295,あまりにもギリギリ
第三試合を待ちつつ身体を伸ばしたり杖を回したり、いつも通りの準備運動をする。
魔力の残量はまだまだ余裕だし、時間的にあと数試合やったらお昼休憩になるだろう。
そうしたらゆっくり休めるし、多少魔力も回復するからね。
なので個人的に考えれば次が午前最後だ。全力で頑張ろう。
次の相手はドミニク。今年に入って三か月くらいした頃に片手剣から双剣に持ち変え、ぐんぐん実力を伸ばしている。
前にちょっとだけ話した時は、二刀流が最適解だったんだ……と言っていた。
「……うっし、やるか」
前の試合の片付けが終わったのを確認して、小さく声を出して手合わせ場に上がる。
つま先でトントンと軽く地面を蹴りながら杖を持ち直し、短く息を吐いて正面を向けばドミニクと目が合った。開始の合図は既にかかっている。
まずは、いつも通りに風を纏って上に逃げよう。
そこまで考えて演唱のために息を吸い込んだタイミングで、ドミニクが思い切り踏み込んできた。
下から切り上げられた剣をどうにか避けて、もう一本の剣は杖で受け止める。
どうにか防げはしたけど風の量が足りていない。
剣を防ぐのに意識が割かれているせいで、風を纏うことも出来ていないのでどうにか一度隙を作らないと。
考えている間にもガンガンと音を立てて斬撃が飛んでくるので、それをどうにか杖で受けとめる。
けれど、普段なら受けるのにも風を使って衝撃を流しているのだ。
纏っている風があまりにも少ない現状では、一撃受けるたびに手がじんじんと痺れていく。
「……っ!くっそ」
横薙ぎを受け止めきれず、思わず悪態が漏れた。
ぶっ飛ばされた杖がカランッと音を立てて手合わせ場の中に落ち、ドミニクが勝った!と言わんばかりの顔で剣を振り下ろしてきたので、横に全力で跳ぶ。
そして、腰に手を伸ばしてレイピアを抜いて構えた。
作り終わっていた風は地面に這わせて、新しく作った少量の風をレイピアに纏わせる。
身体に纏わせるのに比べて量が少なくて済むからね。
「マジかよ」
「まだ負けてないよ」
正直内心汗ダラダラだけどね。と心の中で呟いて、ドミニクの剣を逸らしていく。
レイピアは細く鋭いので、まともに受ければ簡単に折れてしまう。
なので相手の剣の側面に自分のレイピアを当てて相手の剣を逸らすのが基本的な避け方だ。
私はそれに加えて風魔法を纏わせている。
先端から徐々に広がっていくように風を巻いているので、風に剣を乗せてしまえばかすりもせずに逸らすことが出来るのだ。
私は基本的に魔法と併用するだろうから、とカルレンス先生が詳しくやり方を教えてくれた。
そして、私はカルレンス先生から杖を使わない時点で非常事態だから攻撃よりも逸らしを完璧にしよう、と言われていた。
つまり、避けるだけならわりかし出来るのである。
レイピア持ってきてよかった。これでまだ余裕はないがちょっと落ち着けたので、地面に這わせている風に少しだけ意識を向ける。
……この量ならギリギリ足りるかな。まあ、もうちょっと追加して準備を万端にしてしまおう。
どうにか攻撃を逸らしながらじわじわと風の量を増やしていき、必要量が溜まったとこ思い切り後ろに下がって距離をあける。
そして、ドミニクが踏み込んでくる前にレイピアを風に乗せて撃ち出した。
「はぁ!?」
驚いたような声が上がるのは多分うまく行ったってことなんだろう。
私と一番一緒にいるだろうリオンですら私がレイピアを使っているところは見たことが無いはずなので、この場に私が使っているレイピアの詳細を知っている人は居ないのだ。
杖を弾き飛ばされてレイピアを抜いてから、私は風を全身ではなくレイピアだけに纏わせていた。
それは、魔導器が入った武器を使う時の特徴だ。
だから多分、杖のほかにレイピアにも魔導器が入っていてこの後はそれで戦うと思っていたんだろうな。
でも、実際のところ私のレイピアに魔導器は入っていない。
そのうち入ってるやつ買いたいなぁとは思っているけど、今はただのレイピアである。
風を操っていたのは、左手の人差し指に付けているリング。レイピアは右手で構えているのにそこにだけ風を纏っていたから分かりづらかったろうな。
リングも何だかんだ今まで授業で使うことはしなかったので、これを知っているのはリオンとかミーファとかソミュールとか、私が遊んでいるところを見たことがある人くらいだろう。
なんて思いながら、飛ばしたレイピアから地面に這わせた風に意識を向ける。
一つに集めて、全速力で向かわせた先は落とされたロングステッキだ。
風を束ねて杖の下に入れ、思い切り自分の方に飛ばす。
それを掴み直して風を起こせば、レイピアを避けてこっちに踏み込んだドミニクを確認出来た。
「クッソ」
呟かれた言葉に少しだけ笑う。
今回の戦いはいつの間にか私のメイン武器を巡ってのものになっていたみたいだ。
小さく笑いながら風に乗って後ろに下がり、杖の上、一番魔力操作がしやすいところで風を起こしてドミニクに狙いを定める。
……いけるかな、まだちょっと焦っているせいであんまり大きなものは作れなかった。
位置の調整をして、あとはもううまく行くことを願うしかない。
駄目でも杖は取れたし風もそれなりにあるからね。とりあえずやってみよう。
杖はいつも通り左手に構えており、風の塊はその杖の上にある。
そしてそのまま撃ち始めたのでドミニクは避けやすい右側に足を踏み出し、数歩進んだところであるはずの床が踏めずに体勢を崩した。
「勝った……!」
思わず呟いたのも、まあ仕方ないことだと思う。
ドミニクの左足が踏むはずだった床は、水溜りのように広がった闇に消えていた。
ついでにドミニクの足も脛の半ばあたりまで沈んでいる。
今度はそれを下から弾くように閉じて行けば、沈んだ足が押し上げられた所為で後ろに倒れるような姿勢になる。
そこをしっかり狙って風の刃を突き立てる。
一拍おいて魔力が消えたのを確認するのと同時にヴィレイ先生の声が聞こえ、一気に力が抜けた。
「はぁぁ……疲れた……」
杖を支えにしてどうにかへたり込むのは防ぎ、しっかりと息を吸う。
ずっと呼吸が浅かったせいで心臓がバクバクだ。
何はともあれ勝ててよかった。とりあえずレイピア回収しよう。
……やっべ、手が震えて上手くつかめない。
仕方ないから杖をブレスレットで固定して、風を起こしてレイピア浮かべて回収しよ。
戻ればリオン辺りが鞘に納めてくれるでしょ。
「セルリア強ぇー。流石に勝てるかと思ったんだけどな」
「ギリギリだよ。見てよこの手の震え」
手合わせ場を降りたところでドミニクに声をかけられたので、ぷるっぷる震えている右手を見せながら壁際にいるリオンの所に向かう。
本当にギリギリだったのだ。連戦は無理そうなので、この後お昼ご飯で本当に良かった。




