289,不思議な夜の話
部屋で一人お茶を飲みながら、家への手紙を書きあげる。
もうテストも間近に迫っており、休みも近いので家に帰ってから話してもいいんだけど、まあだからと言って手紙の頻度は減らないよね。
休みの予定はもう決まっていて、今回は一人で帰ることになっている。
姉さま曰く、カーネリア様が顔を見せに来いとずっと言っているのだとか。
入学前は年に三、四回はお茶会に同行していたけれど、今では年一回になってるもんなぁ。
断る理由もないので了解の返事を送って、ついでにあれこれと詰め込まれているらしい予定の話にちょっと笑った。
楽しいからいいんだけどね。珍しくシオンにいが第五大陸まで連れて行ってくれるらしいので、それが一番楽しみかな。
「よし。あとは……」
書きあがった手紙を一度最初から読み直して、問題ないことを確かめたら宛名を書いた封筒に入れる。出すのは明日の朝にしよう。
時間はまだあるので、この後はテスト勉強でもしようかな。
普段なら読書タイムにするけど、今日はもう借りてきた本読み終わったしね。
テストまで結構な頻度で放課後に勉強会をしているけど、その時は私大体本読んでるし夜にちょっと多めにやるくらいでいいのだ。
ちなみに勉強会にはたまーにリムレとサヴェールが混ざっていることがある。
あの二人も仲良いよねぇ。休日も一緒に冒険者活動をしていたりするらしいし、よく一緒に居るところを見かける。
「……ん?」
私とリオンもそんな感じで一纏めにされるんだよなぁ、なんて考えながら鑑定の教材を引っ張り出していたら、扉の先に妙な魔力の動きを感じた。
廊下を何かが動いているようだ。風を回していないのに私が気付くくらいには大きな何かがそこに居る。
……でも、なんだろう。あんまり怖い感じしないな。
視たことのない魔力のはずだけど、不思議となじみ深いものに思える。
学校内を動き回っているわけだし危険なものではないのだろう。
そうなると、何が通っているのかが気になってしまう。
最悪時間稼ぎくらいは出来るように杖を持って扉の鍵を開け、ゆっくりと扉を押す。
隙間から顔を出して通り過ぎた謎の魔力に目を向けると、そこには見慣れた背中があった。
「ヴィレイ先生……?」
「ん?どうしたセルリア。もう就寝時間だぞ」
「あ、えっと、知らない魔力が通ったなぁって思って」
「……あぁ、今日は満月だからな。魔力が少し変質しているのかもしれん」
「なるほど」
暗い廊下を明かりも付けずに歩いていた件については触れないでおこう。
何はともかく謎の魔力はヴィレイ先生だったわけだ。
道理で安心感のある魔力だと思った。多分家族以外だと一番安心感あると思うんだよね。
「ただの見回りだ。部屋に戻れ」
「はーい。おやすみなさい」
「おやすみ」
私が魔力に敏感だからなのか、先生は戻ってきて軽い説明までしてくれた。
促されて部屋に戻り、鍵をかけて椅子に座り直す。
……ヴィレイ先生の左目は、いつも髪で隠れている。さっきもしっかり隠れてたけど、なんかちょっと光った気がしたんだよな。
もしかしたら左目が暗くても見える感じなのだろうか。
まあ、ただの予想だから多分違うと思うけど、光った気がするんだよなぁ。
聞いても教えてはもらえないだろうし、予想くらいはしても許される、かな。
「……おぁ?なんかついてる?」
教材とノートを開いて勉強を始めようと思ったら、ノートの上に何かが落ちた。
粉のような物で、よく分からないけどキラキラ光っている。
何かは分からないけれど、とりあえず風で強めに全身を吹いておく。
一か所に集めた風には先ほどのキラキラが少しだけ乗っていたので、なぜかある小瓶に入れてふたをした。
……なんだろこれ。ちょうど鑑定の本開いてるし、載ってないか探してみよう。
えーっと、粉だから多分この辺に乗ってると思うんだよね。
キラキラした粉……これじゃないな。よく見ると深い青色をしているようなので、そこも判断基準になるだろう。
「……あれ、無いな。粉の項目じゃないのかな」
ざっと見ただけだけど、それっぽいものは粉の項目には乗っていなかった。
となると別のところ、ありそうなのは鱗粉とか花粉とかかな。
とりあえず鱗粉から見てみることにして、見つけたのは「クラールファルファ」と書かれた部分。
「クラールファルファの鱗粉……多分これだよなぁ」
読んでみた感じ、特に害とかは無くて薬の材料になったりするみたいだ。
クラールファルファ、というものについては特に記載がなかったけれど、蝶々なのかな。
明日図書館に行って魔物図鑑でも見てみよう。予定のなかった休みだし、ちょうどいいだろう。
「……あ、でもあれかな。人いっぱい居るかな」
テスト前だし、図書館はいつもより混んでいるかもしれない。
まあ軽く調べてくるくらい平気だとは思うけど、また逃げ帰ってくることになるかもなぁ。
鱗粉の方はヴィレイ先生に渡した方がいい気がするので、逃げ帰ることになったら魔術準備室に寄ってみよう。
明日の予定を決めて、時計を確認すると思ったより時間が経っていた。
調べるのに時間がかかったからかな。テスト勉強は結局やっていないけれど、いつもやっている復習とかは終わっているので良いだろう。
そんなわけで本を閉じ、結局欠片も書かなかったノートも閉じる。
小瓶は落とさないように机の真ん中に置いて、今日はもう寝てしまうことにした。
やらなかった分は明日やればいいのさ。お休みだしね。
翌朝、手紙を出して朝ごはんを食べに行って、ロイたちは今日他の研究職の人も一緒に勉強会だと聞いて大変そうだなぁと感想を漏らし、そのまま別れて図書館に直行してきた。
クラールファルファは魔物の本では見つからず、魔獣の本でも見つからず、諦めようかと思いながら開いた幻獣の本に載っていた。
「クラールファルファ……透明な蝶々。見えないのか」
本によると、クラールファルファは常人には見えない蝶であるらしい。
鱗粉は見えるので、鱗粉が舞っていたらそこに居たのだろうと予想される、くらいの曖昧な存在。
故の幻獣指定であり、鱗粉は薬の材料になるがそもそも入手が難しすぎて使用例は少ない、と。
……つまり昨日、見えてないだけで蝶々いたのか。
見えないからどこに生息している、とかも分かっていないみたいだし、もしかしたら大発見なのではなかろうか。
とりあえず本を閉じて棚に戻し、ヴィレイ先生の所に行ってみることにした。
魔術準備室にいなかったら職員室にも行ってみよう。
これはさっさと報告とかした方がいい案件だろうからね。




