283,後輩たちと水の魔法
図書館で借りた本を持って、林の前に移動する。
今日は普通の授業日程だったのだけれど、私たちの学年だけ授業が中止になって自由行動になったので図書館に行っていたのだ。
そして、今日はアリアナとグラシェに飛行魔法を教える、と約束している日だったので読みかけの本を借りてお散歩がてら外を通っている。
晴れてよかった。昨日は午前中ずっと雨が降ってたんだよね。
今日は良く晴れてて風も吹いていたからか、草も既に乾いている。
濡れているようなら一帯を乾かすところから始めようかと思っていたのだけれど、この分なら必要なさそうかな。
「あ、セルリア先輩!」
「せんぱーい!お疲れさまー!」
「お疲れ。始めようか」
「はい!」
最後の授業次第ではまだ来ていなさそうだな、と思っていたのだけれど、二人は揃って待っていた。
なんかバチバチしている時もあるけれど、なんだかんだ最近仲良くなっているような気がして、先輩は微笑ましく思っております。
「さあて、グラシェは演唱覚えた?」
「覚えた!」
「アリアナは安定、どのくらいになった?」
「ひとまず、こちらの短剣は安定して浮かせ続けられるようになりました」
「よし、じゃあもう二人纏めて演唱始めよう。えーっと、本どうしよう……浮かせとくか……」
持っていた本を浮かせて、後輩たちに手を差し出す。
まだ安定して上に乗っていられないみたいだから、支えは必要だろう。
足元にはクッション用の風も用意して、万が一の落下にも備えておく。
後輩二人はいつも通りキラキラの瞳でこちらを見つめており、その輝きっぷりに思わずちょっと笑いが零れた。
とりあえずアリアナに右手を差し出し、グラシェには杖を持っている左手を上から掴んで支えにしてもらう。
クッションくらいならロングステッキじゃなくても出来るんだけど、本も浮かせてるから安定感が欲しいんだよね。
魔法慣れしているグラシェならとりあえずの支えがあれば大丈夫だろう。
なんて考えている間に二人は演唱を始めて、足元に水が集まり始める。
演唱の開始がほぼ同時だったので魔法の完成も同じくらいのタイミングになり、二人は揃って水の上に足を乗せた。……タイミング完璧だなぁ、やっぱり仲良しなんじゃないだろうか。
「グラシェ、杖を支えにしすぎないの」
「む、むずかし……」
「アリアナはそのまま。大丈夫、前よりバランス取れてるよ」
「はい」
これは流石に、始めた時期の差でアリアナの方がいいバランスだ。
グラシェはステッキを支点にしてるせいでむしろバランスが取れてない。
とりあえず支えにする、って意識が染みついちゃってるんだろうな。でもそれ、地面じゃなくて水だから支えるにはちょっと無理があるのよ。
「うわぁ!」
「……っと。大丈夫?」
「はい!魔法消えたけど!」
「んじゃ、ちょっと待ってて」
「分かりました!」
体勢を崩して足元の水が消えたグラシェを地面に降ろして、まだ魔法を保てているアリアナに目を向ける。
足元の水はしっかりを身体を支えているし、姿勢も崩れていない。
「……アリアナ、ゆっくり、前に動いてみよう。歩くんじゃなくて、水を前に持っていくの。木箱や短剣を運んでる時と同じ感覚」
「は、い……」
手を引くことはせず、アリアナのゆっくりとした移動に合わせて少しずつ移動する。
今までは上に乗って安定させること、を目標にしていたので乗ったまま移動するのは初めてなのだけれど、アリアナは中々器用にそれをこなしていた。
速度こそ出ていないけれど初めての移動でちゃんと乗っていられるのはかなり器用だ。
ちなみに私は上がろうとして落ちてを繰り返していたらしい。
落ちても姉さんたちが回収してくれる、という安心感の元で恐れしらずな練習方法を取っていたのだとトマリ兄さんが何かの拍子に零していた。
つまり、普通飛行魔法の練習でいきなり上に向かったりはしないと。
まずは地上に近い位置である程度自由に動けるようになってから、上昇の練習を始めるのだと。
改めて聞けばそりゃあそうか、という話ではあるのだけれど、私からしたらそれなりの衝撃だった。
本当に、アリアナ達に飛行魔法教える前に聞けて良かったよ。
ありがとうトマリ兄さん。ご飯食べながら話してた内容だから、兄さん話したことも覚えて無さそうだけど。
「わ、っと……」
「大丈夫、そのまま」
「はい」
脳内でトマリ兄さんを拝みつつ、体勢を崩しかけたアリアナの手を握る。
大丈夫、ともう一度声に出して、どうにか水の上でバランスを取るアリアナを見てにこりと微笑む。
もうあと何回かやれば乗り方というかバランスのとり方は完全に分かりそうだな。
学年が上がる前にはとりあえずの完成形に出来そうで、内心胸を撫でおろす。
人に教えるなんて初めてだったからどうなる事かと思ってたんだよね。
私が四年生になったら今より予定を合わせるのが難しくなりそうだし、個人練習が出来るところまでは教えておきたかったのだ。
グラシェの方も魔法は発動しているしバランス感覚が悪いわけじゃないから大丈夫だと思うんだよなぁ。
ただ、杖は浮かせて持っているように意識させるべきかもしれない。
「……あっ」
「結構進んだねぇ。初めてでこれならすぐ飛べるようになるよ」
「本当ですか!?」
考えている間にアリアナの集中力が限界だったのか、足元の水が霧散して前のめりに倒れた。
それを抱き留めてすごいすごいと褒めて、アリアナを地面に降ろす。
グラシェは元の位置に立っていたのでそちらに戻りつつ、ずっと浮かせていた本を手元に運んで回収した。
「アリシアは後はもう慣れるだけかな。水の安定感がそのまま慣れにもなると思うから、少し重いものとか運んでみるといいかも」
「分かりました」
「グラシェは、杖をつく癖を一旦直そう。それで飛べるようになっても、空中で他の魔法一切使えないとかになりかねない」
「あー……そっかぁ。分かった、やってみます」
魔法使いって、結構杖の動かし方とかで魔法の操作をしていることが多いのだ。
絶対に動かさないと出来ないって訳ではないのだけれど、普段からやっている動作を急に封じられると魔法の発動が遅くなったり威力が下がったり、結構色々影響が出る。
見ている限りグラシェも例に漏れずステッキの動きで魔法やら魔力やらを動かしていることが多いので、このまま杖を支えに飛ぶのは推奨できない。
その姿勢を崩したら落ちる、ってなると、飛行魔法としては扱いにく過ぎるからね。魔法使いが使う飛行魔法は、移動手段以外にも上からの攻撃用ってのが確実に求められるのだから。




