279,今回のイタズラ
朝食を食べ終えて、一限の授業が行われる屋内運動場へと移動する。
道中でソミュールを運んでいるミーファを見つけて移動を手伝い、途中他の同級生とも話したりしながら屋内運動場へと足を踏み込んだ。
「今日はソミュール起きるかな」
「どうだろう……昨日は寝てたから、今日は起きるかな?」
ミーファと話しながらとりあえずソミュールを壁に寄りかからせて、倒れたりしないように体勢を整える。
時計を確認すると、授業が始まるまであと十分くらいだった。
「……ソミュールもだけど、リオンも起きてくるかな」
「ふふ、リオンは走れば間に合うかもよ」
毎日のように走って教室に駆け込んでくるけど、昨日はギリギリアウトで減点をされていた。
朝食に起きてこなかった時は一限に間に合うのかどうか、ロイとちょっとした賭けのようなものを始めて既に二年以上。実は私が勝ち越していたりする。
そんな私の勘によれば、今日もギリギリの到着になるであろう……という予想。
ちなみに食べる時間は無いだろうと予想してパンは持ってきていない。
単にそんな気分じゃなかった、とも言える。
「……ふぁ……ん、授業前?」
「おはようソミュール。まだもう少し時間あるよ」
「ソミュちゃん、授業どうする?起きてる?」
「んー……多分起きてられると思うなぁ」
ソミュールが目を覚まして、目を擦りながらそんなことを言う。
その判断基準は私たちには分からないけれど、かなり正確だから今回は薬なしで参加する感じになるんだろう。
とはいえまだ眠そうではあるので二度寝防止に何か喋っていよう、という話になり、何かしら話すことはあるだろうか、と考える。
……ああ、そういえば一つあった。聞くのはいつでも良かったので、ちょうどいいし聞いてみよう。
「ソミュール、姉さまから渡されてる薬って、名前とかあるの?」
「んーとねえ……覚醒の日花、だったと思うよ」
「なるほど。姉さまが付けそうな名前だ」
姉さまが作った薬学書である「青の薬学書」は既に学校に収められているので、ヴィレイ先生を通して上位薬師の資格を持つ先生に見せて貰ったことがある。
薬学書には目次もあるので、制作方法が収められた薬の名前をざっくりと覚えているのだけれど、何となく似たような名前が多い感じだった。
姉さまに一度、名前の付け方について聞いてみたことがあるのだけれど、大体はその時のテンションで付けている、と言っていたので無意識に似たような名前を付けているんだろう。
あとは、古の書とかに作り方が載っている薬の名前にも似ている気がするのでそのあたりを基準に付けているのかもしれない。
なんて話している間に授業開始の鐘が鳴った。
結局リオンは起きてこなかったなぁ、なんて思っていたら、鐘が鳴り終わる前に勢いよく入口の扉が開いた。開け方的に、先生じゃないなぁ。
「セーッフ!」
「はは、セーフセーフ。授業始めんぞー」
元気よく叫んだリオンの背中を軽く押して、その後ろから先生も教室内に入ってきた。
ヴィレイ先生なら頭を軽く叩くくらいはするが、グラル先生はむしろ楽しそうだ。
ちなみに鐘が鳴り終わる前に教室に入ればセーフ、というわけでもなく、先生より先に教室に入れればセーフである。
「今日の賭けも私の勝ち、か」
「セルちゃん、何か賭けてたの?」
「リオンが一限に間に合うかどうかをね。まあ、勝ったところで何があるわけじゃないんだけど」
何となくやっているだけなので、当たるとちょっと嬉しい、が主な景品である。
そんなことを言っていたらリオンが歩いて来たので、とりあえず顔面に風を浴びせて先生の方を向く。
「さて、今日はー……複数人戦闘、今年のパーティーでやって行こうか」
返事をして、生徒が一斉に動き始める。
私もニアとジャンを探して教室内を見渡し、後ろから抱き着かれてコケかけた。
咄嗟に杖を支えにして堪えたから良いものの、ニアは魔法使いの物理耐性を見誤ってると思うんだよね。
「危ないぞー」
「へいセルリー、作戦会議しようぜー」
「お、なんかしたい事でもあるの?」
「んや、特にない」
「無いんだ……」
背中から離れたニアの方を向きながら体勢を整えて、とりあえず対戦順を確認する。
……真ん中くらいかな?すぐには始まらないようなので、一旦壁側に移動して特に話すことはないらしい作戦会議をすることにした。
お、ソミュールの所が一番手だ。
相手に居るのは……サヴェールかな?前にこの対戦だったときは、結構な数の魔法を相殺していたけど、今回も見れるかな。
「……へいへいセルリー。始めるぞーい」
「はぁい。でも作戦は無いんでしょ?」
「うん」
いい返事だけど、どうしたらいいか分からない返事だなぁ。
何か決めておいた方がいい事はあるだろうか、と考えてみたけれど、毎回何だかんだ流れでどうにかしてしまっているから特に何も思いつかなかった。
「じゃあ俺から一つ。セルリアの、風以外の魔法を借りたいんだよね」
「風以外?別にいいけど……なにするの?」
「俺が使ってるっぽく見えないかな、って。ちょっとびっくりしそうじゃない?」
「面白そー!」
私たちの作戦会議というのは「どうやって勝つか」ではなく「どうやってイタズラをするか」がメインになっている。
もうね、先生たちからも「真面目なのかどうなのか分からない」という絶妙な評価を貰っているからね。絶対褒められてはないけど、褒められたってことにしてあるのでまだまだイタズラは続く。
「ジャン、魔導器あるの?」
「じゃーん」
「ジャンだけに?」
「ニア、話進まなくなるから」
ニアをちょっと抑えておいて、ジャンが渡してきた指輪を確認する。
……うん、ちゃんとした魔導器だ。これならちょっとした魔法なら使えておかしくないだろう。
初級の魔法を、軽く浮かせてぶっ飛ばすくらいかな。
「属性、水だったよね」
「うん。出来そう?」
「初級のをちょっと飛ばすくらいなら適当にやるから大丈夫だよ」
「いいなー、私もやりたいなぁー」
「また今度ね」
ニアの頭をポスポス叩いて、一旦話を締めくくる。
やる事は決まったので、あとは勢いでどうにかするだけだ。
まあ、多分出来るんじゃないかな。水なら他の魔法を使いながらでも問題なく扱えるし。




