293,実技テスト開始
のんびりと息を吐きながら、杖をグルグルと回していく。
隣ではリオンが身体を伸ばしており、さらにその横ではミーファが両足で高々と跳んでいる。
ちなみにソミュールは私の左側、杖の当たらない位置で欠伸を噛み殺している。試合開始のギリギリまで薬は飲まないでおくらしい。
テスト二日目、私たち戦闘職三年生はひたすらに実技をする、とだけ告げられているので、とりあえずみんな準備運動をしている感じだ。
授業開始まではあと数分。流石に飛んだりはしないけれど、もうちょっと身体伸ばしておこうかな。
「セルー、魔力漏れてんぞー」
「大丈夫大丈夫、気付いてないわけじゃないから」
「いや止めろよ」
「もうちょっとしたらねー」
杖を回しすぎて魔力が混ざり始め、それを目敏く見つけたリオンに指摘されたけれどまだ止めるつもりはない。
そろそろ時間だからね。鐘が鳴ったら全部霧散させるさ。
なんて話している間に鐘が鳴り、先生が入ってきたので杖で思い切り床を叩いて風と魔力を霧散させた。有言実行だってのに、リオンは何をそんな苦い顔してるんだ。
「今年の実技テストの内容を説明する。今回は全員、最低でも四回の試合を行う。最初の組み合わせはくじで決めるが、それ以降は前の試合で勝った者同士、負けた者同士で進める。」
言いながら先生が張り出した紙には試合の進め方が図になって書かれていた。
なるほど、同じ人と二回当たる事は無いようになってるみたいだ。
最低四回、ってのはなんだろうな。時間が余ったらもうちょっとやるよ、的なことなのかな。
とりあえず、今回は全て個人戦らしいという事だけは確かだ。
時間制限も一応あるみたいだけど、去年よりは長いし普通にやってれば時間いっぱいかかる事は無さそうかな。
ちなみにヴィレイ先生だけではなくアリシア先生も来ている。
時間切れの時の勝敗は去年と同じように先生たちが決めるそうなので、そのための判断役だろう。
なんて考えながら、質問が無いことを確かめてくじを引き始めたヴィレイ先生を眺める。
「これ、勝ってる人たちが左に残っていくのか」
「おお、つまり?」
「つまり最後に一番左にいる人が一番強いって……ことになるかなぁ多分」
「ほーん……よく分からねぇけど、今年はセルとやれそうだな」
「何をそんな楽しそうに……」
私は正直避けて通りたいよ。やることにはなりそうだけどさ。
疲れるんだよなぁ、リオンの相手するの。ミーファもソミュールも疲れるけど、結局のところリオンが一番私の動き方とか知ってるからね。
「とりあえず試合まで待機かぁ」
「そうだな。……ん?ソミュール寝てね?」
「寝てないよぉ……」
「眠そうだねぇ」
「頑張ってソミュちゃん。試合早めみたいだよ」
「うんー……」
いつも通り壁際に寄って待機していようと横を見たら、ソミュールが抱えた枕に頭を沈めていた。
まだどうにか起きてはいるみたいだけど、大分眠そうだ。
幸いソミュールの最初の試合は第三試合なので、それまで起きていてくれれば薬を飲んでどうにかなるだろう。その前に寝そうなら先に薬を飲むだろうしね。
とりあえず移動しよう、とソミュールを浮かせて運び、壁際に寄って対戦表を確認する。
ソミュールとリオンは早め、ミーファはちょうど真ん中くらい、私は最後から二番目だった。
待機時間が長いなぁ。まあ、別にいいけどね。他の試合を眺めていれば思っているより早く時間がくるだろうし。
「一試合ずつしか出来ないのが大変な所だよねぇ」
「確かに……何試合かまとめて出来れば、総当たりも出来るのかな?」
「屋内運動場は今日は二年生たちが使ってるだろうし、場所が足りてないのかな」
「広げらんねぇの?」
「難しいんじゃないかなぁ……ふぁ……」
「あの手合わせ場、すごい複雑な魔法が組まれてるから作るの大変だと思うよ」
ここは屋内運動場ではなく手合わせ場などと呼ばれている別の教室だ。
特徴としては、中央に屋内運動場より大きな手合わせ用の円がある事。天井も高いし、円もでっかいのでこっちの方が自由が効く。
他に違いと言えば、中央の円がくぼむのではなくむしろ出っ張っているので上る感じになる事とかな。あと、円がでかいせいで他の部分はちょっと狭い。
普段は使わない教室だから入ってきた時に見渡しちゃったもんね。
屋内運動場の方が魔力効率が良いから、普段はそっちを使うようになっているんだそうだ。
確かにこれだけ大きな魔法陣の魔力は保つだけでも大変そうではある。
まあ、私は魔法陣は専門外なのでよく分からないんだけどね。大きいのはそれだけで大変ってウラハねえが昔言っていた。気がする。
なんて話している間に中央の円では第一試合が始まっていた。
高くなってるのも割と見やすいなぁ、なんて緩い感想を漏らして、杖を右手に持ち変える。
空いた左手を腰のベルトに繋いだレイピアの上に降ろせば、リオンがやけに楽しそうな顔でこちらを見てきた。
「……なに?」
「いや、最後になってやっと持ってきたなぁって」
確かに今日まで、手合わせ等にレイピアを持っていった事は無かった。
理由は単純に持っていったところで使えるだけの練度になっていなかったから、なんだけど……まあ、テストだしね。使える手は多い方がいい。
使う事にはならないといいなぁ、ってのが正直な感想だ。
一年やってたからそれなりにはなったけど、それなりってだけだしなぁ。
「セルちゃん、結構自己評価低いよね」
「え、そんなことないよ。風魔法最強だと思ってるし」
「セルリアは風魔法が得意すぎるから、他をその基準で考えてるんだよねぇ。もうちょっと他の事にも自信持っていいと思うよぉ?」
「おはようソミュール。目は覚めた?」
「うん。薬飲んだ」
先ほどまで眠そうだったソミュールの声がはっきりとしたものに変わったので、横を向いて意味もなく手を振る。
振り返してくれた手を捕まえて軽く握れば、くふくふと楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「せっかくならさ、自信満々に楽しもうよ」
「そうだね」
ソミュールがそんなことを言うのはちょっと意外で、笑いながら返事をする。
話している間に第一試合が終わったようで、既に第二試合が開始されていた。
ミーファとリオンは試合を眺めながら話していたようなのでそっちに混ざり、早めに円の方へ移動するソミュールを見送る。
楽しそうだよなぁ。起きている時は大体いつでも楽しそうだけど、今日はいつも以上に楽しそう。
何かいい事でもあったのか、単にテストが楽しみなのか。……もしかしてソミュールって戦闘狂?
「んなわけないか……」
「どした?」
「何でもないよ」
呟いた言葉に反応したリオンには片手を振って誤魔化し、第二試合が終わって手合わせ場に上がったソミュールに目を向けた。




