28,本の虫は誉め言葉
一日の授業を終えて図書館に向かう。
肩にかけたカバンには読み終わった本が入れてあり、それを返して別のを借りつつそれとは別の物を読んでいこうという魂胆である。
教室に向かうよりも通い慣れてしまった図書館への道を進み、大きな扉を押し開けて中に入る。
いつも通りあまり人が居ない図書館の中を進み、カウンターに向かう。
静かな図書館では小さな足音も良く聞こえる。
「こんにちは」
「こんにちはレースさん」
「返却かしら」
「はい」
カバンから借りていた本を取り出して差し出すと、流れるように返却の手続きが進む。
貸し出しのカードに判子を押されれば完了だ。今回もちゃんと返却期間を延ばすことも無く読み切って満足だ。
手元で作業をしているレースさんが落ちてきた髪を耳にかける。
耳に付けている飾りが揺れて、長く垂れたリボンが髪から抜け出して頬に落ちた。
「……レースさんの、その、耳飾り」
「これ?気になる?」
「はい。あまり見ない形なので」
「これね、自分で改造したのよ。リボンもその時に付けたの」
「そうなんですね」
レースさんの服装は、教師陣の中でも重装備だ。
首元がフリルになっていて首を覆うシャツの上に、胸元の空いた質のいい服を合わせ、腰を幅の広い濃い色のコルセットでゆったりとしめている。
ロングスカートは布を一枚上に重ね、二枚の布がひらひらと舞う。
最後にストールを羽織ったら出来上がりだ。
足元は編み上げのブーツで、日によっては手袋をつけていることもある。
ゆったりと三つ編みにしている長い髪の先に付けたリボンと、首元を飾るリボンと、耳飾りに付いているリボンはきっと同じものなのだろう。
じっと見ていたのに気づいたのか、レースさんは顔を上げる。
「……ふふ。そんなに見ても何もないわよ」
「レースさん、綺麗ですよね」
「あら、ありがとう。でもアオイさんと比べたらそんなことないでしょう?」
「姉さまと比べたら、何も言えなくなりますね」
そんなことを言い合って笑い、カバンをかけ直して図書館の奥へと向かう。
今日向かうのは二階。最奥の本棚に読みかけの本をそのまま戻してきたのだ。
あと三分の一ほどで読み終わるであろうそれを読み切って、別の物を借りていくつもり、だったのだが。
残念ながら、読みかけだったその本は誰かに借りられていってしまったようだ。
借りていなかった自分が悪いので誰にも文句は言わないが、代わりに何を読もうかと少し悩む。
本棚の間を移動しつつ背表紙を流し読み、何となく目についたものを手に取って開く。
そんなことを何回か繰り返して読む本を決め、それを持って読書スペースに移動する。
いつも座っているソファに沈み込み本を開く。
字を目で追っているうちに周りの音は聞こえなくなっていき、誰かに肩を叩かれて意識が戻ってくる。
「ミーファ?」
「セルちゃん、ごめんね。今ちょっといいかな?」
「ん、いいよ。これ借りていくからちょっとだけ待ってくれる?」
「うん。ありがとう」
ソファの肘置きに両手を乗せて、下から覗き込むようにこちらを窺っているミーファの頭をそっと撫でる。
うさ耳の間を満足するまで撫でまわし、ついでにちょっとだけうさ耳にも触れて満足したところでソファから立ち上がって本を借りるためにカウンターに向かう。
後ろを付いてくるミーファが何とも可愛い。
コガネ姉さんを撫でまわす姉さまの気持ちがちょっとわかったような気がした。
「今日はもうおしまい?」
「はい。何事かは分かりませんが呼ばれたので」
「そうなの。……はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
本を渡されて、それをカバンに入れて図書館を出る。
横に並んだミーファに向き直ると、うさ耳が元気よくこちらを向いた。
……もう一回くらい撫でてもいいだろうか。
「あのね、セルちゃん、字が綺麗でしょ?」
「うーん……自分ではよく分からないな……」
「綺麗なの!でね、私もなんだけど、文字の読み書きが苦手な子がいるでしょ?」
「うん。……お手本かな?」
「そうなの!……お願いしてもいい?」
「いいよ。そのくらいなら」
そう答えると、ミーファの顔がぱあっと明るくなった。
文字の読み書きに関しては、出来ない人は放課後に教えて貰えるはずだがそれだけでは速度が足りないと思ったらしい。
つまり、読みの方はどうにか出来ても書くことが難しいのだと。
放課後に教わることができると言っても、先生の都合等で行うかどうかはまちまちらしく、どうにか教科書の文字を読めるようになっても、授業中のメモが取れない。
そうなると後からつらくなるので、早めに出来るようになりたいと。
その向上心は素晴らしい。素晴らしいので頭を撫でよう。
もしくは授業料ということで。ミーファも嫌がっていないので許されたい。
「そういえば、ずっと私のこと探してたの?」
「あ、セルちゃんは図書館に行けばいるだろうなって思ったから図書館直行だったよ」
「なるほど……そんなに知られてるのか……」
「毎日通ってたら流石にみんな気付くよ」
「それもそっか」
私のことを探す人などそれほどいないが、探しているならとりあえず図書館を覗くのが当然のことになっているらしい。
まあ、本当に毎日のように居るから何も言えないのだが。
もし居なくても待っていれば来るとまで言われているらしいからなんだか笑えてしまう。
笑いながらミーファの頭を撫でて、使っていいと言われているらしい空き教室に入る。
道中で聞いたが他にも何人かお手本が欲しい人が居るらしいので、まずどうしたらいいのかと考えるところからだ。
自分が文字を書き始めた頃のことをぼんやりと思い出しつつ置かれている紙を見る。
一応、お手本はあるようだがこれは作り物の字だろう。
人が書いていないようなこの字は、魔法陣なんかで物を作った時に書きあがるものにとてもよく似ている。
綺麗だし読みやすいのは確かなのだが、これをまるっきり真似るのは面倒だろうし変な癖がつきそうだ。
私は専らシオンにいの字を真似して書いていたので、それでいいだろうか。
「……とりあえず、適当に文でも書こうか」
「うん!ありがとう!」
横でぴょこぴょこと跳ねるミーファが可愛いので、多少の手間は気にしないことにした。




