールが来て頭を撫でる手が増えた。

 足場を崩すのはずるいよな、と慰めの言葉を貰ったので毛先を弄っている手は不問とする。


「魔法を斬るのは魔法使いの敵だよねぇ」

「そうだな」

「……あ、俺もしかしてとんでもねぇ狙われ方してねぇか?」

「頑張れリオン。俺は助けてやれないから」


 えーんと雑に泣き真似をしてソミュールにくっ付いた私を撫でながら、二人はリオンに目を向けた。

 それをみてリムレがそっとその場を離れ、リオンが後退りする。なんてやっている間にサヴェールの試合が近付いてきたようで彼は離れて行き、その流れで私も泣き真似を止める。


 その後は大人しく残りの試合を観戦して、全ての試合が終了したのを確認してぐっと伸びをした。

 まだ鐘は鳴っていないので手合わせ場の外には出られないけれど、まあ気は楽になったよね。

 先生たちは対戦表を片付けたりと忙しそうなので、このまま話しながら時間を潰す。


「前から聞きたかったんだけどさ、サヴェールってどこのヘアオイル使ってるの?なんかやたらいい香りするよね」

「今使っているのはビニチカだったはずだ」

「え、サヴィお前ヘアオイルとか付けてるんだ……」

「うん。絡まるし」


 普段は数言話したら別れてしまうから聞けていなかったんだけど、サヴェールの髪からはやたらといい香りがする。

 低い位置で一つに纏められた綺麗な灰色の髪が揺れるたびにふわっと香るもんだから、ヘアオイルか香水だろうと思っていたのだ。


「魔法使いって大体髪なげぇよな」

「まあ、髪って魔力ため込みやすいからね。長いと便利なんだよ」

「髪を媒体に発動する魔法もあるからな」

「でもソミュールは髪みじけぇよな」

「僕?伸ばそうと思えば今すぐにでも伸びるよぉー」

「なにそれ普通に気になる」


 肩くらいの長さをずっと保っているのは何か理由があるのかと思っていたら、その気になれば伸びないように出来るらしい。

 逆に伸ばすことも出来る、というソミュールの言葉にどういう仕組みなんだろうかと目が輝く。


「セルちゃんの髪もいい香りするよ」

「そう?……自分だと分からないな……」

「オイルか?」

「うん。ウラハねえが使ってるのを分けて貰ってて……なんだっけな。ハニービーだっけな」


 割といいやつのはず。ちなみにアオイ姉さまは面倒くさがるのでコガネ姉さんが勝手にやっているらしい。日によって使うものが違うのか、割とよく香りが変わる。


「ハニービーか。なるほど」

「なんか納得された」

「蜂蜜?セルちゃん甘い香りするもんね」

「え、そうなの?」


 私、甘い匂いするのか。まあ確かにそんな感じのヘアオイルではあるけども。

 ……こうなってくると、ヴィレイ先生のも気になるよなぁ。

 そんなことを考えつつ先生たちの方を見ると、ちょうど片付けが終わったところだった。


「……聞きに行く?」

「え、マジかお前」

「だって気になるじゃん。気になるよねサヴェール?」

「うん」


 リオンに驚きの目を向けられたけれど、私とサヴェールは既に気になって仕方がないので、止められても行く気満々だ。

 行くぞーっと小さく声を出しつつ先生のもとに駆け寄ると、声をかける前に気付いてヴィレイ先生が顔を上げた。


「どうした?」

「ヴィレイ先生に聞きたいことがあって……先生、ヘアオイルなに使ってますか?」

「…………使っていない。鐘が鳴ったぞ早く出ろ」


 真剣な顔を作って真面目な声で聞いたのだけれど、ヴィレイ先生はものすごい呆れた目を向けてきた。答えを待っている間に鐘が鳴ったのがちょっとシュール。

 そして、返ってきた言葉にサヴェールと二人で絶句する。


「何も……使ってない……!?」

「このサラサラ感で……!?」

「楽しそうだなーお前ら」

「ほら、鐘鳴ったし行こうぜー」


 嘘だ絶対何かしら付けてるだろう、とやんややんや言おうと思ったら、リオンに背を押されて出入り口に向かわされた。

 横ではサヴェールがリムレに押されている。ちらっと後ろを窺うと、薬の効果が切れたのか寝落ちそうなソミュールをミーファが引っ張って歩いていた。


「ソミュール寝ちゃった?」

「うん。多分もう聞こえてないと思う」

「そっか。じゃあとりあえず部屋に運ばないとだね」


 手合わせ場を出たところでリオンが私を押すのをやめたので、一歩下がって横に並ぶ。

 ついでに寝てしまったらしいソミュールを風で浮かせて、部屋まで運んでいくことにした。

 リムレとサヴェールとは途中で別れて寮に向かい、話題になるのはダンスパーティーの事。私は結局行くつもりはないので今年も早々に引きこもって待機だ。


「俺も混ぜてくれ」

「いいよ」

「リオンも大変そうだねぇ」


 去年と同じように私の部屋でお茶会でもしていようか、と話していたらリオンも合流することになった。クッキーでも多めに用意しておこうかな。

 なんて話しながらソミュールを部屋に送り届け、そのまま食堂に向かう。


 皆で居れば声はかけられにくいし、断るのも簡単だからね。

 食堂に向かう理由は多分ロイとシャムが居るだろうなって思ったからだ。

 向こうはずっと筆記テストだからね。糖分を求めて食堂で何かしら食べているだろう。


「……あ、いた」

「お疲れー」

「お疲れ。二人とも大丈夫?」

「まあ、とりあえず終わったしね……そっちはどうだった?」

「セルに勝った」

「高さ上限で負けた」


 ケーキを食べていた二人を見つけて同じテーブルに腰を下ろし、抱き着いてきたシャムの頭を撫でる。お互い別の意味で大変だったねぇ、うんうん。

 研究職組は休みに出される課題も何やら大変みたいだから、テストが終わっても気が抜けないらしい。戦闘職の方はテストが終わればお祭りモードなので、本当に差がある。


 そんな話をしながらシャムたちがケーキを摘まむのを眺め、夕飯前に私は本を借りに図書室へ向かうことにした。


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