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学び舎の緑風  作者: 瓶覗
285/477

285,風邪を引いた話

 ベッドで横になった状態で、ぼんやりする頭に手を持っていく。

 ……どうにも思考が纏まらない。部屋の明かりが点いているから、朝なんだろうか。

 朝なら起きないと、と仰向けだった身体をひっくり返して腕をついて身体を起こそうとしたけれど、何故だか力が入らず起き上がれなかった。


「うーん……?」


 声を出そうとすると、なんだか喉も痛い気がする。

 なんだろう、乾燥かな?水を飲みに行こうとして、少しだけ上がった上半身がペソッとベッドに落ちる。……そうだった、なんか身体重いんだった。


 起きないと。着替えて、ご飯食べに行って、それで……えーと……それで……

 思考が纏まらない。身体が重い。熱いような、寒いような変な感じだ。

 起きないと、と思いつつ、そのままもう一度眠りに落ちた。



 何か夢を見ていたような気がする。

 さっきまでのぼんやりした感じから、もう一度意識が浮上して、部屋の扉がノックされていることに気が付いた。


 ベッドから半分落ちるように降りて、足を引き摺って扉まで行く。

 どうにかこうにか鍵を開けてドアノブを捻ると、ヴィレイ先生が立っている。

 もしかして呆れたような顔をしているんだろうか。まだぼんやりしていて、あまり良く分からないのだけれど。


「……寝ていろ。救護員を呼んでくる」

「……んぁえ……?」

「寝ていろ」


 ぐらりと身体が倒れたと思ったら、いつの間にかベッドで横になっていた。

 あれー?と思っている間にまた寝ていたようで、次に目を開けたら救護の先生がベッドサイドに座っているのが見えた。


「おはよう、セルリア。大丈夫?」

「ん……え……?」

「かなり熱が出てますね。軽く回復魔法をかけておいたので、少しすれば楽になると思います。今日は一日療養ですね」


 身体が一瞬温かい空気に包まれて、ぐわんぐわんしていた頭の中が少し楽になった。

 ……いや、でも眠いな……一日療養って言ってたし、寝てていいのかな……

 さっきヴィレイ先生も寝てろって言ってた気もするし、寝ちゃおう。


 眠気への抵抗をやめればすぐに意識は落ちて、救護の先生が優しい声で何かを言っていたのがなんだったのかは分からなかった。

 ……とりあえず、なんか風邪引いたっぽいしさっさと治さないと、とようやく認識したのだった。



 授業が終わり、放課後になったことを知らせる鐘が鳴る。

 それを聞いて読みかけの本を閉じ、資料などを持って準備室から移動を始めると、すぐに後ろから駆け足の足音が近付いて来た。


「ヴィレイせんせー」

「どうした、リオン」


 振り返ると、自分の受け持つ学年の優秀な問題児が立っている。

 視線を合わせるために少し下がって顔を見上げ、声をかけてきた理由に検討を付けた。

 普段なら二つ三つ考えるが、今日に限っては間違いなく一つだろう。


「セル、なんかあったんすか」

「ただの風邪だ。心配なら見舞いに行ってこい」

「風邪。……めずらしっ」

「そうだな」


 今日の朝、一限が終わった時点で担当だったグラルから声をかけられた。

 これまで遅刻などは一切していなかったセルリアが出席していない、という言葉に念のため確認に行くと熱でフラフラになっていたのだ。


 救護員を呼んで、熱にやられているのか寝ぼけ眼なのかふにゃふにゃ言っているセルリアに話を聞くと、風邪を引く事自体かなり久々のことらしい。

 確かに入学以来体調を崩しているところは見たことが無かった。


 風邪やら頭痛やら体調不良は全て心配する側にいたせいで、自分が熱を出しているのだという事にも気付いていなかったくらいだ。

 弱っている、というよりかはただ頭が回っていないだけだったようなので、大人しく寝ているように言ってある。


「うし、行ってきます」

「ああ。うつされないようにな」

「うーっす」


 元気に返事をして去って行ったリオンを見送り、今度こそ教務室へと足を向ける。

 今日も今日とて、細かい仕事はかなり積まれているのだ。

 いつものようにセルリアに声をかけて行おうと思っていた作業は、ひとまず後回しにすることにした。一人でやるには量が多く、始めたところで進まないだろう。


「お疲れ様です、ヴィレイ君」

「ああ。……手伝うか?」

「お願いします。ふぅ……一年生は元気がいいですねぇ」


 教務室の自分の机に運んできた荷物を置いて、横でため息を吐いたノアの仕事を少し引き受ける。

 また何か問題を起こした者がいるらしい。

 比較的問題の少ない代が続いたせいか、目を見張るほど多いわけではない問題がいやに多く感じてしまう。


 特大の問題児が居るわけではないので問題自体は小さいが、一度に重なると面倒だ。

 ため息を吐きつつ書類仕事をこなしていると教務室の扉が開いて、荷物を抱えたグラルが入ってくる。その姿を見て、もう一度ため息を吐いた。


「本気で職員の雇用人数を増やすべきだな」

「そうですね。学校長にも話を通しておきましょう」


 最初の頃はどうにかなっていたが、学校の創立から十二年が経って生徒数も増えた。

 教員の選考基準がそれなりに厳しいこともあり教員の人数はさほど増えていないので、年々仕事は増えている。


「あ、居た。ヴィレイさーん」

「どうした」

「セルリアが風邪ひいたって聞きましたよ。大丈夫なんですか」

「ああ。薬も飲ませたし軽い回復魔法もかけてある。明日か、明後日には完全に治るだろう。……ところで、誰から聞いた?」

「廊下でシャムたちから。三人でセルリアのお見舞いに行くらしいですよ。わざわざゼリーまで買ってました」


 楽しそうに言いながら頼んでいた書類を差し出すアリシアに、そうか、と短く返事をする。

 見舞いには行くだろうと思っていたが、思ったより早く合流して全員で行くことにしたらしい。

 ゼリーまで買っていた、と言うし、シャムかロイが看病に慣れているのだろう。


 それなら下手に何かすることは無いだろうし特にこれ以上気にしなくて良さそうだ。

 明日も起きてこないようなら、もう一度確認に行けばいい。

 そうと分かれば、そちらにあまり時間を割いてもいられないのだ。


 今日も今日とてやるべきことは山のように残っている。

 心配じゃないんですか、という他の教員からの言葉には、体調が悪いのに無理をする馬鹿ではないだろうと返事をしておいた。


 ここしばらくかなり色々と張り切っていたようだから、休むにはいい機会だろう。


珍しくセルちゃんが体調を崩したら、珍しくヴィレイ先生視点になりました。

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