269,三年目後期の始まり
賑やかな教室で前の席に座ったリオンとダラダラ喋って時間を潰す。
今日は後期の授業が始まる日であり、つまるところ休み明け恒例の各種確認作業の日なのだ。
私たちは多分家で何をしていたかとか、荷物に姉さまが紛れ込ませた高価な薬が無いかとか、そういう確認がメインになるかなぁと思っている。
「じゃあ結局あの謎のぬいぐるみなんだったんだよ」
「だからあれは私のだって。なぜかシオンにいが私の部屋から客間のソファに移動させてただけ」
確認自体は時間もかからず終わるだろうなぁと思いながら、話している内容は休みの間にあったちょっとした出来事のこと。
今更やんややんや言う必要もない事なのだけれど、何せ暇なのでとりあえずの話題にしている。
「なんでぬいぐるみ?」
「何でって言われてもなぁ……昔作ってもらったお気に入りなんだけど、シオンにいっぽい見た目だから本人からは微妙な顔をされてるんだよね。だから時々持ち去られる」
「持ち去られんのか……」
黒猫のぬいぐるみ、昔から何かと持ち歩いていたのだけれど、昔からシオンにいがそっと回収して行くことがあった。なのでいつの間にか別の場所に置かれていること自体は慣れっこだったりする。
なんて話をしていると授業開始の鐘が鳴り、ヴィレイ先生が教室に入ってきた。
お、ちょっと顔色が良くなってる。まだ疲れた顔はしているけど、隈がほとんど消えているからそれだけでかなりマシに見えるなぁ。
「始めるぞ。自分の席に戻れ」
言われて別の席に座っていた人たちが自分の席に戻り始め、リオンも戻って行ったのでちゃんと前を向いて座り直す。
そんなことをしている間に先生は出席を確認し終えたのか何かを書いていた手を止めて、フッと短く息を吐いた。
「……よし。ではまず一つ。校内で謎の異臭がすると報告が来ている。犯人もしくは何か知っている者は申し出るように」
何人かがスッと目を逸らした気がするのだけれど、気のせいだろうか。
……いや、ヴィレイ先生が明らかにそっちに鋭い目を向けているから気のせいではないみたいだ。
誰が何をやったんだか。そのうち先生に聞いてみよう。
「全く……あとで話を聞く。逃げずに来るように」
後ろからも弱弱しい「はぁい……」が聞こえてきたので複数人やらかしたやつが居るらしい。
そんなこんなでいつも通り連絡事項が幾つか伝えられ、その後に個人の確認事項が始まった。
呼ばれるのを待ちつつ手の中で小さな風を起こしたりしていたら、いつの間にか前の席にリオンが座ってこっちを見ていた。
「……おっ」
「なーにしてんの」
「いや、なんかやってんなぁって」
「だからって指を突っ込んでくるんじゃないよ」
両手で作った円の中にリオンがそっと指を入れてきたものだから、びっくりしてちょっと風を強めてしまった。
これ以上はちょっとなぁ。手遊びの域を超えそうだから少し弱めて、まだ入れてきているリオンの人差し指を押し返す。
「でてけー」
「これどうやって操作してんだ?」
「どうやってもなにも、やり方とか考えたことないなぁ」
風の操作はずーっとやっているけれど、最初からどうやってとかは考えていなかった気がする。
他の属性は風と違うからってちょっとは悩んだ気もするけど……まあ、風に関しては加護もあるからただの魔力を操作するより簡単だったんだよね。
「セルリア、来い」
「あ、はーい」
リオンが居るから杖は置いて行っていいか。
行ってくらぁーと雑にリオンに声をかけ、廊下の壁に寄りかかっているヴィレイ先生の元へ向かう。
今回は私の確認事項は少ないんじゃないかなー。
「お前の確認事項は……魔導器系を弄ったか、何か道具を増やしたか、荷物の中に入れた覚えのないものはあったか、だな」
「魔導器は弄ってないです。道具も……増やしてないですね。むしろ防火の指輪を置いて来たので減りました」
「置いて来たのか」
「はい。効果が弱くなってきているから、ピアスで足りているだろう、って。家でなんか加工し直すらしいです」
「そうか。……高価な薬等はあったか?」
「薬はポーションくらいでした。あと入ってたのは髪留めとか魔法辞典とかで、飛びぬけて高価なものは特になかったです」
少なくとも報告すべきものは特に入っていなかったはずだ。
そのあたりはちゃんと確認したし、何かあれば休み中だろうがヴィレイ先生の元へ駆け込むつもりでいた。
「他は……特にないが、別件で話がある。解散前にもう一度声をかけるのでそのつもりで居ろ」
「分かりました」
特に怒られるわけではなさそうだけど、あとに回されたのは何でなんだろう。
まあすぐに分かるみたいだしそれまで待って入ればいいか。
そんなわけで特に気にせず教室内に戻り、リオンとの雑談を再開する。
雑談を再開してすぐに呼ばれて行ったリオンを見送ったり、戻ってきた後再び雑談に花を咲かせたりしている間に全員分の確認が終わったらしい。
解散の合図がかかった後、教室内から人がはけていくのを眺めていたらリオンがじっとこっちを見てきていた。
「なに?どうしたの?」
「いや、もしかしてセルもせんせーに待ってろって言われたのか?」
「言われた。リオンも?」
家での何かについてかなーと考えていたら、机の傍にミーファが座り込んでこっちを見上げてきた。
とりあえず頭を撫でてどうしたのか聞いてみたら、ミーファも待っているように言われたらしい。
それならやっぱり休みの間の何かで話があるのだろうと思ったのだけれど、ソミュールは特に何も言われていないらしい。
「よし、揃っているな。お前たち、一年生の時に三年生との試合をしたのを覚えているか?」
「覚えてますよ」
「セルがはしゃいでたやつか」
「その覚え方やめてほしいな?」
確かにはしゃぎはしたけれども。すごく楽しかったけれども。初めて飛んだのもそこでだった気がするけども。
まあ、楽しかったから仕方ないよね。今となってはさほど気にもならない。
「その手合わせの相手役を頼みたい」
「……あ、私たちが、ですか?」
「そうだ」
懐かしいなぁなんて思っていたら、ちょっと予想外の事を言われた。
いや、ちょっと考えたら分かる事だったかもしれないけれど、全く思考の外側だったというか。
でもそうかぁ。この時期だったもんなぁ。
あの時の先輩たちはものすごく強く感じたけれど、私たちも同じくらいにはなれただろうか。
なんて考えている間にリオンが楽しそうだな!と食いついていた。
せっかく声をかけて貰ったし、確かに楽しそうだし、断る理由もないかな。




