286,完全復活
ベッドから降り、グーっと身体を伸ばす。
うっかり風邪を引いてから早三日。もう何の憂いもない完全な健康体だ。
一日休んだ日の翌日には普通に動けるようになったけれど喉がちょっと痛いな、って感じだった。
休んだ分の授業内容は、同じ授業を取っている同級生に頼んでノートを写させてもらった。みんな優しい……なんならノートに書いてない先生の小話も教えてくれた。
先生からは真面目だなぁと褒められた。間が抜けるのが気になっただけなんだけど、褒められたので素直に受け取っておく。
それから更に一日経ち、喉の痛みも引いたけれどなんかまだ違和感があるな、という感じになった。
数年に一度くらいの頻度でしか熱とか出さないから、違和感を言語化も出来ないんだよね。
そして今日。やっとそれも収まって完全復活だ。
病み上がりだから無理をするな、と止められていたあれこれにもようやく手を出せそうで嬉しい限りである。
いっぱい休んですっかり元気だし、なにからしようかワクワクしてしまう。
まあ、それはともかく今は着替えて朝食に行かなければ。
さっさと顔を洗って着替え、髪を纏めて荷物と杖を持って部屋を出る。
のんびり歩いて食堂に向かい、朝食を選んで席に着く。新しいお茶が並んでたから持ってきたけど、これどこのお茶だろう。
シャムなら知っているかもしれないけど、シャムは昼にならないと脳が覚醒してないからなぁ……
とりあえずロイに聞いてみよう。
なんて考えながらパンを千切って口の中に放り込んだ。
「おはようセルリア」
「おはよう、ロイ」
「体調は?」
「完全復活。元気」
「良かった」
にこりと笑ったロイに笑い返して、持ってきたサラダをつつく。
美味しいなこのサラダ。ドレッシングが美味しいのかな?
今度食堂のお姉さんに作り方聞いてみよう。何となくで作ったから覚えてないって言われる時も多いんだけどね。たまにレシピ貰えるからね。
「そういえばロイ、このお茶なんてお茶か知ってる?」
「……んー……分からないな、お昼もあったらシャムに聞いてみようか」
「そうだねぇ」
お茶を渡して、一口飲んでみてもらうが、ロイにも分からなかったようだ。
まあお茶の名前を知っててどこのお茶かが分かるのと、飲んでお茶の名前が分かるのは別の分野だよねぇ。そのあたりはやっぱりシャムが詳しい。
話しながら朝食を食べ進め、起きてきたシャムにお茶を渡してみる。
今日は割と目が覚めてるみたいだけど、どうだろう。
わくわくしながら眺めていたら、カップを置いたシャムが、少し考えて声を出す。
「フィネティ」
「フィネティってお茶?」
「多分ねぇ」
のほほんと笑ってカップを返されて、それを受け取りつつロイを見る。
スープを飲んでいるところだったのでとりあえず待って、私もサラダの残りを食べきってしまう。
……お?リオンが起きて来たかな?それっぽい声が聞こえた気がする。
「フィネティは果物系のお茶だね。たしか……第五大陸のあたりで作られてるんじゃなかったかな」
「おお、流石ロイ」
「おーっす。何の話だ?」
「おはようリオン。お茶の話だよ」
起きて来たかなぁとは思っていたけれど、本当に現れたのでちょっとびっくりだ。
ついでに体調を聞かれたので完全復活だと告げておく。
みんなでお見舞いに来てくれたり、大分心配させたみたいだからね。
今日は一限から合同授業なので、風邪を引いたのが今日じゃなくて良かったなぁとそんな話をする。
内容は確か、禁忌魔法について、だったはずだ。
絶対受けたい。絶対楽しい。今まで授業でちょっと触れることはあってもしっかりやる事ってなかったもんね。
「セルちゃん、わくわくだね」
「うん。予告されてからずっと楽しみだったんだ」
「それではしゃぎ過ぎて風邪ひいたのか」
「そんなんじゃないし。……多分。分かんない。なんで風邪ひいたんだろう私」
「気付かないうちに疲れが溜まってたのかもね」
熱を出すのが数年ぶりだし、原因には全く心当たりがないのだ。
しばらくは何で風邪ひいたんだろうなぁとぼんやり考える事になりそうだ。
まあ、ロイの言う通り細々した疲れとかが原因なんだろうな。
無理をしていた気は全くしていないし、むしろこれからもやるけどねあれくらい。
夜中まで本を読んでいたりしたのが良くなかったのかなぁ。
それならまあ、しっかり休めていないとか疲れが溜まったとかも納得できる。
「……ん、あと二十分」
「おー」
「ロイ、パンいる?」
「うん、貰うよ」
お茶を飲み切って、時計片手にリオンが物凄い勢いで朝食を食べ進めていく様子を眺める。
シャムはとりあえず食べきったかな?パンは三分の二くらいロイに貰われて行ったみたいだけど、まあ一口食べただけでもシャムの朝食としては上々だ。
残り五分、とアナウンスしようとしたところでリオンがパンっと手を合わせた。
本当に早食いだなぁ。ちゃんと噛んでるのかな。
それを言うのは今更過ぎるんだけど、毎回思うくらいには早い。
「おっし、行こうぜー」
「……リオン、ちゃんとプリント持ってきた?」
「え、は?なんかあったかそんなん」
「……んふふふ、嘘。何もない」
「お前なぁ!」
思い付きで仕掛けたいたずらに見事にリオンが引っかかって、思わず歓声を上げてしまった。
こんなに綺麗に引っかかってくれるとは。笑っていたらリオンの手が伸びてきた。
私が悪かったけど、首根っこ掴むのはやめてほしい。
トマリ兄さんもよくそれやるんだよ。私の事猫か何かだと思ってる?
猫なのはシオンにいだけで、私は猫ではないんだけどな。
とりあえず降ろしてくれないかな?なんでそんな器用なんだ。絶妙に首がしまらないように掴みやがって。
「おろせー」
「暴れんなって」
「ふふ、セルリア猫みたいになってるね」
「なっ……ロイにまで言われた……!?」
ショックを受けていたら、大人しくなったと判断されたのか地面に降ろされた。
昔はシオンにいが常に横にいるからって理由で子猫と揶揄されることはあったけれど、今言われると必要以上にダメージがある。
寝ぼけたシャムに抱き着かれたので、シャムの頭を撫でながらとぼとぼ歩く。
ロイにそんなに嫌だった?と聞かれたが、嫌な訳ではないのだ。
嫌な訳ではないけど腑に落ちない。なんかこう、猫ではないじゃん?という謎の反抗心がある。
……とりあえず、リオンは面白がってもう一回持ち上げるのをやめようか?




