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学び舎の緑風  作者: 瓶覗
29/477

29,ズレているのは知っている

 一日の授業を終えてぐっと身体を伸ばし、荷物をまとめて杖を抱える。

 教室からある程度人がはけるのを待って杖を弄っていると、教室の入口にヴィレイ先生が顔を出した。


「セルリア。暇か」

「はい。手伝いましょうか」

「ああ。虫干しをするぞ」


 そういって身体を引いた先生に置いて行かれない様に席を立ち、急ぎ足で追いかける。

 向かう先はいつも通りヴィレイ先生の使っている準備室。

 道中では雑談が繰り広げられるが、教師と生徒なので内容は授業の話とかが多い。


「そういえば、最近文字の書き取りに手を貸しているらしいな」

「はい。ミーファに頼まれまして」

「どうして手伝おうと思った?」


 この質問は、私の思考回路が基本姉さま由来だから。

 最初の課題は未だ進行中であり、先生はふとした瞬間に忘れないように釘を刺してくる。

 ……どうして、と言われたら、理由など一つなのだが。


「ミーファが可愛かったので?」

「……お前、キャラウェイに毒されてないか?」

「姉さまだけじゃありません。ウラハねえもです」


 とっさにそんなことを言ったら、深いため息を吐かれてしまった。

 家の中での共通認識として「可愛いは正義」と言い出した姉さまとウラハねえは止まらないというものがある。


 止まらないから諦めてされるがままになっていろ、という諦めの共通認識である。

 巻き込まれることがないトマリ兄さんとシオンにいが高見の見物を決め込んでいるのをどうやって巻き込むかの勝負になってくるのだ。


「はあ……全く……」

「先生がそんなにぐったりしてるの珍しいですね」

「キャラウェイは意味の分からないことをしでかす。周りが慣れたように同調するから余計に疲れる」

「それは……お疲れ様です」


 否定できないので労っておこう。

 もしや先生、姉さまを頑なにキャラウェイと呼ぶのは私怨もあるのだろうか。

 何に巻き込まれたのかは知らないが、姉さまは面倒になるととりあえず薬ぶちまけとけの精神を発揮するので危険だ。


 知り合いが無茶をして全身に細かい傷をつけてきたりすると、無言で頭からポーションをぶっかけたりする。

 しかもハイポーションやメガポーションという、ちょっといいやつやとてもいいやつを躊躇いなく大瓶数個分ぶちまける。


 やる時は大体スンッとした真顔なのでかなり面白いことになる。

 何が面白いかって、頭からぶっかけるが故大量にポーションが零れ、それの影響でその場に生えている草がちょっと元気になるのだ。


「セルリア、今何を考えている」

「姉さまのスンッとした顔を思い出していました」

「思い出すな。虫干しのことだけ考えろ」

「分かりました」


 先生が苦い顔をしたのは、姉さまがやったらしい意味の分からないことを思い出しているのだろうか。

 準備室の中は相変わらず混沌としていて、虫干しをするという本は棚の上の方から降ろされてきた。


 それを落とさない様に抱えて、近くの扉から外に出て用意されていた木の板の上に乗せる。

 パラパラと中を見て問題ないかを確認して、終わったら次を貰いに準備室に戻る。

 そんなことを繰り返して全て出し終わると、先生は外に出てきて並べられた本をじっと見つめていた。


「どうしたんですか?」

「時折、見覚えのないものが混ざり込んでいるからな。今回はないらしいが」

「……開かない方がいいやつですね?」

「ああ。わざわざ掛かってやる事はない」


 中身を確認するときに横に避けた、魔力を感じるものに関しては先生が確認していた。

 何せ魔術の先生の所有物である。何があるか分かったものではないので、警戒するに越したことはない。


 まあ、本当に危ないものは私に運ばせないだろうが。

 こうして、うっかり猫にでも持っていかれそうな場所に置いているものはさほど危険でもないのだろう。


「……そういえば、ノア先生が猫を餌付けしているのを見かけたんですが」

「いつものことだ。ここに入り込んでいるのは、足先の白い奴だろう」

「そうです。モノ君って呼んでました」

「寄ってくるのが愛らしいと餌付けして、黙認されている。生徒もたまに餌をやってるな」


 普段は笑顔で威圧してくる先生にもそんな一面があったのか、と思いつつ、かなり知られている事らしいと少し驚く。

 まあ、先生たちも寮に住み込みの場所だ。


 少しでも癒しが欲しいのだろうか。あの猫は、なんだか少し、ただの猫より賢そうだったが。

 まあ先生たちが何も言わないのなら悪いものではないのだろう。


「猫は好きか?」

「シオンにいが猫です」

「……猫の状態を見たことがあるのか」

「何なら抱えて昼寝をしてました」


 私の兄と姉は皆姉さまの契約獣であり、普段は人の姿を取っているが本来の姿は獣なのだ。

 シオンにいは猫であり、時々気まぐれに猫に戻っては昼寝をしていた。

 それを見たウラハねえも気まぐれを起こして羊の姿に戻り一緒に寝たりもしていたので、私としては別に不思議なことではないのだが。


 そんなことを言ってみたら先生に深いため息を吐かれてしまった。

 ……これは、一体どのあたりが常識からズレたのだろうか。


「アオイの契約獣が希少種なのは知っているな?」

「はい。神獣ですよね?」

「本来、神獣は気軽に姿を変えたりしない。人に混ざると決めたなら人型のまま、獣の姿で生きると決めたなら人型は取らずに生きる例がほとんどだ」

「……なるほど、うちは異質なんですね」

「ああ。コガネの所為で感覚が狂っているのだろうが、異質なことくらいは覚えておけ」


 追加のため息を吐いて、先生は作業を再開した。

 コガネ姉さんは、ころころと姿を変える。

 家に居るときは姉さまが好んでいるらしい少女の姿を取り、出店リコリスで店番をするときは青年の姿を取る。


 昼寝の時に本来の真っ白なキツネの姿に戻っていることもあった。

 ……気軽すぎるのだろう。コガネ姉さんも、きっと感覚はおかしいのだ。

 人でないので感覚云々言うつもりもないが、私の常識はやはりかなりおかしいことになっているようである。


 今度手紙で文句を言っておこう。なんて思いつつ作業を進める先生を眺める。

 どんな作業をしていても絶対に長すぎる袖をまくることはなく、手は見えないまま服の途中で本を掴むように動いている。不思議な光景であるとは思うが、姉さまの知り合いにはこういう人も多い。

 この感覚もおかしいのだろうと思いはするが、慣れているのを直すことは出来ないのだ。


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